18.4.兵糧調達
「兄様。その袖口は如何されたのですか?」
「気にするな」
「萩間様にも同じ傷がありますが」
「気にするな」
落水と古緑が刃を交えたことは既にバレているだろうが、それを認める事だけはかたくなにしない。
だが怒っている妹と目線を合わせてはならない、と彼は本能的に理解していたので常にそっぽを向いていた。
そんな二人の姿を横目に、私は今日の話し合いにも参加するため思考を巡らせている途中である。
任せられているのは巫女との部隊編成。
その中で異形のメンバーを選別しなければならないのだが、敵の異形の力を知っている主魂や山本と協力して決定する必要があった。
これが昨日何とか決まった落としどころだ。
まぁ……どうせ巫女の面子に合わせた兵力差なども話し合わなければならないので、こちらが決まっても向こうは否と口を出してくるだろう。
人と異形のバランスを考えるのがとにかく難しい。
鬼がいればまだ話は進めやすいのだが、現在同盟を組んでいるのは人間のみで鬼は当てにしてはならないのだ。
葉桐さんが話を付けてくれないだろうか……?
「さて、どうするか……」
「難儀なところですの」
「魔蛇さ~ん。何かいい案はないか~い?」
「わしと金巫女の同行は必須ですな」
「うん、それだけは決定事項」
これは赤雪を救うにあたって必要な事だ。
赤雪の体を乗っ取った異形鬼、魔生良を倒すためには術返しと金巫女の守の御力が必須。
最も敵方の異形に対して有効な手段を持つのはこの第一部隊となる。
分かりやすいように金巫女部隊と名付けておこう。
金巫女部隊、銀巫女部隊、銅巫女部隊、第一、二、三巫女部隊の計六部隊。
銀巫女は結界術に長けており気配に敏感で、銅巫女は守の御力に長けており音に敏感らしい。
となればそれに合わせた異形を護衛に付けた方が良いのだろうが、それがまた難しいところだ。
これは今日も納得のいく編成にはならないだろうなあ、と思いながら私は唸った。
因みに人間たちは食料の調達をしているらしい。
不落城を落とす時は移動に随分兵糧を消費した。
今回は月芽の継ぎ目移動があるとしても、取り返したばかりの不落城での生活を不安に思う人々は多い。
なにせ代果城から人々が送られてきたのだ。
これを賄うだけの兵糧が今すぐにでも必要であり、出陣するための兵糧も確保しなければならない。
「面倒だね……」
「わしらとは違いますからの。まぁ、こればかりは……」
「急いでる時に限ってままならないものだね」
「急いても良いことなどありますまい?」
魔蛇さんと話していると、別の声が背後から聞こえた。
縁側をのんびりと歩いてきたのは……。
「鍔雉さんだっけ?」
「左様。……ッ」
「ん?」
鍔雉は背中を丸めて顔をしかめる。
気丈に振る舞っていたつもりだろうが、それを看破されたことに気づいて頭を掻いた。
「先の戦の傷がな……」
「背中?」
「……うむ」
「魔蛇さん」
魔蛇はコクリと頷き、鍔雉に声をかける。
「差し支えなくば傷を癒しますが」
「……人にも効くものなのか?」
「ええ」
鍔雉は少し悩んでいたが、ある考えに至ったらしくこれを承諾した。
魔蛇が手を差し出してほしい頼むと、彼はすぐに片腕を差し出す。
手に指先を当てると、鍔雉の表情が一気に強張った。
痛みが少し走ったようで背中を庇っている。
だがそれも数瞬だ。
あっという間に痛みが消え去り、背中を動かしても何ら問題なくなった。
更に腰痛やら肩こりやらも同時に治したようで、彼は肩を回しながら驚いた様子を浮かべている。
「なんと、まあ……」
「傷を塞ぐときのみ、人には痛みが走る様ですの。異形はそうではないのですが」
「試したな?」
「それはお互い様というものでしょうに」
「然り」
そう言い、二人はくつくつと笑った。
なんかかっこいい会話してんなあ……。
でもあれか、大方ここで傷を治さなかったら和平に響くとか考えてたんだろ。
魔蛇さんは度胸ありすぎる。
治らなかったらどうするつもりだったんだ。
まぁ……なんともないみたいだからいいけど。
「ほんで? なんの用?」
「話は纏まったか?」
「ああ……異形の部隊編成ね……。それは未だ考え中。第一、第二、第三巫女部隊がね」
「なぜじゃ」
