18.7.面々
不落城の防衛は随分と安定している。
敵方の異形、形龍なる存在が妖を喰らい続けているためか、気配すら感じ取れない。
これには若干の不気味さが残る。
今まで妖の脅威が全くと言っていいほど無くなった事はなかったのだから。
黒い和服が風に靡くと同時、風に吹かれて青白い炎が千切れて消えていく。
過去も、今も種族最強の存在の二名が共に景色を眺めていた。
「此度の戦、勝てると思うか」
『常治配下の異形の特徴は全て伝えた。されど……』
「令月か」
『……うむ』
苦々しく口にした言葉はやはり重い。
認めたくはないが、認めざるを得ぬ異質な存在。
魂の主、主魂は異形の中で最も強い力を有しているが、令月もそれに近い力を持っているのだ。
一分。
たったそれだけの小さな差が、最強を隔てただけに過ぎない。
つまり令月は、全異形の中で二番目に強い異形という事だ。
二人は今、同じことを考えている。
絶対にあいつとだけはやり合いたくない。
「何とかならんものか」
『形龍より手強いぞ。ただ、奴の強みは異術のみ』
「組み手は雑魚だったな」
『つまり異術さえ封じれば勝つ術はある。されど、それには……』
「妖、異形の介入はなし。人間が要……だったな?」
小さく歯を見せて笑った山本に、主魂は頷く。
令月を倒す唯一の方法。
巫女で異術を封じ、人間が近接で仕留める。
これだけ聞けば簡単そうだが、恐らく金巫女一人では令月の異術を押さえる事は出来ないと主魂は踏んでいる。
山本もそれは把握しているようで、顎に手を当てて小さく唸った。
「主魂。貴様同様、金、銀、銅巫女が居らねば封じられぬか」
『恐らく』
「術返しは」
『不要』
ある必要はないだろうが、あればもう少し有利には戦えるだろう。
とはいえ令月は異術特化。
近接戦闘はからっきしなので、異術さえどうにかしてしまえば勝ち筋は簡単に見える。
だが、その条件はあまりにも難しいだろう。
既に旅籠が部隊の編成を整え始めているが、どうしても巫女を一箇所には据え置けない。
敵の死なない戦力、過剰なまでに力のある異形。
これらの力の分散を狙うためには、こちらも分散して事に当たるほかないのだ。
そのため必然的に令月への対策は『接敵しない』ことになる。
「旅籠に伝えておけよ。令月からは逃げよ、とな」
『先も言ったぞ。常治配下の異形の特徴は全て伝えた』
「抜かりはなしか」
『なし……? 否』
主魂は俯く。
旅籠には確かに全ての異形の情報を伝えた。
それを加味して部隊の編成を進めるだろうが、主魂はただ情報を伝えただけである。
主魂が封印される前の、彼らの情報を。
あれから何年経ったと思っている。
その中で異形たちは更なる進化を遂げているに違いない。
姿を隠していたとはいえ、何もしていないわけではなかっただろう。
時が止まっていた己と、時の流れと共に生きた者たち。
もしやすれば……己よりも強い異形が、今はいるかもしれない。
『対峙せねば分からぬよ』
「分かるだろ。貴様、我が全力を尽くした時……何ともなかっただろう」
『あれは──』
「貴様は異形最強だ。我は妖最強だ。旅籠は、異形人最強だ」
怖気なかった理由はそこにある。
旅籠の中に居るのが主魂でなければ、他の者共と同じように震えていただろう。
「未だ貴様は一番よ」
『似合わぬな。山本が励ましの言葉など』
「クク、だな。まぁ、それはいい」
小さく笑ってから一変。
山本は真剣な目で主魂を見た。
「人間は付いてきそうか?」
『今の現状……。主殿の言う通り、常治率いる異形共を放置すれば更なる異形が目覚めるやも知らん。颪はこれをよく理解しておる。主殿が進むと言うならば、付いてくるだろう』
「鬼は手駒にしたようだしな。となれば、あとは巫女か?」
交渉が難しいのは鬼だけではない。
