18.21.打打大音・怨・穏
ブンッと得物を回した案山子夜が真っ先に接近する。
その速度はやはり速かったが、炎重はその攻撃を容易く防いでしまう。
と、いうよりは案山子夜の攻撃速度に慣れている。
最初に対峙した時よりも攻撃頻度が上がっており、案山子夜が防戦に回ることの方が多くなっているような気がした。
それ故か炎重は駄々をこねない。
むしろ戦いを楽しみ始めているようで、泣きじゃくっていたはずだが今では笑みを零し始めている。
彼にとってこれは戦いではない。
遊びなのだ、と案山子夜は嫌でも感じ取ってしまう。
「アハハハ!!」
「小癪な……!」
常に遠心力を乗せ、案山子夜は連続した攻撃を繰り返す。
上、下、右右、左、上、そして左。
体を回転させ、腕を回し、得物からブォンッと音が鳴るほどに、刃がヒョウと空を切るほどに速く攻撃を打ち込み続けた。
だが、炎重の大刀は弾ききれない。
むしろこちらが負けてしまう事の方が多く、この隙に攻撃をされてしまうので体で回避するほかなかった。
その攻防は砂煙が上がるほどだ。
この間に月芽も攻撃を仕掛けようとしているのだが……伸ばした継ぎ接ぎが尽く切り裂かれてしまっていた。
地面から忍ばせれば地面ごと斬られ、持ち上げて叩きつけるように伸ばせば案山子夜の攻撃を弾いたと同時に斬られてしまう。
金巫女である雪野の守の御力で弱体化はしているはずだ。
だというのにこの強さ。
勝ち筋である同時攻撃が……できなかった。
「ぬぐうう……!」
「アハハハハハハー!」
「ぬぉおおおおおおお!!」
案山子夜が吠える。
次第に攻撃は火花を散らす程となり、刃が弾かれ合う音は機関銃を連射している様であった。
「稲嵯虚心流!!」
「打打大音!!」
双方が大地を強く踏み込む。
ズダンッと踏み込んだ足は大地を若干揺るがした。
「流流水閃!!!!」
「怨打羅大断!!!!」
水面を撫でるかの如く鋭い水平斬りと、恨みを込めた乱暴で凶悪な大上段からの切り下ろしが激突する。
バギャアアアアンッ!!!!
鋼が砕け、宙へ舞う。
へし折れた両刀切天秤槍は片方の刃を失ったことで薙刀へとなり下がった。
一方炎重が持っている大刀は、刃が少し欠けた程度だ。
しかし……その砕かれた刃は炎重の目を隠していた布を切り裂いた。
真っ赤な布が宙を舞い、地面へと落ちる。
そこにあったのは……真っ白な目玉をして笑っている幼い男の子だった。
「!? こ、こやつ……目が……!」
「アハハハー!」
いや、違う。
これも異術で補っているのだろう。
見えないのが嫌だ、と口にして見えるようになっているだけだ。
だから炎重は常にこちらへ顔を向けている。
余計な事を考えるのは止めろ。
大きく息を吸って素早く吐き出し、折れた得物を惜しく思いながらも戦いを続行するため構えを取った。
懐かしい構えだ。
槍ではなく薙刀だが、扱いはそう変わらない。
しかしバランスが悪い。
重心が刃に集中しており、先ほどよりも遠心力を乗せやすいだろうが、時折得物に振り回されそうだった。
この調子で攻撃を繰り返し、柄を攻撃されでもしたらもう片方に残っている刃も簡単にへし折れて使い物にならなくなってしまいそうだ。
そうならないように努めるつもりだが……炎重相手にそれは難しそうだった。
その様子を遠くで見ている月芽と雪野。
月芽は援護らしい援護が出来ていないことに憤りを感じているらしい。
小さな拳を握って悔しそうにしている。
雪野もあとできることは結界を張ることだけ。
しかしこれは……まだ使いたくなかった。
「アッハッハハハハ! 打打大音!!」
「んぬっ!?」
「穏泥」
先ほどとはうって変わって、落ち着いた様子へと切り替わった。
しかし何か変わった事が起こるわけでもなく、案山子夜は目をギョロギョロと動かしてその異変を探し続ける。
これが分からなければ死ぬかもしれない。
そんなひっ迫した状況を打開すべく、見逃さぬよう炎重を視界に捉え続ける。
だが、何もない。
炎重は表情を殺したままその場から動かないし、周囲で変わった事があるように思えなかった。
ギャヂィンッ!!!!
