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和風異世界いかがですか  作者: 真打
第十八章 蘇りの乱
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18.3.久しいな


 しんと静まり返った城は若干の不気味さを抱かせる。

 冷たくなりつつある夜風が肌を撫で、月明かりが太鼓櫓を照らしていた。


 あの日もこんな日だったか。

 この時期になると嫌でも思い出す。

 何もできなかった、いや……知らなかった己を幾らか恨んだことすらある。

 己が早くに颪となれば、変わっていたのかもしれなかったのに。


「……久しいな」

「…………萩間の、兄者か……?」

「随分歳を食った。お主の姿は……変わっておらぬな」


 古緑はすぐに落水だと分かった。

 しかし過ごした時間が違いすぎたため、落水は理解するのに時間を要したらしい。

 声も、顔も……昔とはまるで変わっているが、腰に携えている日本刀だけは見覚えがあった。


 今日の夕刻……。

 古緑は雪野から三ノ丸の太鼓櫓へ行け、と言われて来た。

 一方落水は月芽に言われて来たそうだ。

 雪野は二人の過去を知っているし、月芽は記憶を取り戻しており、その関係性をよく知っている。

 どうやら、これを機に話し合えと言うことだろう。


「ったく、あの野郎……」

「妹想いのお主が野郎と言うか」

「いや、まぁ……。あいつ……記憶戻ってやがったな、ってな……」

「なかったのか」

「ああ。旅籠に……救われた」

「そうか」


 暫くの無言が続くかに思われたが、案外口が軽やかに動く。

 長話になりそうだと直感した古緑は、近くの石垣に腰かけた。


「旅籠殿をここに送り込んだのはお主だな?」

「ああ、あの時か。忍びとも会ったし、まぁバレてるか」

「此度の戦……否。今までの戦は全て、お主が引き起こした」

「捉えようによっちゃあ……そうかもな」


 否定することなく、落水は肯定した。

 全ての始まりは彼が旅籠を利用したことだ。

 これが原因で異形たちは人間を、妖怪を越えるほどに強力な存在へと昇華した。

 今でこそ心強い味方ではあるが、間違いなく他の手はあったはずだ。


 ただ……落水のことを最もよく知っているのは古緑だ。

 あの時助けられなかった己も悪い。

 最後に見た落水と月芽の姿は、今も尚忘れられなかった。


「んでどうする」


 落水が日本刀に手を置いた。

 抜刀するつもりはなさそうだが、やるならばやるぞ、と姿勢で応えてきた。

 これに古緑は首を振る。


「その様なつもりはない」

「なんでい」

「確認したかっただけだ。罪の意識はなさそうだな」

「そう見えるか?」

「見えるな」

「ご明察」


 くつくつと笑う落水に、古緑も腕を組んで薄い笑みを浮かべる。

 罪の意識などとうにない。

 人に裏切られ、一度殺されたのだ。

 その怒りを鎮められるはずもなく、旅籠や異形たちを利用していたことになんの抵抗もなかった。


「前の俺ならな」

「なに?」


 思わぬ返答に目を丸くする。

 先ほどの答えが建前で、今のが本音のようだ。

 小さく鼻で笑った後、落水はそのまま続ける。


「今は違う。旅籠のお陰で怨み事など消え去った。晴らす相手もおらぬだろうしな」

「……月芽か」

「ああ。月芽は旅籠が救い上げた。俺は見ていただけでなんにもしておらん。兄様と再び呼ばれる日が来ようとは夢にもおもわなんだわ。……少々……強い女子になったがな……」

「相も変わらず、妹には甘い」


 長い年月を経たが、変わらぬ様子に若干の安堵を抱く。

 姿も変わらず、性格もあの時と同じままだ。

 異形人とは長くを生き、成長が止まる。

 精神年齢も止まってしまうようだが、古緑は記憶の中の落水と出会えて少しばかり顔をほころばせた。

 一方落水は、そんなことは覚えていなくて良い、と若干不貞腐れている。

 こういう反応も昔のままだ。


 ……やはり、落水は普通の人間だった。

 今一度話し合い、それを確信する。

 あの一件がなければ彼を失うことはなかっただろうし、人のまま生涯を全うできたはずだ。


 その一方で、彼が今の状況になっていなければ旅籠はここに来ることもなかった。

 全ての元凶は間違いなく落水だが、物事がここまでやってきたことも彼のおかげと言える。


 成るように成った。

 今までの回した歯車が一つなかっただけで、世界の成り行きは大きく変わっていただろう。

 落水の行動や策略は、褒められるべきものではなかったが彼が動かさなければここに至っていない。

 そのため、古緑は何も言わんと黙認したのだった。


「しかしあれだ。老けたな」

「剣は劣るどころか冴え渡っておるぞ?」

「ッケ。耄碌したジジイが良く口にしておったわ」

「はて、誰の事やら」

「お前の親父だ! 親子だなあ!」


 二人はからからと笑いあう。

 落水が古緑の隣に腰かけたことで、これから長い語り合いが始まるのだと遠目でも理解できた。


 彼らの様子をこっそりと覗き見ていた月芽と雪野は、互いに向き合って笑みを浮かべる。

 落水が刀に手を置いた時はどうなるかとひやひやしたものだが、何もなくて安心した。

 どうやら……蟠りは既に無いようだ。

 

「良かったですね……兄様……!」

「今ここで人と異形が喧嘩なんてしたらどうなるか分かったもんじゃないからね……。何事もなくてよかったわ」

「私は信じてましたよ?」

「それは……月芽ちゃんが落水さんのことをよく知ってるからでしょ。貴方に押し切られてこの場を設けたんだから……」

「えへへ!」


 満面の笑みで笑ったところで、足元に継ぎ接ぎが伸びる。

 二人はその中へと入って姿を消した。


 落水と古緑の会話がぴたりと止まる。

 視線を二人がいた場所へと向けており、やれやれと言った様子で立ち上がった。


「兄想いの妹がいると、まっこと難儀よの」

「芝居を打つも一苦労だ。さて」


 両者が同時に日本刀へと手を置いた。


「今は夏だが良いのか?」

「秋と冬の間よ。丁度良かろう」

「そりゃそうだ。さて、いつもの決め事でよいな?」

「無論」


 鯉口を切る音が響く。

 刃を交えれば音が鳴って警戒されるかもしれないが、誰かが来る前に終わらせる。


「衣服斬り一本勝負」

「互いの実力知らずして戦場には立てぬ故な」

「然り!」

「来い!」


 二度だけ、金属がぶつかり合う音が聞こえた。

 異傀儡衆が急ぎ来てみたところ、そこには誰も居なかったらしい。

 連絡を受けた旅籠は首を傾げるだけだったが、月芽と雪野は目を細めて二人を見ていたのだった。


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