18.10.洗礼
不落城はあの三名に任せる。
主魂が自ら買って出たのだから、あの場所はなんとかなるだろう。
私たちは私たちで……すべきことを進める。
月芽の異術で代果城近辺に出現した。
偵察はすでに終わっており、このあたりであれば拠点も作りやすいとのことだ。
全員が出現した場所は森で、ここだけ木々がない。
四方が木々に囲まれているが、数万の異傀儡衆がすっぽり入るほどの広さだ。
「……西の森か」
「大銀山の麓だな」
ここは昔、銀を採掘していた山だ。
埋蔵量が多いことからそんな名前になったらしいが、崩落の危険と死者数が多くなりすぎたため閉山したらしい。
大銀山から代果城までは徒歩で一日。
これくらいの距離があれば、向こうもおいそれと軍勢を送り込んでは来ないだろう。
……と思ったが、相手は継矢家の初代当主。
代果城から不落城に人間たちを送り届けたのだから、同じ異術を有しているはずだ。
こちらの有利は、今のところ索敵に長けた由海がいることである。
「由海、どうだ?」
「敵戦力は分散していますが、あれはすべてヤガニ衆でしょう。敵主力と思われる存在もチラホラ見えます」
「本陣は分かるか」
「代果城があった場所でしょうか。ひどく殺風景な所に、数名の異形がおりますね」
「ヤガニ衆に動きは」
「一切ありません」
これは一応朗報だろう。
こちらが出現したとなれば、すぐさま襲ってきてもおかしくない。
だがそれがないということは、相手は索敵に長けた異形がいない。
もしくは土丹ようにすぐさま情報を共有することができない、ということだ。
これが分かっただけでも十分。
戦いの準備ができるというもの。
「よし。巫女や颪を集めてくれ。彼らのほうが、ここに詳しい」
「承知しました。土丹、任せましたよ」
「既に報せました」
「ありがとう。じゃあほかの異形たちには周囲の警戒を任せよう。由海はこのまま敵の位置を把握しておいて」
「地図は入り用ですか?」
「頼んだ」
敵の位置が視覚的に分かるのはありがたい。
彼らとの作戦会議に使えるので、できるだけ早く作ってもらおう。
すると早速早瀬がやってきた。
隣には鍵城もいるようだ。
「はっや」
「だろう? で、どうすりゃいい」
「一先ずは情報共有。今回は結構勇み足で出てきたからね。この辺りの地形がさっぱり分からん」
「おいおい……。お前本当に異形の大将か……? 俺でもそれくらい考慮してから出陣するぞ」
「鍵城……だっけ。元は葉桐たちが来る前提だったんだよ。それがなくなったし、急がないと敵は力をつけるし、既に準備の時間はなかったんだ」
「そ、そうかよ」
スパンッとまともに言い返されたことで、鍵城は少し面食らったらしい。
理由もなしにここまで急ぐことなどしないのだ。
だが……。
「でも来てくれて助かるよ。期待してる」
「……くそ、調子狂うな……」
「なんだ褒められるの慣れてねえのかあ〜?」
「黙ってろ早瀬ぇ……。あと今のは褒められたんじゃなくてだな」
うん、どうやらこの二人は相性がいいらしい。
組を一緒にして正解だったかもな。
「旅籠さん。来たよ」
「よし」
土傀儡から指示を聞き、続々と主力の人間たちが集まってきた。
異形たちは警備を担っているので、何かあってもすぐに動けるだろう。
「まずは……来てくれてありがとう。これで少なくとも敵戦力を維持できる」
「精鋭もおらぬ故、心許ないがな」
「大丈夫。で、集まってもらったのは……」
「地の利、だろう?」
孫六が腕をまくり、地面に簡易的な地図を描いていく。
大雑把ではあるが、代果城は既に更地と化しているので精密なものは不要だろう。
現在地と現在地を囲む森の分布、代果城があった場所と川の位置を描いてくれた。
水を扱う事に長ける落水はこちらから進んでもらったほうがいいだろう。
あとは……。
「隠れられるところ、無さそうだな。由海」
「はい。確認したところ……ここからこのあたりは更地です。しかし神社と思わしき場所だけは残っている様です」
孫六が描いた地図を由海修正していく。
木々も全て消し飛んでいるようで、この場所に来たことがある者は驚きの様子を隠せていない。
今まであった物が姿を完全に消したのだ。
そうなるのも無理はない。
さて、ここは更地ということもあり、森から出れば敵にすぐさま発見されるだろう。
恐らく策略などは考えたところで無駄だ。
純粋な力勝負となる可能性が高い。
唯一できることといえば、分散して出撃し、敵の戦力も分散させることくらいだろう。
「難しい采配ですね」
「旅籠、こっからどう出る」
「えーっと、その前に私が決めていいのか……?」
今更ではあるが、ここは確認しておきたい。
人間の軍勢は居ないとはいえ、私より経験豊富な者たちがここに居るのだ。