「んぬっ!?」
「案山子夜ー!!」
「アハハハハハー!!」
凄まじい音によって、意識が覚醒した。
何事かと思って月芽と雪野がいる方向を見てみれば、二人は結界の中に閉じこもっており、炎重からの攻撃をかろうじて封じている。
「なんっ……!? くそ!」
今のは……幻術だ。
あれだけの急激な変化だったのだから、すぐさま気づくべきだった。
案山子夜はすぐさま二人の下へと急行して炎重を攻撃する。
案の定攻撃は受け止められてしまったが、無理やり押し込んでなんとか距離を取らせることに成功した。
その瞬間結界が解かれるのだが、すぐさま継ぎ接ぎが伸びて炎重の足を掴もうと襲い掛かる。
だがこれは小柄な体を活かして回避され、継ぎ接ぎは簡単に切られて追跡を阻止された。
「無事ですかな!?」
「な、なんとか……! というかどうしたのですか案山子夜! なぜ動かなかったのです!」
「幻術に嵌っておりましたぞ……! わてはどれほど動かなかったのですかな?」
「そんなに長い時間じゃありません。でも一分弱、でしょうか」
一分という時間は戦いの最中に置いては致命的となる時間であった。
とはいえここまで早く脱せるとは思っていなかったらしく、炎重は少し驚いた様子をしていた。
それに一分間の間、雪野は攻撃を全て弾いたのだ。
守の御力を維持するために結界には小さな穴をいくつか開けていたのにも関わらず、その硬度は炎重の攻撃をものともしなかった。
「ぬぅぅうううう……」
悔し気に一度地面を踏みしめる。
手に持つ大刀と大きく振るい、ヴォンッと音を立てながら砂煙を巻き上げた。
ただ振るっただけなのにこの威力。
これを相手にしていた案山子夜がどれだけの技量を有していたかがそれだけで分かった。
案山子夜が今一度息を吐く。
炎重の起こした風がこちらにまで飛んできて、彼の着ている服を靡かせた。
その背後には月芽と雪野がいる。
長期戦となると不利になるため、そろそろ決定的な何かが欲しい。
勝利条件は決まっている。
少なくとも二種類の攻撃を同時に繰り出し、対処される前に仕留める事。
案山子夜と月芽が苦戦している以上、雪野の結界もそろそろ使わなければならないらしい。
となれば雪野がこの戦いの決定打を打つ存在だ。
「月芽、雪野殿。わてはそう長く持ちませんぞ」
「私の異術も……通用しなくなりつつあります。雪野様……」
「私も結界を使って援護するわ。案山子夜さんはそのまま。月芽ちゃんは結界の後ろに必ず継ぎ接ぎを忍ばせておいて」
「死角から出せばよいのですね。わかりました」
「案山子夜さん。何があっても止まらないでください」
「承知しましたぞ」
雪野は大きく深呼吸をして集中する。
案山子夜と炎重の戦いについていけるか少し不安だったのだ。
目にも留まらぬ動きで攻防を繰り広げ続ける二人の間に、雪野の結界が間に合うかどうか。
そもそもそういった戦いはしたことがない。
だが、やるしかない。
「月芽。わての槍を」
「槍……? あ、あれですか!?」
「旅籠様には申し訳ないが、この得物ではもう戦えんのでな。十山城に保管しておりますぞ」
「……分かりました!」
継ぎ接ぎが伸び、案山子夜の足元で小さく開く。
そこから吐き出されたのは、案山子夜が過去に使っていた槍だ。
まだ名を与えられていない時に落水と稽古していた時の、懐かしき槍である。
その槍は使い込まれており至る所に傷が目立ったが、その握り心地はやはりしっくりときた。
過去の槍を手にした瞬間、己の異術について少し理解する。
どうやら両刀切天秤槍は稲嵯虚心流を扱うに適している得物のようだが、槍は己の異術を最大限に発揮できるものらしい。
折れた両刀切天秤槍を地面に突き刺す。
ここまで共に戦ってくれたこの得物に感謝しつつ、手に馴染む槍を優しく握った。
「異術・年功」
「ねんこー? 僕も欲しい!! ねんこー!」
途端に草木がざわめいた。
ただでさえ強い炎重が、年功すら手に入れたらしい。
月芽と雪野は目を見張って驚いていたが、案山子夜は至って冷静だ。
「否。わてが、年功の主ぞ」
「──へっ?」
ボギョガッ!!!!
