18.13.水と炎
広範囲に広がった炎が地面を簡単に焦がしていく。
凄まじい火力を前にして前に出られない者は多かった。
これに加えて信じられないほどに卓越した槍術。
棒術とも組み合わせているようで、手の動きは忙しいながらも確実に攻撃を払い、的確に斬撃を繰り出している。
守の御力を使用して尚、炎は止めきれなかった。
地面から爆発するように吹き出してくる爆炎に、異傀儡たちは身を挺して巫女を守る。
「くっ……!」
『しゃらくせえ……!』
ッカンカンカアンッ!!
向かってくる炎を紫の火の玉で完全に吹き飛ばす。
攻撃を逸らすことはできるのだが、将門の性格的には前に出て刃を振るいたいとウズウズしているようだ。
だがそれ許さないのは落水と孫六。
巫女を守ることができる将門を絶対に前へは出さなかった。
水の異術を有している落水はそもそも炎が効かない。
孫六は炎から耐える術を持ってはいないが、落水が水を頭からかぶせてある程度は軽減できていた。
『ひょーー! 楽しいなあ〜おい!』
「落水! 俺はそう持たぬぞ!」
「抜かせ!」
炎にまみれながら距離をとる。
服に水が染み込んでいるお陰で無傷だが、それを抜きにしても魔生良の力は強かった。
「御代様! 菊音殿! 無事ですか!」
「はい!」
「私きついんだけどぉー……!」
『おうおうおうおう! そんだけ数揃えてんのになっさけめえなあ〜!』
楽しげに笑いながら薙刀を振り回す。
石付きをコンッと地面に突き刺して寄りかかった。
魔生良は鬼人に取り憑く異形鬼だ。
倒す方法は金巫女の守の御力で憑依を剥がし、異形の持つ術返しで術を封じる。
これを同時に行わなければ、憑依を剥がせない。
そうしてからやっと攻撃が通るのだ。
過去の戦を知っている将門は、敵になると厄介な相手であると先に伝えていた。
攻略方が決まっている魔生良は、過去の戦でも酷く恐れられた存在なのだ。
死なない、憑依を剥がせない。
最悪の場合は死体にも取り憑ける魔生良を倒すために、金巫女を多く集めて対抗しようとした者がいた。
だが彼らは知らなかったのだ。
異形が味方にいなければ、そもそも勝てないのだと。
「はあっ!」
『おっと……?』
落水と孫六の間をすり抜けて攻撃を繰り出したのは久原だった。
狙いすました居合は強烈な斬撃音を響かせ、魔生良の持つ薙刀を振動させる。
ビリビリ伝わる手のひらの感触に、彼は驚きの表情を見せた。
鍔迫り合いに持ち込み、魔生良は笑みを浮かべる。
『ほーう? 骨のあるやつがいるじゃねえか。この肉体は異形のお仲間さんのものだぜ? そんな容赦なく切っていいのかな?』
「加減できる相手ではなし。時に異形……憑依しておるというのにこちらの技をすべて防ぐということは……」
久原が鋭い目つきで魔生良を睨む。
「肉体の傷は、魂に干渉するようだな」
『知ったところでどうなるんだ~?』
「策が変わる」
久原の背後から水の塊がぶつかった。
炎で焼き殺そうとした魔生良の思考を、一歩早く読み取った落水が彼を守ったのだ。
一瞬とはいえ炎が無力化された。
これを逃すことなく、久原は即座に鍔迫り合いを押しのけて引き斬り繰り出す。
見事腕に傷をつけた。
鮮血が舞う中で久原は即座に納刀し、目の前に出現した炎ごと魔生良を攻撃する。
腕を負傷したことにより薙刀をうまく扱えなくなった瞬間の攻撃。
隙を一切見逃さない彼の一撃は、魔生良の腹部すら切り裂いた。
……が、相手は異形鬼。
それも相当特殊な存在だ。
傷をなぞれば傷口は完全に塞がってしまうらしく、それを自慢するかのように見せびらかした。
