18.26.本命登場
「旅籠様!!? な、何故こちらに!?」
「土丹から話は聞いた! ちょっと過剰戦力かもしれないが、ガガニ相手ならそれくらいがいいだろう! なあ!? ガガニよお!」
「ケッ本命登場かい……! 炎はあれか、あの鬼人か……。てこた、魔生良は死んだか」
ガガニは若干惜しむようにそう口にしたが、すぐに顔を上げて戦場に向き合った。
そして旅籠の問いに応える。
「ええ度胸しょうるわい。だが……だっが一人できょーるっつったえ」
ガガニが足を踏み鳴らした。
力はあまりないので本当に音を立てただけだったが、合図はこれで十分だったらしい。
地面がボゴッと盛り上がり、巨大な岩が顔を出した。
もぞもぞと動いて這い出してきたそれは、磯丸の一部。
いつからそんな所にいたのだろうか。
予想外の敵に、こちらの陣営は警戒を強めた。
「くそ、磯丸いたのかよ……」
「まだ磯丸の異術は完璧に把握できておりません。山本殿の言っていたことも気になりますのぉ」
「ああ、異術を教えられないってやつね」
これは既に共有してもらっている。
異術を他者に教えることでこちらが不利になる、というのはなんとも不思議な話だ。
これがあるから山本は磯丸の異術を教えられないのだろう。
『気づいても口にしてはならぬ』
このことからその異術に気づいた者も、危険となりうる。
ひどく厄介な相手であることは間違いない。
チラと山本を見る。
距離は取ったが未だに敵の異術に苦しめられていた。
だが先程よりは妖力の減少は緩やかとなったらしい。
あの場に残った三人なら、炎重を倒して山本を救い出してくれるだろう。
向こうは信じる。
私たちは……こちらを必ず制する!
「よいしょおお!!」
「──!」
薙刀を振るった赤雪が炎を巧みに操り、大量のヤガニ衆を燃やし尽くした。
その背後からは守りの御力を使って支援している巫女たちがおり、それを守る萩間親子と落水が常に警戒している。
ヤガニ衆も守りの御力にあてられて弱体化したらしく、動きが鈍くなって燃えやすくなった。
ここまでくれば……あとは本体だ。
それと……磯丸。
「将門! 磯丸の相手を頼めるか!」
『やってみせよう!』
将門はボボボッと音を立てながら七個ほど紫の火の玉を出現させる。
狙いを定めるかのように指を立て、それを磯丸へ向け、片目を閉じながら力を込めた。
「菊音さん!」
「お任せを!」
御代と菊音が手をかざし、磯丸へ集中して守りの御力を発動させた。
できるだけ弱体化させ、最も危険な彼を確実に仕留めるつもりだ。
この援護に将門は鼻で笑いながら笑う。
一撃で倒せずとも、あの巨大な殻くらいは破って見せようと気合を入れた。
七個の紫の火の玉が射出され、磯丸に直撃する。
カーンッ! カカカカカカーンッ!!
着弾して破裂したそれは磯丸の体を大きく揺らし、巨大な体躯が真っ二つに割れた。
『……割れた? この程度で?』
巫女の守りの御力お陰か?
それとも当たりどころが良かったのか?
「おお! やるじゃねえか将門!」
『いや、待ておかしい。今のは様子見だった。避けられないのは想定していたが、岩を割る程度の火力ではない』
「……てことは……?」
『分からん。何が起こるか』
ゴゴン……。
岩が割れ、擦れ合う音が嫌に響く。
割れただけで煙などは立たなかったが、割れた断面から何かが出現した。
サザエ、アワビなどの貝の裏。
白っぽい虹色の体色をした腕が断面から伸び、足が出てきた。
それは明らかに人の姿をしており、本来の磯丸の姿であることは明白だ。
ツルツルで白っぽい虹色の肌の男。
磯丸は手を伸ばして感触を確かめたあと、再び割れた断面に手を入れて引っ張る。
すると体と同じ色のローブが出現し、それを羽織って衣とした。
「──」
顔はのっぺらぼうで、とてもではないが口を利ける状態ではない。
彼はこちらに手を伸ばすと、指先がにゅ〜っと伸びた。
「肉体を変形させる異術……か?」
「ゲホッ……! 旅籠、ならぬ……!」
「あっ!」
咳込んだ山本が絞り出すような声でそう言った。
そうだった。
気づいても口にしてはならないのだった。
だが……何故?
