18.15.炎重・天千・魔生良
平将門の怒号が響くが、それよりも早く炎重が封じられている結界が崩壊した。
何が起こったのか目で見てみれば、いつの間にか魔生良が結界に食らいついている。
金巫女の結界だとしてもお構いなしのようで、ガリボリと音を立てて租借していた。
その小さな隙間は炎重が脱出するのに十分すぎるものだ。
ボボッと強く燃えると、一瞬で結界の中から飛び出して天千へ向かって切りかかる。
これは旅籠たちが出現した三秒内に起こったことだ。
ほとんどの者が、何が起きたかはっきり理解していなかった。
唯一現状を把握したのは山本と平将門のみ。
炎重、天千、魔生良の組み合わせは……非常に厄介なものであったのだ。
現状を把握した山本が大きく舌を打つ。
「ぬかった……! よもや天千がここに居るとは……!」
「えなに!? どういうこと!?」
「我らの軍がここへ来ると常治が予測したのだ! でなければ……この組み合わせにはならぬ……」
「だからどういう事だよ!」
「炎重は揺ら目切り。魔生良は結界喰らい。天千は鏡体万操。炎重と天千は結界に弱いが魔生良がそれを崩す。魔生良は守の御力と術返しが弱点だが天千がこれを崩す。この盤面……我らの軍が炎重を結界に封じた状況で、この二名が居る場所へ来るよう仕向けられた。魔生良を使ってな」
魔生良は金巫女と術返しを持つ魔蛇が居なければ仕留めることができない。
旅籠率いる金巫女部隊に兵力が集中していることを予期していた常治は、最初に炎重をぶつけて足止めさせた。
この間にどこでもいいから魔生良を違う部隊にぶつける。
彼一人であっても戦力としては十分。
死なないのだから時間をかければ必ず部隊を壊滅させるだけの力はあったが、それも金巫女と術返し持ちが出現すれば危うくなる。
そこで天千を時間をおいて増援として送り込む。
彼女は巫女の結界術を苦手としているが……魔生良が居ればそれも解決できる。
だが銀巫女の結界術の制度は驚異的だ。
小さな破片全てとのリンクを断ち切ったのだ、今の天千には攻撃手段がなかった。
攻撃されて自身の肉体を散らさなければ攻撃できない彼女の異術。
手の内がバレている以上、敵から攻撃されることはないだろう。
なので味方から攻撃してもらわなければならないのだが……魔生良は抑え込まれてこちらに近づけない。
そこで……連れてきた貰った炎重の出番である。
魔生良が結界を破壊し、脱出した炎重は力を取り戻した。
そこで一つの敵意を感じ取る。
無意識にそちらへと突っ込めば、天千の体をぶった切っていた。
「ヴォヴォヴェヴェヴァ!?」
「いえ、これでいいのですよ。炎重。助かりました」
天千は、わざと炎重に敵意を向けて自身を攻撃させた。
これにより……大量の武器を今一度手にしたのだ。
そして彼女は手を天へと掲げる。
「術返し」
「ぬっ!? 術返し!」
小さな破片で形作られている腕が変形して印を作る。
三つの手で一つの印を作っているようで、それは小さな蕾の様だった。
気配に気づいた魔蛇がすぐさま手を合わせて術返しを発動させる。
目視で確認する事は出来ないが、なにやら術返し同士で拮抗した戦いが繰り広げられているらしい。
「旅籠様……! まずは鏡の異形を! わしの術返しが封じられようとしておりますぞ……!」
「うっそだろ!?」
「天千は特殊な術返しを使う。片手で複数の手を作るからな。力も強い。魔蛇。抑え込まれれば異形全ての異術が封じられると思え!」
「重役ですの……」
「巫女は炎重を結界で封じろ! 魔生良は人が抑え込み続けてくれ! 術返しの使える魔蛇さんがいなけりゃ勝てん! まずは天千……鏡の異形を仕留める! 異傀儡衆はヤガニ衆を押さえろ! 山本さんは炎重を! 止められるのあんたしかいない!」
「相分かった」
「案山子夜! 月芽! 将門! 天千を頼む! 私も向かう!!」
「「御意!」」
『おお~っしゃあ! やっと動けるわ!! おい銀巫女はこっちついてこい! 貴様が居らねば天千に勝てぬ!』
「……わ、分かりました……」
指示を受けた全員が、各々の役割を全うするためにまずは視線を動かす。
巫女と山本は炎重を。
人間たちは魔生良を。
そして異形たちは天千を。
敵意を感じ取った炎重は無意識に移動したが、それは山本に止められた。
「ヴョヴォヴェ……!?」
「巫女たち」
山本の低い声が響く前に、彼女たちは手をかざして何重もの結界を作り上げた。
一瞬にして閉じ込められた炎重は焦ったようにボボボッと炎を燃やしたが、そこから逃げらる術はない。
……が、結界に罅が入ったことで、その前提は消え去った。
「なっ……!?」
雪野の結界が砕かれたのだ。
なぜそうなったのか全く理解できなかったが、ふと思い当たることがあった雪野は魔生良を見た。
古緑が合流したことにより、魔生良は流石に押されているようだったが戦い方を変えている。
不死身を活かしてごり押しの戦法を取り始めたのだ。
今までの戦いは半分お遊びだ。
己に傷をつけられない様に戦うという手加減……。
その縛りを解除した魔生良の戦い方はひどく乱暴で、久原や孫六は歯を食いしばりながら攻撃を回避していた。
だが問題はそこではない。
彼は人間たちと戦っている最中、こちらを見てにんまりと口角を上げていたのだ。
「ど、どうして……」
「やはり雪野でも無理か……!」
「山本様! これはどういう……」
「魔生良は喰らった結界を無力化する」
「もっと早く言ってくれません!?」
雪野の結界が破壊された今、炎重は八重と菊音の二名が作った結界で封じられている。
しかし二人の結界は雪野に比べると脆い。
炎重の体当たりだけで軋む音がしていた。
「わ、私たちでは長く持ちません……!」
「雪野は魔生良を仕留めに行け。天千を討てねばこの戦、勝機なし」
「分かりました」
その指示を聞いた雪野はすぐさま走り出す。
炎重は相変わらず恨めしそうにしているが、今のところ結界を突き抜けることができないらしい。
八重と菊音の結界が魔生良に喰われなければ、この均衡は保てるだろう。
だが山本は知っていた。
数々の異形鬼の体を乗っ取って己の力に変えた魔生良の実力は、あれだけではないという事を。




