18.2.軍議
不落城城内は未だ慌ただしく、これからの生活や戦いの準備などで忙しそうだ。
残っている物や足りないものなどをまとめて帳簿に記し、指示を飛ばす家臣たちとすれ違う。
廊下を足早に移動する三名は、遂に会議をしている場所へと到着した。
中に声をかける事もなく襖を開けば、そこには数名の人と三体の異形が座っている。
「お待たせ」
「早かったですな」
「私たちなりのやり方ってのがあんの」
詳細を口にすることなく、私と早瀬、雪野は部屋の中に入って襖を閉じた。
そして会議の輪へと参加する。
ここには異形陣営の旅籠、月芽、由海、案山子夜がいる。
昨日案山子夜が戻ってきたときは本当に驚いた。
なんか勝手に人の姿になってるんだもん。
人間の陣営では葉桐、秋の颪孫六、冬の颪鍔雉、春の颪津辻原、そして御代、八重、鈴、菊音の巫女四名が同席していた。
どんな顔をされるだろうかと少し不安だったが、彼らは私を見ても表情の変化はない。
そこに安堵しつつ、私は異形陣営の方に座った。
早瀬は孫六の隣、雪野は御代の隣に腰を下ろしたようだ。
「えーっと? 何処まで話したの?」
「旅籠様……。一応名乗るべきかと……」
「あ、そうか……。皆といる時間長かったからなぁ~。えーと、改めまして。旅籠守仲だ」
「俺も改めましょう。萩間孫六です。久しいですな、旅籠殿」
「お久しぶりです」
孫六とは一度会っただけだが、覚えてくれていたようだ。
しかし他の面子とは初対面。
昨日まで敵同士だったという事もあり、やはり若干警戒の色を見せている。
だが、旅籠は早瀬と雪野の友人だ。
二人がここまで来たのはこの旅篭を助ける為である。
今までの活躍と貢献から、他の面々は二人のことを信頼してこの場に腰を下ろしているらしい。
「私は初めましてね。春の颪、津辻原凛よ」
「冬の颪、鍔雉常永」
「銀巫女の御代です」
「巫女の八重です。こっちは鈴と菊音」
「よろしく」
巫女たちは小さく会釈をしたが、酷く警戒しているようで手に力が入っていた。
うん、今のところ印象は悪いらしい! そりゃそうか!!
まぁ雪野は巫女だし、巫女のことはそっちに任せた方がスムーズかもしれんな……。
多分こっちからの頼んでも嫌悪されるだけだろうし、一旦任せよう。
であれば、話の分かる葉桐さんと孫六さんとの会話で落としどころを見つけるしかないか……。
基本は人間基準の動きになりそうだな。
「んで、今どこまで話したん?」
「それぞれの陣営の情報共有です。私たち異形は戦力と主力となる者の異術を。人は被害状況と戦に参加させられる兵力を。あとは鬼の動向についてですかね」
「異形陣営の戦力は十二分であると分かった。今は我ら人、鬼の復帰を待つ状況。負傷者も多く、すぐさま十分な戦力を投じることが出来ぬ。最低でも、一月」
長すぎる、と私は思った。
継矢海里守常治率いる異形勢力は、今目覚めたばかりだ。
他にも長く生き残った異形がいる可能性がある中で、時間が経てば経つほど異形が目覚めて戦力になる可能性が増す。
敵が万全の状態となる前に出陣して叩きたいところなのだが……。
「できるだけ早く臨まないと、手遅れになる」
「重々承知している。されどこの戦……異形にだけ向かわせるわけにもいかぬ」
「そう言ってくれるのは嬉しいね。だけど……やっぱり急ぎたい」
「颪たちよ。今動かせる数は」
葉桐は振り向き、颪三名に問う。
今回一番被害が大きかったのは春の風たちだ。
そのため、津辻原は先に首を横に振った。
「春の風は動けません。これより先は最も力が落ちる季節。精鋭はともかく、他の春の風は防衛に徹するのが精一杯かと。こちらから出せるのは二百程度と思ってください」
「冬の風は若衆と精鋭のみが出られる。すべて合わせて四百程度か」
「秋の風の多くは万全。夏の風と共に戦ったので負傷者も少ないです。七百名であればすぐにでも。夏の風も同様」