分かればもっとできることがあるはずだ。
やってしまったが、これは相手の異術を逆手にするチャンスでもある。
絶対にこの一回で相手の異術を看破する。
ジッ……と磯丸を見て動きを待った。
メキッ。
体の節々から骨が飛び出した。
それは岩礁のような色合いをしており、磯の臭いが一気に周囲を覆う。
肉体を大きく変形させた磯丸は、トゲトゲのウニのような姿となった。
その中央には人の姿をした磯丸本体がぶら下がっている。
ウニなのに蜘蛛のような……。
蜘蛛にウニの棘を大量に生み出した、そんな姿だった。
「わぁお」
「旅籠様……もしやすれば、あの磯丸は……」
「ああ……。山本の言ってた意味が分かったよ」
すると磯丸が骨を地面に突き刺した。
それは大地を掘り進んで地面から飛び出し、数十体の異傀儡衆を貫いた。
「んっ!? なんだと……!?」
「壱成様! これは、わ、私たち……土傀儡が反応できない速度です!」
「チィ!」
ズガガガザガガガザザザザッ!!
連続で地面から骨が飛び出し、異傀儡衆を一網打尽にしていく。
赤雪のおかげで相当な数のヤガニ衆を仕留めていたが、それ以上に磯丸の攻撃速度が速かった。
これはもちろん巫女の方にも襲いかかる。
御代がすぐさま反応して結界を作り出すと、骨は簡単に砕けて勢いを失った。
これを掻い潜ったものは全て萩間親子と落水が破壊する。
どうやらあの異術……守りの御力はあまり効果がない。
「骨を生み出す異術か……!?」
「そうとも限らん。元より波を操れるのだ」
「波……? しかしこれは……」
「異術二つ持ちか……?」
落水は顎に手を当てた。
木夢と似た異術だが、流石の木夢も別の異術は使えない。
由海などは音波を使うが、それ以外にも矢を使った術がある。
それと同じ類いか、とも思ったが明らかに種類が違うのだ。
波と変形。
全く異なる性質の異術に、落水は眉を寄せて唸った。
そんな中、旅籠だけがその本質を理解していたらしい。
彼だけが笑っていた。
「山本さんよぉ……。あいつの異術だけどさ。もしかして自分で選べる?」
「……! そこまで気づいたか……!」
「選べるってことは、選ばざるを得ない状況にすればいい」
旅籠はすぐさま思考を巡らせる。
磯丸の異術が分かった今、できることは増えた。
しかしそれには大きな制限があり、確実に勝ちへ持っていくためには準備が必要だ。
その為に必ず成さなければならないことが……。
「氷進!!」
「はっ!」
「雪傀儡たち全員でガガニを攻撃しろ! だが殺すなよ! それが私たちの勝ち筋だ!!」
「御意!」
薙刀を振るい、雪傀儡たちが前に出る。
彼らの異術はガガニの弱点であることは磯丸も分かっていた。
そのため優先的に仕留める相手だとして攻撃を繰り返す。
地面から飛び出す岩が数名の雪傀儡を破壊した。
足場を凍らせて滑りながら移動するので速度は速いが、磯丸は的確に攻撃を命中させてくる。
これが続けばさすがに接近前に全滅するだろう。
そこで活躍するのが……。
「ニバニバー!! お前の異術見せてやれぃ!!」
『『はーーーーい!』』
ニバニバの体からポコポコと小さい白い塊が分離した。
肉体の一部であることは間違いないのだが、それはすぐにゆっくりと消えてしまう。
不発に見えるがそうではない。
直後、雪傀儡の一体が磯丸の攻撃に仕留められてしまう。
地面から突き出した尖った岩が体にめり込んで貫通したが、一拍置いた後真っ白な煙をまき散らした。
何事か、と驚いた磯丸はその異術を見破るために白い煙を見ていると、その中から今しがた倒したはずの雪傀儡が飛び出してくる。
姿形が全く同じの雪傀儡。