「この三部隊、言っちゃ悪いけど巫女としての実力は平均より少し上って感じでしょ? んじゃあそれを守るためにこっちは強い異形を配属させないといけない。この戦いで巫女の部隊が壊滅するのだけは阻止しないといけないから」
「随分はっきり物を言う」
「人の顔色見ながら戦に勝てるんか?」
「今のは褒めたんじゃ」
そう言いながら隣に座る。
警戒してるかもと思ったが、どうやらそんな様子はない。
とりあえず味方として信じてくれているようだ。
「異形について一番理解があるはお主だ。こちらからは何も言わん」
「いや昨日めっちゃ言われたけどね?」
「拙者は、だ」
「ああそう……。はぁ〜。時間はあるとはいえ、こう決まらないと連携とか不安だよ……」
「鬼どもについても思案せねばならぬ。何か策はあるか?」
「誰だっけ。オドって鬼だっけ? あの人を起点にしないと無理じゃないかなあ……」
「然り」
鬼とは未だに敵対関係のままである。
兵糧を提供してくれる最有力候補なのだが、異形が味方となっているとなればどう動くかわからない。
これをどうにかすべく、葉桐は策を巡らせているようだが……。
「ともあれば、こちらも手を打たねばならぬ。葉桐殿だけでは難儀しよう」
「まぁそれもそうよなあ……。異形の力が使えれば運搬も早くなる。やっぱり相手に時間を与えちゃだめだ」
「昨日も言うておったな。未だ目覚めぬ異形の危惧……だったか」
「相手の異形……相当強いからね……」
巫女なしでは勝てない相手。
それだけで厄介極まりないのだが、そんな奴らを倒すためにはこちらの巫女を全力で守る必要がある。
だがこちらの異形たちは……敵からすれば巫女なしでも勝てる相手。
「質が違う。なんでだ」
「原始の異形たち……だからでしょうの」
私の問いには魔蛇が答えた。
なるほど、そう言われれば納得がいく。
だが納得してしまうことに違和感を覚え、首を傾げながら二人を見た。
「思うんだけどさ。どうして昔の人は強いんだ?」
思わぬ問いに二人は目を丸くする。
魔蛇は顎に手を当てて虚空を見つめ、鍔雉は小さく首を傾けて眉を寄せた。
いつの世も、いや……どんな時でもそうである。
同じ人間、異形であるのに、今と過去では天と地ほどの差があるのはどうしてだろうか。
「……無から何かを生み出した者は、やはり秀才。誰にでも真似できるものやもしれぬが、気づいた者が凄いなのだ」
「うん」
「つまり昔の者共は、成すこと全てが一だった。人も異形も、それは同じ」
「……ああ、なんとなく言いたいこと分かった」
昔の人が強い訳。
ゼロを一にした者たち。
今を生きる私たちは、先人たちが遺してくれた軌跡の上をなぞり歩いているだけ。
遺してくれた物を模倣するのと、無から形を作るのとでは雲泥の差があるというもの。
これが強さの差なのかもしれない。
とはいえだ。とはいえだ!!
それを理由に今の者たちが弱い理由にはしたくない!!
「私たちが勝っている物ってある?」
「勿論ありますのぉ」
「え、あるの!?」
「旅籠様。貴方です」
これに私は小さく笑う。
自分がいるから相手に勝っている、とはなかなか思えなかったのだ。
だが魔蛇の目は至極真面目で、座っている鍔雉も小さく頷いていた。
確かに負けるつもりは毛頭ないが……あの異術を前に私はうまく皆を引っ張れるだろうか。
そんな不安を抱いたとき、魔蛇はさらに続けた。
「いや、旅籠様だけではありませんのお。今この場にいる者たち……共に戦う者たちの持つ知恵と技は、新しい。ただ、我らの弱みは足並み。これを揃えるには、やはり鬼共の力が必須。さぁ旅籠様、出番ですな?」
言ってくれる……。
ただ、確かにこのままでは進まない。
何とか鬼を味方にしなければ、敵に時間を与え続けてしまうのは明白だ。
やはり……これは避けたい。
私は頭を掻きながら立ち上がる。
まぁ策がないこともないが、成功する確証が一切ないのでやるなら博打となるだろう。
失敗すれば鬼との協力関係は難しくなるかもしれない。
成功すればサクサクと物事は進むだろうが……。
「……はぁ~……。やってみるしかないか……」
「流石旅籠様。さて、何を準備しましょうか」
「ん~まずはぁ~……」
まぁ、鬼と言えばあれだよね。