「おい人間」
「落水とか言ったか。加減はできぬ故、本気で参る」
「俺は赤雪がどうなろうと知った事ではない。」
「……ではなんだ」
「時を稼げ。今我らが成すはそれのみ」
「相分かった」
キチリ、と音を立てて日本刀を構えなおす。
刃を交えてわかったが、やはり魔生良の技量は別格だ。
ほぼ不死身で尚且つ強いとなれば、長期戦になればなるほどこちらが不利となる。
それにヤガニ衆の増援もようやく到着したらしく、異傀儡衆がそちらに取られてしまった。
こちらの戦いを邪魔させないようにするのが精いっぱいらしく、囮や陽動といった策はもう使えない。
土傀儡が土丹に連絡を流してくれたようなので、向こうの手が空いているのであればすぐさま駆けつけてくれることだろう。
それまでの、時間稼ぎ。
『おうこらあ! 俺も暴れさせろ!』
「ならぬ! 巫女様を守れい!」
『つまらんな〜!』
平将門はそう言いながら、異傀儡衆の隙間と縫って突進してきたヤガニ衆を吹き飛ばした。
ダメージは与えたが分裂させないほどの力加減。
再生に時間を有するように殴れば、戦いも楽になる。
巫女を守りながら、平将門は周囲を見渡して策を練り続けていた。
巫女がこの部隊の要である以上、やはり己はこの場から動くことができない。
だがヤガニ衆が合流してしまった。
異傀儡衆だけで対処しているが、彼らは有限である。
進化したヤガニ衆は普通に強い。
背丈も高くなり、移動速度も上昇し、戦闘能力も向上しているのだ。
ヤガニ衆の半分以下の背丈しかない異傀儡衆では、体格的に不利を取っている。
唯一の有利は異傀儡衆それぞれの属性。
これを巧みに扱い、なんとか同レベルの戦いを行っている。
『チィ……。異傀儡衆では魔生良相手に手が出せん。あの三名も巫女二人の力があってこその拮抗。助太刀は出来ぬか』
「御代様! 結界を!」
「はい!」
『ならぬ! 魔生良に結界を張るな! 奴は結界を喰らう!』
「「食べるのですか!?」」
ボボゥッ!!
大量の炎が吹き上がったが、それは水ですぐさま消火される。
これと同時に連撃音が幾度も聞こえてきた。
三人が魔生良と戦い続けているが、三対一である状況にもかかわらず魔生良は平然としており、なんなら楽しそうに笑っている。
『おいお~い、ばらすんじゃねえよ将門~!』
『奴は結界を喰らう事で巫女の術を弱化させる。銀巫女のお前が役に立たぬようでは意味がない』
「結界術の方が得意なんですが……!」
『辛抱せい。正念場だ』
御代と菊音は再び力を込めて守の御力を魔生良へと向ける。
力は弱まっているはずだが、それでもあの強さ。
というよりほとんど力が弱まっていないのではないだろうか。
異術も使うし、薙刀捌きも卓越している。
流石過去の戦を生き残っただけの事はある、というべきだろうか。
久原が居合を、孫六が挟撃する形で攻撃を繰り出そうとしている。
落水は既に二人をびしょ濡れにさせており、一度程度であれば炎の攻撃も大したダメージにはならない。
彼自身もすぐさま攻撃に転じようと構えを取った。
左右から攻撃されそうになっていることに気づいた魔生良は、ニィッと歯を見せて笑う。
持っていた薙刀の石突きを地面に思い切り突き刺した瞬間、地面にひびが入って真っ赤に燃える。
『鬼術・地割火山』
ひび割れた地面から凄まじい勢いで炎が噴き出した。
その熱量はすさまじく、遠くにいても熱波を感じてしまうほどだ。
間近くにいた三人は何とか回避したようだが、水分が一瞬で蒸発したようで衣服が阻止焦げている。