そして煙が消えると、そこには雪傀儡の死体はなかった。
「ああん!? なんじゃありゃ!」
「──」
磯丸は攻撃の手を早める。
同時にガガニも味方を殺して分裂させ、更に味方を増やして戦いに参加させた。
地面を凍らせて走ってくる雪傀儡は何度も磯丸の攻撃によって破壊されるのだが、そのたびに白い煙が発生し無傷の雪傀儡が出てくるのだ。
これにより接近を許してしまう。
ニバニバの異術は、ガガニに使うと決めていた。
彼の異術は『隠れ玉』。
分裂した自分自身を味方に張り付ける。
張り付けるには視界に入れて念じるだけでいいので発動自体はすさまじく早い。
そしてこの異術は死を肩代わりする。
ニバニバの異術は既に把握していたのだが、その発動条件が厳しく使えなかったのだ。
彼の分身は有限で、一度発動すると一ヵ月間は使えない。
肩代わりした肉体は消滅し、二度と再生しない。
肩代わりする対象は力の弱い異形に限る。
高い殺傷能力を有している月芽や案山子夜には使えず、異傀儡衆や空蜘蛛兄弟であれば使用できる、という微妙な力だった。
普段使いできない異術だったが、異傀儡たちが活躍できるこの盤面で使うのが最も良いと旅籠は判断した。
ニバニバを対ヤガニ衆耐久部隊に配属したのもこれが目的だ。
そして今、本命であるガガニと対面し、その弱点である雪傀儡を攻撃の要として援護を行っている。
ニバニバが倒されない限り、無敵の兵士が確実にガガニへと突撃した。
「おい磯丸! 止めろ磯丸! 止めろ止めろ止めろ止めろおおおお!!」
「──!!」
地面に突き刺した尖った岩が地面の中を張り巡って地上へと突き出す。
そのどれもが雪傀儡に命中するが、それらは白い煙に巻かれて無傷の雪傀儡を再び前進させた。
止まらない。
ガガニはようやく恐れを抱き、一歩後退した。
もはや守り切ることができないと悟った磯丸はガガニを岩で完全に囲ってしまう。
相手は明らかに雪の異形。
冷気が弱点のガガニではあるが、野ざらしにされているよりかはこちらの方がいいだろう。
「氷進!!」
「分かっております!」
氷進は薙刀で地面を斬る。
それと同時に氷が地面を凍らせ、天に上るようにしてバキバキと空気を凍らせていった。
ガガニが守られている岩に触れた瞬間、一瞬で表面が凍り付く。
しかしそれだけでは留まらず、誰も手出しができないような棘が作り出されて近づく者全てを拒んだ。
「──!」
「将門殿!!」
『よくやった異傀儡衆共!』
氷進の背後から平将門が飛び出す。
彼は拳に紫の火の玉を握っており、氷進が作った棘の氷の中で唯一接近できる場所を狙った。
声で平将門の接近に気づいた磯丸だったが、目視できないのでどうすることもできない。
拳はすぐさま氷にぶつかり、凄まじい音を立ったと同時にひびが入った。
バギィッ!!!!
ッカアアアアアアアアアアアアンッ!!!!
平将門の拳が見事氷を砕き、更に磯丸が作った防御すらも破壊したらしい。
巨大な氷がガラガラと崩れ行く中、黒い石が後方へと吹っ飛ぶ。
その中にはもちろん……ガガニもいる。
「ゴァッハッ……!」
「──!?」
転がり出てきたガガニは、体が凍り付いていた。
そして落ちてくる瓦礫にやられたのか、足や腕が潰されており、千切れているところも見受けられる。
明らかな致命傷だ。
磯丸は表情こそわからないが、彼を心配して焦っている様子が伝わって来た。
悪いとは思うが、私はこれを狙っていた。
「気を付けろ皆の者! 奴は味方が倒れたら回復の異術を使う! 主魂と同じだ! 回復の異術さえ使わせれば、他の異術は使えない!!」
私の声に耳を傾けた山本が、そう来たか、と笑みを零したのだった。




