18.11.技縫い
不落城、城外。
主魂と木夢、そして無形が一体の異形と対峙していた。
だが既に異術を掛けられており、その違和感に三名は眉をひそめる。
形龍の異術……技縫い。
相手の術を一つだけ縛るというものであり、これは万物に作用する。
主魂は形龍によって朧気の異術を封じられた。
未だ時喰らいの異術は封じられていないが、それでも戦いにくい。
そして何より厄介なのが、縛る術は変えることができるということ。
無形で例えるならば、靄から腕や武器を増やすのと、伸ばした腕の変形、靄の移動だろうか。
これを好きな時に一つだけ縛れるのだ。
うまく噛み合えば一切手出しが出来ず仕留められてしまう。
だが弱点もある。
技縫いは、形龍が知っている異術でなければ封じることができない。
なので木夢と無形にはまだ技縫いは掛けられていないようだ。
『木夢、無形。形龍の異術は技縫い。異術を縛るが、手の内を見せねば縛られぬ』
「コカコロッ」
「……」
二体はこの説明だけで勝ち筋を導き出す。
可能な限り手の内を見せずに戦闘し、隙を作ったと同時に見せてない異術で一気に仕留める。
これが形龍を倒す唯一の方法であり、一度でも異術を見せれば対応されてしまう。
チャンスは少ない。
が、味方の数が多ければチャンスは増える。
『我は形龍に異術を網羅されておる。お主らが頼りぞ』
そう言い、主魂はババッと腕を振って構えを取った。
周囲に青い霊魂が浮かんだが、形龍が二度瞬きすると一瞬で掻き消える。
これが縛る術の切り替えだ。
瞬き二つで変えるのだから、簡単には異術を放てない。
主魂が再度朧気の異術を使えば、それは直ぐ様霧散する。
『やはり貴様は好かん』
「奇遇だな。俺もだ」
ジャラララ……。
木夢の身体が変形し、速度に特化した姿になった。
早速異術を見せてしまったわけだが、木夢の有する異術は少なく、変形と肥大化で戦う。
変形が縛られれば戦闘スタイルの変更もできなくなると見越し、縛られても最大限力を発揮できる姿になったようだ。
これを見た形龍は早速変形を縛ったらしい。
ニヤリと笑って勝ち誇った笑みを零した。
が、それは命取りである。
「ブッ──!?」
「ジャジャララ……!」
木夢の硬質化した尻尾が形龍の腹部にめり込んだ。
一瞬停止した後、凄まじい勢いで吹き飛んでいく。
内蔵が潰れ、骨が折れる音まで聞こえてきたので相当な痛手となったはずだ。
なんだ、そんなに強くないな。
木夢は拍子抜けした様子で吹き飛ばした形龍を見やる。
人の姿している以上、あの一撃は致命的なものとなる……はずだった。
「こんの犬畜生が」
「ジャララッ!?」
怖気を感じ取り、木夢は直ぐ様その場を蹴り飛ばす。
地面が抉れるほどの勢いで逃げた瞬間、先ほどまでいた場所の大地が割れた。
ゴバンッ!!!!
手刀を振り下ろしたまま舌打ちをする形龍は、ゆーっくりと体を持ち上げてこちらを睨めつける。
「ジャラ……」
『やはり硬いな。いや、柔いが硬い……か。形龍の異術は技縫いだが、奴の武器はその肉体。心せよ』
もっと早く言ってくれ、と木夢は睨む。
体を振るって気を取り直したあと、姿勢を低くして警戒を続ける。
「おう、どうした。怖じけたか?」
『一つ問う。常治は何を企んでおる』
「教えねえよ馬鹿が」
指を伸ばして手刀の形にした手を打ち合わせ、金属音を鳴らしながら歩いてくる。
ヤスリでも擦り合わせているのではないかと思うほど嫌な音だ。
形龍は近接戦闘を最も得手とする。
術を縛り、得意の間合いに連れ込むのだ。
平将門のような能力ではあるが、先も述べたように相手の全てを封じることはできない。
そう考えると劣化版ではあるのだが……。
形龍は硬い。
ギャヂンッ!