彼らのほうが適任な気がするのだが、どうもそうではないらしい。
私の不安を聞いた古緑が小さく笑う。
「フフ、何を言う。異形が軍勢の過半数以上を占めるのに、我らが指揮を執ってはならぬだろう」
「それに異形のことはあなたが一番知っているし、戦い方も一番よく分かっているはずです。任せましたよ、異形の総大将」
「うわ〜そう言われると緊張するんですけど〜……!」
萩間親子の言う通り、やはり指揮権限は私にあるようだ。
まぁ二人のいうことはもっともであるし、頑張るしかない。
ちら、と巫女たちを見る。
雪野が説得をしてくれていたとはいえ、彼女たちが一番警戒心を露わにしていた。
来てくれたということは協力的になったのかもと思ったが、どうも私に向ける視線は冷たい。
雪野がなんとか連れてきてくれたといった格好だろう。
雪野と津辻原以外は人の側にぴったりとくっついている。
異形はまだ信用できていないようだ。
まぁ……それが普通だよね〜……。
「んじゃ総大将。どうする」
早瀬が急かす。
やるしかねえか、と強く膝を叩いて気合を入れた。
「よし! まずは……」
「旅籠様。敵襲です」
「早いなぁ……」
周囲を警戒し続けていた由海からの報告。
私以外は直ぐ様臨戦態勢を整えている。
「おいなにのんびりしてんだ旅籠!」
「焦る距離じゃないよ。由海、方角と接敵の予測時間は?」
「南西、四半刻」
「ほら。三十分近くある」
「知らんて」
由海の報告の仕方で大体わかるのだ。
まぁこれは長い付き合いじゃないと判断ができないだろうが。
何にせよ今急いで準備する必要はない。
方角が分かったのであれば、巫女の守の御力でヤガニ衆が仕留められるか検証──。
「旅籠様! 敵襲です!」
「え? 由海?」
「い、いや……私は確かに……」
「違います! 地中からです!」
「マジかよ」
そうだ、由海の索敵の弱点は地中や海中の中を索敵できないこと。
相手がそれを知っていたかは分からないが、奇襲が成功したのは事実。
土丹た土傀儡衆も索敵できるが、その範囲は広くない。
次の瞬間、地面から腕が一気に突き出してきた。
飛び出した瞬間を早瀬が狙い、その腕を切り落とす。
「ならぬ! 増えるぞ!」
「ゲッ! そうだった!」
落水が叫んだが時既に遅し。
ボトッと落ちた腕はモゴモゴと蠢いて再生し始めた。
再生速度は遅いが、数が増えるのはよろしくない。
そうこうしている間に、ヤガニ衆は地面から完全に姿を現した。
私も初めて見たが、そのインパクトは異形と呼ぶにふさわしい悍ましさだ。
「旅籠さん! 倒してみて!」
「よし! 由海!」
名前を呼ばれ、直ぐ様矢を弓の番える。
狙いを定めて放った矢は数十本に分裂し、それぞれが意思を持ったように泳ぎ回ってヤガニ衆の頭部を喰らいながら貫通した。
殻が割れる音ともに地面に倒れる。
さぁ、ここからだ。
雪野は守の御力を使ってくれており、ヤガニ衆再生を阻止しているはず。
炎が使えなかったとしても守の御力が有効であれば戦いの幅は広がる。
倒されたヤガニ衆を、この場に集まった全員が固唾を呑んで見守った。
どうか再生するな、願いながら。
……。
…………ピクリ。
「マジ?」
冗談はよしてくれ。
お前ら……守の御力で死なないってどうなってんだ。
これにはやはり全員が目を見張った。
ヤガニ衆は本当に倒せない相手。
こいつらを相手にする場合、その全ての部隊が殿となってしまう。
だが幸い再生速度は極めて遅い。
これが分かっただけでも収穫だが、やはり真正面から相手をしていい敵ではない!
「作戦変更!! 土丹! 全員に繋げえ!」
「やっております!」
「今より敵本陣に全軍で向かう! ここで兵力を損耗するわけには行かない! 各々それでいいな!?」
「然り」
「承知した!」
「はいっ!」
「水傀儡衆! 足止めを頼む! 草傀儡衆は先陣を! 雪傀儡衆はワタマリ連れて先行! 本隊が隠れる場を設けろ! 行くぞ急げい!」
『ロウッ!!!!』
連絡は直ぐ様全軍に行き届き、それぞれの指示に合わせて行動を開始する。
旅籠の迷いのない判断に加え、異形たちも動き出すのが大変早い。
ヤガニ衆がこちらの位置を把握し続けられるのか検証するため、月芽の異術はまだ使わない。
ワタマリの異術を使う前に、これは確認しておきたかった。
異形たちの能力を最大限に活かした指示。
これを聞いていた早瀬は苦笑いをするしかなかった。
「無線レベルの情報共有は強すぎんだろ……」
「すげえだろ」
旅籠はニッと笑って走り出す。
ここからは徒歩での移動だ。
先行した雪傀儡が本隊の気配を消してくれるはず。
もうここからはスピード勝負だ。
この戦いで、敵を倒す。
あとは……敵をこちらが先に見つけるだけだ。