しかしこの攻撃……魔生良の味方であるはずのヤガニ衆にも数名巻き添えを喰らったらしい。
噴き出した炎の中には熱されて土も交じっていたようで、それがヤガニ衆にぶつかると悲鳴を上げて悶え苦しんだ。
暫くのたうち回っていたようだが、次第に萎んで動かなくなる。
『あっ、やべっ』
「やはり火か」
「俺たちの陣営に火を使える異形は居ねえぞ」
「壱成だったか。材料はそっちに渡したからな……」
ヤガニ衆の弱点が炎であると分かっていたので、用意はしていた。
松明や火打石……油などを城から集めていたのだが、それらはヤガニ衆の討伐に当たる壱成の部隊に全て預けている。
まとまった数が集まらなかったというのが一番の理由だが、壱成であれば適切に使ってくれるはずだという旅籠の判断だ。
元より他の部隊は巫女だけで完結する予定だったのだ。
それが意味をなさないと分かったので、今困っているわけだがこれは流石に誰も予想できなかった。
守の御力を使ってもヤガニ衆が死なないと誰が思っただろうか。
しかしこの状況では好都合であった。
魔生良の攻撃でヤガニ衆が死ぬということは、魔生良はこれより先、大きな技を使えない。
流石に味方の兵を殺すとガガニあたりに叱られるのか、極端に技の使用頻度が落ちた。
三名がこれを確かめるべく斬りかかれば、小規模の炎しか使わなくなっている。
「なるほどな」
『くそが! 面倒くせえなーおい!』
魔生良が巫女二人へ視線を向ける。
攻撃対象を変えるつもりだと気付いた三名だったが、一歩行動が遅れてしまった。
薙刀の石付きを地面に突き刺すと、先ほど同様地面が割れる。
それは巫女二人の下へ走り、真っ赤な亀裂から炎が今まさに吹き出さんとしていた。
ッカアアンッ!
ッカアン! カアンッ!!
乾いた音が鳴り響くと、地面が一気につぶされて炎の噴き出し口が閉じてしまった。
逃げ道を失った炎は魔生良の足元へと戻っていき、己の攻撃を避けることとなったようだ。
背後にいた数名のヤガニ衆が燃え尽きる。
魔生良は忌々しそうに平将門を睨んだ。
『てめえ……!』
『ハッ。巫女には手出しさせぬぞ〜。だがいいな。暇だったんだ。もうちょい仕掛けてこいよ。最も、仕掛けられたらだがな』
ズルッ。
急に足が滑ったが、これを体幹だけでなんとか立て直す。
どうやら地面が濡れているらしい。
『やべ』
「紡流異術。水針峠」
地面をぬらしていた水が収縮し、一気に天へと突きだした。
それぞれが細い針のようになっているそれは非常に鋭利で、魔生良の体を簡単に切り裂くことができた。
『痛って〜!』
「チッ……貫通はせなんだか」
「されど良い形!」
『ゲッ!?』
無理に回避した魔生良はこれ以上上手く体を動かせない。
嫌なタイミングで久原が背後に立っており、次の手を打つために孫六が数歩先で構えている。
久原が攻撃した後にダメ押しで斬りかかるつもりだ。
これは……分が悪い!
『まじかまじかまじか!』
「ハアッ!!」
気合を入れた一撃が、鞘から飛び出し魔生良を襲う。
久原の居合術は速い。
体勢を崩した魔生良がかわせるほど、ぬるい一撃ではなかった。
バリイインッ……。
間違いなく肉体を切り裂いた久原の日本刀は、いつの間にかガラスを砕いていた。
刃が欠けたのではない。
ただ……魔生良の代わりに、別の異形が姿を表しただけだった。
「……やはり、貴方に任せるのは失敗でしたね」
『うるっせーぞ天千!』
「なんだと……?」
ガラスで体を構築した異形が、そこの現れたのだった。