間合いを一気につぶした形龍が無形を攻撃した。
咄嗟に靄から武器を大量に作り出し、武器の束で攻撃を受け止める。
「……!?」
ピキッ……。
武器の束が悲鳴を上げる。
無形は咄嗟に次の武器で攻撃しようと試みるが、既に異術を封じられており、新たに靄から武器を作り出せなかった。
今ある武器でなんとかする他ない。
すると木夢が飛んできて形龍の頭を叩き潰す。
だが見切られていたらしく、片腕で受け止められた。
ブンッと腕を払われるとその勢いに負けて木夢は遠くに飛ばされる。
「ジャジャララ……!」
「……!!」
「んん……? お前の異術、得靄……。いや、無ノ靄法師か。ハッ。使い方がなってねえな!」
形龍が再び拳をぶつけると、武器の束が粉々に砕け散った。
無防備となった肉体に容赦のない蹴りが繰り出される。
ドンッ。
鈍く受け止められたその一撃を、主魂が片手でつかんでいた。
『成ったばかりだ。大目に見よ』
「守られてるんじゃ世話ねえなあ」
『異術』
「させんわ」
瞬き二度して主魂の異術を完全に封じる。
鋭い肉体が拳を振るえば、ビョウと音が鳴って空を切った。
その多連撃を主魂は尽く跳ね返し、いなす。
凄まじい攻防に足元から砂埃が舞うほどだ。
木夢と無形の入る隙がない。
助太刀しようものなら組手の余波で攻撃されかねなかった。
「……」
無形はこの現状に眉を顰める。
先程の言葉が気になっていたのだ。
無形の異術、無ノ靄法師。
ただ手数に特化した異術ではない、と形龍から先程教わった。
では、これ以外にどんな事が出来るのだろうか。
気づかなければならない。
主魂がわざわざ指名してここに二人を残したのは、形龍に勝る算段があってこそだ。
ではどうすれば……そこに至れる?
すると突然、木夢が無形の腕を噛んだ。
驚いて腕を引っ込めようとするが、どうにも離してくれなかった。
「ジャジャララ……」
「……」
『僕に任せて』
そう、木夢が言った気がした。
木夢は元々獣であり、自分たちとは違う感覚を持っている。
意味もなくこんな行動に出る奴ではない。
だから木夢は分かっているのだ。
……形龍に勝つ方法を。
バヂンッ! ギャギヂンッ!
度重なる組手で主魂の腕は爛れていた。
だがすぐさま異術を使って回復し、その姿を維持する。
接近戦は苦手な部類だが、できないわけではない。
とはいえ……形龍相手には耐えることが精一杯となっていた。
一撃を受け止めれば腕が抉れる。
こちらが打てば弾かれて骨が折れた。
一撃一撃の全てが致命打になり得る火力であり、人間が対峙してよい相手ではない。
刀も簡単に折れてしまうだろう。
形龍が姿勢を低くし、地面から天へと向けていた蹴りを繰り出す。
なんとか防ぐことはできたものの、腕は大きく弾かれた。
急いで身体に引き寄せたがそこに両の腕はなく、肘から先が宙へと舞っている。
『チッ』
「終いだな! 寝てろ!」
この程度では主魂を殺せないと知っている形龍は、意識を刈り取ることにだけ専念した。
頭部を破壊すれば暫くは起きてこない。
ギャリリと握り拳を固め、渾身の一撃を持って頭部を穿つ!
バギヂイッ!!!!
折れる音と千切れるような音が同時に響く。
何事かと目を見張った形龍と主魂は、その視界に黒い刃を見る。
硬いはずの形龍の肩腕が吹き飛び、大量の鮮血が舞う。
黒い刃を辿っていけば、そこには刀を咥えた木夢の姿があった。
『成ったか! 無形!』
「嘘だろ!?」
形龍はすぐさま瞬きを二回して異術を封じる。
しかし木夢の姿は既に固定されているので意味はない。
無形にも同様に技縫いを使ったが、やはり何も変わらなかった。
だが、おかしい。
先ほど無形の武器を増やす異術は完全に封じたはず。
武器の束から生き残っていた一本を木夢が咥えて振るったとしても、その切れ味は変わらないはずだ。
そもそも、今振るわれたのは新しい形状の武器であり、先ほど形龍が破壊した武器の束の中には存在していなかった。
何故手数を封じたのに、新たな武器が生み出されているのか。
「ここでかよ!!」
形龍は知っていた。
無ノ靄法師という異術の本質を。
それは、使われることで本来の力を発揮する。
無ノ靄法師を有している異形は、体から漏れる靄を媒体にして腕や武器を生やすことができ、それを自在に振るうことが可能だ。
更には怪力も有しており、一体だけでも相当強力な存在となる。
だがそれは全てが異術であり、巫女の守の御力や異形の術返しの前では完全に無力となり下がる。
これを克服する術。
己を武具とし、他者に使用してもらう事。
個が既に強い異術なのでこの本質に気付く異形はほぼいないのだが、無形はそれに気づいた。
己の姿を凶悪な刃の日本刀に変え、全ての異術の力を刃に集中させる。
手数を殺して硬度を保ち、怪力を殺して切れ味に特化させ、逃げ場を失くして姿の維持をし続ける。
「だがぁ……!」
形龍は数歩引いたところで足を地面に叩きつけ、突進の構えを取る。
ドンと響いた地鳴りは不落城まで届いたらしい。
形龍は無ノ靄法師の弱点を知っていた。
目玉だ。
どれだけ姿を変えようとも、靄で姿を晦まそうとも、赤く揺らめく眼球だけはどこかにあるのはず。
それを貫けば……。
「ジャララッ」
「……おおん!?」
木夢の口から、その赤く揺らめく眼球の一部が見えた。
無形は己の弱点を刀の柄に作っているのだが、木夢がその部位をがっちりと咥えている。
つまり木夢の口の中に無形の弱点があるのだ。
「狙えるかああああああ!!」
ドンッ!!
