18.9.出陣
その日、不落城は非常に慌ただしかった。
城を警備していた異形たち全員が持ち場を離れ、不落城の外へと移動していたからである。
それも、完全に武装をして。
何も聞かされていない人々は、彼らが移動する様子を不思議そうな目で見ていた。
時折話しかけてみる者もいたようだが、異形たちは『主の命にて出兵いたす』とだけ口にして詳しい事は口にしない。
これに違和感を感じたのは風たちだ。
自分たちには出兵の命令はおろか、そんな素振りすらない。
仲違いでも起きたか、という噂がチラホラ立ったが、そんなのを気にしている暇はなかった。
「旅籠! どういうことだ! 何故に人は付いてこぬ!」
「本人に聞け! 私はもう知らん!!」
『おお~、なんぞ面白いことになってんな……!』
落水の問いは簡単に手で払われた。
その様子を見ていた平将門は楽し気に笑っている。
この状況もそうだが、ようやく戦いに行けると知って喜んでいるのもあるようだ。
まさか異形だけで戦いに向かうつもりか?
そう思って不落城の方を見やると、遠くの方で数名の人間も準備をしているようだった。
「心配いりませんよ兄様」
「だが……」
「巫女は私たちの味方です」
月芽はそう言うと、雪野と御代、そして津辻原たちがいる場所へと走って行った。
よくもまぁ人間を動かすことなく巫女だけ引っ張ってくることができたものだ。
だが、これは必然だった。
雪野は旅籠から経緯を聞き、葉桐はしばらく動かないと判断したのだ。
そこからはすぐに根回しが始まった。
月芽が協力して作戦に必要な面子へ声をかけて回っている間に、旅籠は異形たちを集めて戦闘の準備を整える。
戦が近いという事はすでに周知されていたので、戦闘の準備は異形、人間、共にすぐさま整ったようだ。
雪野や月芽の協力もあり、颪はもちろん、彼らの下についている精鋭部隊だけは確保することができた。
彼らも事の重大さは十分に承知していたので、声掛けに応じたらしい。
ただ、人数はどう見積もっても百名程度……。
葉桐家臣団の一人、久原が少しばかり用立てしてくれたが……付いてくるのは彼だけだ。
最低限の人間は付いてくる。
だがそれだけでは安堵できなかった。
「どうだ、そちらは」
「おい……萩間の兄者」
「分かっておる。その、イクグツ、だったか。その数は」
「壱成ぃ!!」
落水の大きな声に反応した土傀儡が、すぐさま土丹を介して壱成を呼ぶ。
颯爽と駆け寄ってきた壱成を見て間髪入れずに問うた。
「数は!」
「あれから日が経っておりませぬが、倍々には増えておりまする。総勢、七万」
「一日にどれほど増える」
「母体は増やしておりませぬので、七千弱となりまする」
「ってことだ。異傀儡衆は生まれてから一日経たねば戦には使えぬ」
「七万か……。厳しいな」
古緑の言葉に、その場にいた全員が納得した。
七万という有限の兵力と戦うのは、無限の戦力のヤガニ衆。
数はいるが……主力の異形との戦いとなれば、背丈の低い異傀儡衆は簡単に蹴散らされてしまう可能性だってある。
予定していた戦力が付いてこなくなるということもあり、部隊編成も大きく変わった。
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金巫女部隊。役割:敵最高主力の殲滅・指揮伝達。
雪野、八重、山本、萩間古緑。
旅籠、月芽、魔蛇、案山子夜、主魂、土丹。
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銀巫女部隊。役割:敵主力の殲滅。
御代、菊音、萩間孫六、久原。
無形、木夢、平将門、落水。
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銅巫女部隊。役割:敵主力の殲滅。
津辻原、鈴、津留、早瀬、鍵城。
布伝、由海、空蜘蛛兄弟、タマエキ。
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異傀儡衆主力部隊。役割:ヤガニ衆討伐。
壱成、陰影。草・木傀儡衆。