人との和平を結んだとはいえ、未だ異形は恐怖の対象。
先の戦から時がさほど経っていないのに、今度はともに背を預けて戦う中になるというのは難しい話だろう。
巫女であれば尚の事……。
だが、主魂は勝算を持っていた。
『心配いらぬだろう』
「何故」
『月芽が居る』
◆
『おい。巫女共』
「……」
『俺は何もしておらんぞ。術を解け術を……』
「まぁ、将門殿は……その顔ですし」
『月芽……貴様取って食うぞ……?』
何故か巫女たちがいる場所に連れてこられた平将門。
警戒されないはずがなく、雪野以外の巫女は常に守の御力を発動させて妖術と力を封じていた。
元より力のある妖怪なので動けない訳ではないが、非常に体が重い。
一人であればまだしも四名に守の御力を掛けられているのだ。
こうなってしまうのも無理はなかった。
この場には雪野、御代、八重、鈴、菊音が居り、月芽と案山子夜、平将門が同じ場所に集まっている。
少し離れたところではこちらの様子を伺っている由海の姿があった。
人の姿に近い異形たちと妖怪。
異形は未だ人間から警戒されているので、これを払拭させるために月芽たちは活動していた。
旅籠の演説もあって人も少しばかり考えを改めているようだが、まだまだ拒絶する者は多い。
だがこれから共に戦う巫女や颪、風たちとは出来るだけ早く互いを理解し合う必要がある。
その手伝いを、雪野が担っている格好だ。
「え~っととりあえず……。この子は月芽ちゃん。御代ちゃんは知ってるよね」
「勿論です」
「この子も……異形なんですよね? そちらの方も……」
八重はそう問うと、視線を月芽と案山子夜へと向ける。
確かに案山子夜は人と言っても全く遜色のない姿になっていた。
異形らしい特徴的な部分がどこにもない。
案山子夜は腕を組んで目を閉じる。
彼自身、自分のことを説明することができないのだ。
だが平将門は知っていたらしい。
『異形は二度死ぬ。一度目の死で元の魂の姿が出てくるのだ』
「案山子夜!? 死んだんですか!?」
「死んでおりませぬぞ!? 秋の颪に木を貰い、修復しましたからな!」
『ああ? 貴様ら知らんのか。人の姿になるのはいくつか種類がある』
平将門は指を三つつ立てた。
『一つ、死ぬ事。名を与えられた異形は一度死ぬことで元の姿となる。異術、技術が底上げされるな。これが黒細の時』
「……」
黒細と対峙した菊音が、ゆっくりと頷いた。
確かにあの強さは、異形の姿の時よりも数段強かった。
『二つ、魂に近い名を与えられた時。由海がそうだ。月芽もそうだが、異形人はようわからぬ。まぁこの場合は異形の部位がしばし残る。旅籠が人に近い名を与えるとそうなる』
確かに由海には魚の尻尾があり、牙がギザギザしている。
これは過去の姿から引き継いでいるものだ。
つまり他の人の近い部位については、本来の姿が大半を占めているのだろう。
『三つ、己から魂の姿を呼び寄せる。死ぬことなく異術、技術が底上げされる。一度死ねば、更に増す。これが案山子夜だな』
「死ぬつもりは毛頭ありませんぞ」
『それでいい』
とりあえずこれで異形が人の姿となる理由は分かった。
名を与えられている異形は総じてこれらの可能性がある。
しかし異傀儡衆はその限りではないらしい。
これが適応されるのは壱成しかいないのだとか。
まぁ、これは今この場でする必要のない話だ。
もっと重要なことがここにはある。
『……とまあ、敵の異形を殺すには、二度殺さねばならん。そこの巫女だけは分かっているな。貴様の力が、どれだけ重要なのか』
「……はい」
気づけば、菊音は守の御力を解いていた。
実際に目の前で戦って分かったのだ。
異形は守の御力を使ったとしても、人に勝てるだけの実力を備えている。