空気を震わせて突撃した木夢が形龍の横を通り過ぎる。
咄嗟にのけ反って回避したが、間に合わなかった腕が再び切り落とされた。
一度切られている腕なので、何度切られても既に支障はない。
肉体の硬度という有利を完全に覆された形龍は流石に冷や汗を流す。
無形の刃は己を殺せるだけの力を持っている。
加えて木夢のあの速度……。
(躱しきれん……!)
『気が緩んだな』
「ゲッ!?」
少し離れたところにいた主魂の周囲に、青白い火の玉が浮遊している。
とはいえあれは異術だ。
すぐさま瞬きを二度して無力化するのだが……違和感を感じた。
……手で組んでいる印が違う。
先ほどの青白い火の玉は時喰らいの異術だが、それは手に力を入れて強張らせる。
しかし印を組むのは……。
『朧気の一矢』
「てめ──」
チュィンッ……!
『天獄』
小さく、だが鋭く風を切る音。
派手さはなく、被害も小さいが、この音を出しながら飛んで行った弾丸の軌跡はどこまでも爪痕を遺していた。
草、木、石に空いた小さな穴。
それが形龍の胸部にも空いていた。
「……異術を、二つ出したな……! 時喰らいで……朧気を、隠したか……!」
『お主の異術は相当気張ると知っていた。意識が逸れれば、尚の事緩む。見た目の派手な異術を封じるのは、悪い癖だったか』
「お前にだけは、負けたくなかった……」
『我に敗れたでなし』
「……ああ、そうだな」
形龍の体が斜めに両断される。
肩から腰に掛けてを木夢が無形で斬ったらしく、ゆっくりとずれて地面に倒れた。
それと同時に主魂もその場に座り込む。
再生に体力を使い過ぎたのだ。
慌てて木夢が駆け寄ってくるが、ただ疲れただけなので頭に手を置いて撫でてやる。
『案ずるな。力を使い過ぎただけにすぎん』
「ジャジャラ……」
「くそが……」
安堵していたのもつかの間、倒れていたはずの形龍が言葉を発した。
しぶといな、と冷静に胸の内で言葉を零す主魂とは裏肌に、木夢は飛び上がって驚く。
だが、既に戦意はない。
人の姿をしているが異形であるのだ。
生命力は人の数十倍はあるのだろう。
「ここでぇ……死ぬぅ、わけ、にはぁ……!」
『……』
「俺の……役、目……。死ねぬ……ぞ……。しぃー……ねぇぬ──」
絞り出すような高い声が混じる。
今わの際まですがり続けていた生にようやく終わりが訪れた。
シン……と静かになった空気がそれを教えてくれる。
その瞬間だった。
形龍の体が膨張する。
「「!?」」
『な──』
ボゴボゴと体内から殴られるように膨らんでいくと、内部が破れたのかそこから黒い塊が大量に飛び出した。
だが、それはただの黒い塊ではない。
多種多様の……黒い粘液にまみれた妖怪だった。
それも全員が生きておるようで、身体にまとわりついている粘液を払ったり、口に入った粘液を吐き出したりしている。
妙だ。
形龍を見たときの姿を思い出す。
彼の体を構築していたのは……喰らい続けた妖怪の集合体だったはずだ。
既に死んでおると思ったが、そうではなかったらしい。
すると主魂たちの側にゴロンと妖怪が転がってくる。
それは力のある妖怪らしく、人の姿をしていた。
粘液を妖術で燃やして背を伸ばし、久しぶりに吸う新鮮な空気を肺いっぱいに入れ込んだ。
「でぃあああああ!! 助かったわえ~!!!!」
「ぶぇ……おえええ……! ペペペペッ!」
「子箪よ、無事かえ? おん? ……おお! 主魂! 久しいのお!」
『……団三郎か……?』
「おうよ!」
ひどく着崩した人間の女の姿をしている団三郎が、ひょうひょうと手を上げたのだった。