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異傀儡衆機動部隊。役割:増援、奇襲。
氷進、雪道十八人衆、雪傀儡衆。
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異傀儡衆不動部隊。役割:耐久・殿。
持壁、遠石、ニバニバ、国岩、不動衆、石、水傀儡衆。
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巫女第一、第二、第三部隊が消えて金、銀、銅巫女部隊に吸収された。
代わりに異傀儡衆を基盤とした部隊になり、ほとんどを異形が占める部隊編成となっている。
鍔雉と八角は城に残ることとしたらしい。
八角はやはり怪我が酷く、本調子では戦えないことを理由に辞退。
鍔雉は魔蛇によって治癒したのだが、葉桐の説得を試みるとのことだ。
旅籠はあまり期待していないらしいが……やってくれるだけありがたいだろう。
古緑は顎に手を当てると、ボソッと今回の原因と思わしき事を口にする。
「フム。葉桐様だな?」
「知らねえよ。だがあんな怒ってる旅籠は初めて見たな」
「ほう、そうなのか」
「ああ」
旅籠は普段、落水には敬語だ。
それが取れるくらいなので、相当ご立腹なのだろう。
一体どんなことをすれば彼があそこまで怒り心頭となるのか……落水は理解できなかった。
「んで? 巫女は大丈夫なのか」
「鈴と菊音が少し不安だ。異形に囲まれての戦……どうなるか」
「ハッ。肝っ玉の小さい女子だ」
巫女たちは全員で何かを話し合っており、その中には月芽と由海の姿もある。
女性同士話やすいのもあるだろうが、人の姿にとても近いので安心はされやすいだろう。
どうやらあの二人が緊張の糸をほぐしてくれているようだ。
本領を発揮してもらわなければ此度の戦には勝てないかもしれない。
彼女たちを守ることももちろんだが、その気の強さも重要だ。
こればかりは……彼女たち次第である。
『んで? いつ行くんだ!?』
「旅籠次第だ。だが、もう時期だろう」
落水の言う通り、もうそろそろ動き出しそうである。
土傀儡が伝達を始めているのだ。
それは自分たちの足元からも届いた。
「落水様、将門殿。支度を」
どうやら出発らしい。
月芽が呼び出され、異術を使って瞬時に移動した。
巫女たちも全員が向かったらしい。
これが最後の戦となるかもしれない。
和平は結ばれ、鬼ともよい関係が築けそうだ。
あとは最大の敵となった継屋海里守常治を討つだけである。
そうすれば旅籠たちも、人間たちも元の場所へと帰ることができるのだ。
「したらば行くか」
『……待て』
今まさに出発するため、継ぎ接ぎが足元に伸びてきた瞬間だった。
将門は違和感に気づいて空を見上げる。
そこには何も居なかったが、ただ見えないだけであると看破した。
『主魂ーーーー!!!!』
『!?』
将門の轟くような大声は兵士全体を震わせた。
あまりの気迫、そして声色から分かる焦り。
その意図を一瞬で理解した主魂と旅籠は視線をこちらへ向けた。
そうだ、それだけで十分だ。
平将門は天高く空を指し、警戒するように訴えかけた。
旅籠はもちろん、ほかの者たちも空を見る。
ズズ、と空が歪んだことに気づいたのは極少数だったが、主魂がそれに反応して腕を向けた。
『形龍!』
すばやく印を組んで狙いを定める。
まずは可視化させなければならない、と力を込めて術を発動させた。
パキーンッ。
対空より甲高い音が鳴り響く。
パラパラと何かが降ってくるような感覚があったが、それらが異形たちに危害を加えることはない。
ただその代わり、形龍の姿が鮮明になった。
龍と名のつく通り、その姿は龍に近い。
一本のねじり曲がった大きな角、長く伸びた口元より伸びる丸太の様な髭、分厚い鱗によって隆起しているような輪郭。
絵巻物に出てくるような龍の顔をしていたが……そのほかは常軌を逸していた。
歪んでいた空気が掻き消え、その姿が露わになる。
頭部より下……体となる部位のすべてはぐちゃぐちゃに抉れ、潰されたような肉塊だった。