異形に勝つには、巫女が力を行使して敵の力を削ぎ、味方の異形に戦ってもらうのが一番良い策。
ここで警戒し合っている場合ではない。
敵に勝つために、味方となった異形の事を知らなければならないと菊音は理解した。
その変化に雪野も気づいたらしく、少し安堵した様子を見せる。
「雪野さん。私の部隊はどこですか?」
「まだ決まってないわ……」
「じゃあ、少しでも理解してきます!」
菊音は一礼すると、速足でその場を後にした。
「えっ!? ちょっと菊音!?」
八重が手を伸ばして声をかけたが、振り向くことなく姿を消してしまった。
恐らく力のある異形を理解するために、自分から動くことにしたのだろう。
ああやって動いてくれる巫女が居れば、他の者たちも考えを変えるかもしれないのでありがたい限りだ。
一人分の守の御力が消えただけでもずいぶん楽になる。
肩を回して大きなため息を吐いた平将門は、腰から刀を鞘ごと抜いてその場にドカッと座り込む。
案山子夜も敵意がないことを示すために、同じようにその場に座った。
そんな中、月芽だけが巫女たちの前に出る。
「御代様、八重様、鈴様。私たちは、勝たなければなりません」
「……そうですね」
「過去の無礼は謝ります。……今は味方同士です。我ら異形一同、勝つためにここにいます。そのためには巫女様のお力添えが必須となります。異形だけでは勝てません。どうかお力をお貸しください」
月芽は深々と頭を下げる。
座っていた案山子夜も拳を地面に置き、同じように頭を下げた。
「私からもお願いするわ。御代ちゃん、八重さん、鈴さん。私たちと一緒に、戦ってください」
雪野が言葉をかけたところで、三人もようやく決心がついたらしい。
互いに顔を見合わせ、小さく頷く。
「雪野様、月芽さん、案山子夜さんも頭を上げてください。勝たなければならない戦い……。それは私たちも同じです。ご協力します」
「私も頑張ります」
「わ、わたしも……」
「そう言ってくれると思ったわよー!!」
「わあああ!?」
雪野が三人をまとめて抱きしめた。
良い返事が聞けてほっとした月芽は、案山子夜を見て笑みを浮かべる。
旅籠が策や編成を練っている間、残された異形たちはとにかく人間との関係性を深めていかなければならない。
最も重要な巫女との関係……。
これで最大の難関は突破したといったところだろうか。
さて、ここまで漕ぎ着けられたのであれば、旅籠が決めたどのような編成であったとしても自由に組み込めるだろう。
出陣まではまだまだ時間があるはずだ。
今も異形たちは人との関係性を構築するために、何かしら手伝ったり会話をしている頃だろう。
由海は問題が起きていないか見張っているが、何事もないようなので順調に関係性の構築は進んでいるはずである。
『全く、お前らは面倒だな。力で解決せぬとは』
「妖と一緒にしないでもらえますかな?」
『それもそうか』
すると、ボコッと地面から土傀儡が出現した。
いつでも連絡が取れるように、主要な異形たちには必ず一匹ついているのだ。
「月芽様、雪野様。旅籠様がお呼びです」
「分かりました。雪野様! 行きましょう!」
「ええ! じゃ、後はよろしくねっ!」
雪野は月芽が作った継ぎ接ぎにぴょいと飛び込む。
二人が消えて仲介掛が居なくなったことで、残された巫女たちはとんでもない気まずさを抱えた。
『……そこの巫女二人』
のそっと立ち上がった平将門が、八重と鈴の側に近づく。
流石に三大怨霊の一人が急に近づいたとなれば驚いてしまう。
だが彼の敵意などなく、なんなら良いものを与えようとしていた。
ぽいと投げ渡したそれを、二人は慌ててキャッチする。
それは小さな小さな巻物だった。
『持っていろ。……それと銀巫女』
「は、はい……」
『今は失われた術を教えてやる』