しなる槍が炎重の顔面を見事に捉えた。
叩くことに特化した一撃は穂先を置いてけぼりにしながらも、見事なしなりで火力を最大にまで上昇させて炎重を殴り飛ばす。
気づけば草木のざわめきも収まっており、年功への力は誰に与えるべきか彼らも理解したようだ。
草木に見捨てられた炎重は、反応を一瞬だけ遅れてしまった。
これにより案山子夜からの一撃をもろに受ける事となったらしい。
「ぎゃああああああ!! ぐぎゅうああああああ!!」
立ち上がった炎重は激痛に泣き叫ぶ。
武器を乱暴に振り回した瞬間、それがガツンと何かにぶつかる。
泣き叫んでいて何が起きたか分かっていない彼は、力のままに振り抜こうとするが何かに掴まれているようで離れない。
煩わし気に何が起きたのかを目視すれば、大刀が結界で覆われていた。
「ヤダ!! 離せ!!」
「それでいいのですかね!」
地面を継ぎ接ぎが走り、遂に炎重の足を捉えた。
どうやら彼の我儘な異術は永続的なものでないようだ。
今回は月芽の方が早い。
何が起きているのか瞬時に理解できず、口にした言葉が結界に対する者であったが故に継ぎ接ぎは剥がせない。
バヅァッ。
まずは確実に、足を破壊した。
指先から膝辺りにまで伸びた継ぎ接ぎが無理やり開かれ、炎重の右足を完全に破壊する。
「でぁああああああ!!?」
「所詮は子供。その痛みでは口が回るまい!!!!」
案山子夜が詰め寄り、炎重の首目掛けて今度こそ本当に穂先を突き出す。
ホイッスルを噴いたかのような甲高い空を切る音を立てながら、槍を振るった。
迫りくる槍は今の炎重には見えていない。
目を固くつぶり、激痛を伴う足を庇い泣き叫んでいるだけなのだから。
槍の穂先は炎重の首に届く。
渾身の力を込め、この槍が折れるほどの威力を叩きだした案山子夜が吠えた。
槍の背後では砂煙が舞い、穂先からは斬撃が飛び出しそうな程の鋭さを有している。
そして刃は振り抜かれた。
「今」
「!?」
「炎重に死なれては……困るのでな」
衝撃が消えた。
槍を追いかけていた砂煙も、斬撃が飛び出しそうな穂先の鋭さも完全に消えてしまう。
ただ二本の指で案山子夜の全霊を受け止めた男。
己を傷つけず、相手すらも傷つけなかった彼は、一瞬で姿を現したかのように見えた。
案山子夜ですらその存在を認識したのは、攻撃を阻止された数瞬後だったのだ。
思わず全員が後ずさる。
攻撃を受け止めた指を確認する男だったが、特になんともなかったらしくそのまま腕を下ろした。
彼の背後では炎重が彼の羽織を掴んでこちらの様子を伺っている。
その姿はまるで人見知りをしている子供の様であった。
落ち着いた、深い声色。
古く分厚い着物を纏っており、手首には数珠を巻いている。
彼の顔には右目に一文字、左目にバッテンを描くようにして継ぎ接ぎが伸びていた。
他にも腕や脚、首元などにも継ぎ接ぎがあるようだ。
これだけわかりやすい特徴があるのだから、彼が誰なのかはすぐに検討が付いた。
案山子夜はまず二人を守るために大きく下がり、雪野と月芽の前に立つ。
一方男は咥えていた煙管を手に取り、トンと指で叩いて灰を落とした。
それを慌てて手ですくった炎重が口の中に放り込む。
「我が子孫と異形、そして巫女よ」
ただゆったり喋っているだけなのに、その言葉は何故か体にのしかかってくる。
話を聞いているだけで異術を発動しているのではないだろうかと思うほどだ。
三名が警戒しながら構えを解かずにいると、男はパッと両腕を上げた。
「ちと、話をせんか~?」
急に陽気な話し方となったことに、三名は目をぱちくりとさせたのだった。