そこには旅籠たちが今まで戦ってっきた妖怪の顔や特徴的な部位が飛び出しており、鴉の翼、河童の腕、狸の尻尾や一つ目小僧の大きな眼球などが散見できる。
ここでようやく芦山の言葉を思い出す。
形龍は……妖怪を喰らっている、と。
形龍は、ヤバい相手だ。
今すぐにでもこの場を離れなければマズい。
これは主魂から奴の異術を聞いているからこそ判断できることだった。
形龍……殺した敵で肉体を形成する龍である。
散々妖怪を殺して肉体を得たらしく、体の大きさは不落城を潰してしまいかねないほどにまで巨大化していた。
姿が鮮明になったことにより形龍が日の光を遮り、地に足付ける者たちへ影を落とす。
「月芽!」
「なりません旅籠様! このまま私たちが去れば……!」
「ここであれにやられる訳にはいか──……クッ! そうか! タイミング悪すぎるだろ!」
「です!」
このタイミングは、本当に最悪だった。
形龍は異形たちが代果城へ向かうため、不落城から出た後に出現したのだ。
捉えようによっては『異形が裏切り、異形をけしかけてきた』とも取られてしまう。
これを放置はできない。
とはいえ戦力をこんなところで削るわけにもいかなかった。
人間だけであれに対抗はできないだろう。
巫女も必要だし、こちらからも兵力を出さなければ不落城は潰れてしまいかねない。
こんな所で折角結んだ和平を捨てるわけにはいかなかった。
「クソ……!」
『主殿。我と木夢、無形を貸されよ』
「……いけんの?」
『やろう。月芽殿。異形たちを』
「……任せましたよ! 木夢! 無形!」
「全軍!! 備えろー!!」
足元に延びていた継ぎ接ぎがグバッと開き、全員が落ちていく。
それはほぼ一瞬であり、後には三名しか残っていなかった。
『さて……やろうか』
「カコロッ」
まずは形龍をこの場から遠ざけなければならなかった。
人間たちは既にパニックになっているだろうし、これを鎮めなければ誤解を解くことも敵わない。
あれほどの巨体を引きずり下ろすのは至難の業だが、長い時を経て力も取り戻した。
本調子とはいかずとも、あの程度落とせなければ継矢異形軍には勝てないだろう。
主魂は拳を握る。
不落城の上空に停滞している形龍目掛け、指を弾いた。
『異術』
形龍の体がくの字に曲がる。
凄まじい衝撃は漂っていた雲すら吹き飛ばし、その威力を視覚的に誇示した。
『朧気の一矢』
まっすぐに伸びて形龍の肉体を貫いた一矢。
主魂はそれを掴み、畳みかけるように異術を繰り出す。
『朧気な楔』
肉体を貫いた朧気の一矢の矢尻が、凶悪な返しに変形した。
そのまま矢を後ろに引けば血肉を裂くに留まらず、体の中で更に変形して絶対に外れる事のない矢尻となった。
主魂はそのまま腕に力を籠め、形龍を引っ張って地面に叩きつける。
不落城の上空から退いたことで日の光が再び地に足付ける者たちへと注いだようだ。
だが、次に訪れたのは凄まじい地響きだった。
大事が唸り、空気が吠える。
立つこともままならない程に大きな大地震が足元を掬い、形龍と思わしき叫び声が耳をつんざいた。
温泉でも掘り当てたのではないかというほど、勢いよく黒い液体が吹き上がる。
その様を見ていた人間たちは揺れが収まった後でも腰を抜かして立つことができなかった。
一方、主魂たちは冷静だ。
無形が傘を作って黒い液体から二人を守っていた。
暫くすれば黒い雨は止むのだが……代わりにぴしゃり、ぴしゃりという足音が遠くより響く。
「やりおったな……主魂……!! お陰で全て吐いてしもうたわ!!」
『見てくれは今の方が良いぞ』
「じゃかしい!!」
血みどろになった雑巾の様な衣服を纏った男が、牙をむいて威嚇していた。
辛うじて忍びのような格好だと分かるのだが……彼の髪の毛はびしょ濡れであるのにもかかわらずふわふわと浮いている。
形龍……この男は、非常に面倒くさい。
主魂でも戦いたくない相手だ。
その理由は彼が使う異術にあった。
「異術……技縫い……!」
『早速か』
異術を掛けられはしたが、特に変わった様子はない。
傍にいた二体は首を傾げているが、主魂は確かな違和感を感じていた。
(技縫い……。異術を縛る、異術か)