「すべて合わせて二千か。代果城から来た兵どもを合わせて四千。異形はどうだ」
「数を増やすせる異形がいる。母体が必要だけど倍々で増やすこともできるよ」
「兵数はこれでなんとかなるか」
「分からないってのが本音。でも最も重要なのは巫女だ。巫女の力がないと、倒せない敵がいる」
これには雪野はもちろん、御代や他の巫女も難しい顔をする。
「旅籠さん。正直今まともに前線へ出られるのはここの五名だけよ」
「私もよ」
そこで名乗りを上げたのは津辻原だった。
彼女は銅巫女であることを隠していたのだが、ここでそれを口にするとは思っていなかった。
巫女たち五名はこれに酷く驚いたらしく、初耳だった他の者たちも目を丸くしている。
「ちょ、凛お姉様……!」
「この際よ。颪を下ろされるのが嫌だったから隠してたけど、私が生きてる間で最後の戦いになりそうだし。全力を出せる状況を作り出した方がいいわ」
「銅巫女……? 津辻原殿、それは誠か……!?」
「ええ、本当ですよ。ま、それでも六人であることには変わらないわ。旅籠君はこの数を聞いてどうする?」
急に問題を投げかけられたが、私はすぐに答えを出した。
「巫女の力が必要なのは、相手の主戦力となる異形。そいつらとぶつかり合う所に配属させる必要がある。巫女のいる所には、こちらも主戦力を配置。だけど最大六部隊しか作れないのが問題かも。敵の主力は今把握している中だけでも九体。敵の主力を倒すために、こっちの部隊は二回勝利がほぼ前提になる。こうなると他の事は数の多い味方に任せるしかない。だから他の者たちは……ヤガニ衆の足止めだ」
「……足止め?」
「ガガニ率いるヤガニ衆は、死なないんだ」
これこそが、旅籠が兵力数に拘っていた理由である。
ヤガニ衆は弱点こそあど、簡単には殺せない。
炎もどれだけの火力が必要かもわからないし、本体であるガガニも人の姿を取り戻して強化されている。
異形陣営にも異傀儡衆という数を増やすことができる異形はいるが、生まれてから戦えるようになるまで一日かかるのだ。
それに比べてヤガニ衆はその日の内に、数分で戦闘が可能となる。
倒せば倒すほどこちらが劣勢となるので『殺さず抑える』事を目的とし、人間に協力を仰ぎたい考えだった。
無論巫女の守の御力を使えばどう変化が訪れるか分からない。
こればかりはやって見なければならないが、現在分かっている情報でやりくりするのであればこれが限界だ。
あっという間に重要な点の答えを出した旅籠に、津辻原は小さく頷いた。
理想の形を最初に決定することで、兵士に役割ができた。
主力部隊の構成をこれから考える必要があるが、巫女の能力を起点に編成すればすぐにでも決まるだろう。
「流石、異形の主だけあるわね……。苦戦するわけよ」
「この城を守っていた異形は私の指示で動いてたわけじゃないけどね」
「あいつに任せてること自体が正解なのよ……」
とりあえず、褒められてはいるようだ。
それに少し気分を良くしつつ、小さく咳払いをして話を進める。
「移動は月芽の異術を使う。一瞬で代果城まで飛べるからこれは絶対譲れない。巫女の部隊が敵を討った時もこれで移動してほしい」
「それは構わぬ。しかし敵の足止めか……」
「え、なんかマズい?」
「否。守の御力にて仕留められるならよし。されど人が真に本領を発揮できる場は来るか?」
「異傀儡衆は人より弱い。数と異術で勝ってるだけだ。多分、今回の敵であるヤガニ衆は人じゃないと押さえられない」
「それほどか」
「うち屈指の仲間が撤退したくらいだ。足は遅いってのが救いだったらしい」
あの五人が撤収の選択肢を取ったんだ。
本当に異例だし、敵も強かったに違いない。
加えて磯丸の異術をほとんど引き出せなかったのだとか。
つまり、ヤガニ衆の相手だけで手一杯だったという事。
そんな相手を人間たちと異傀儡衆に任せるのは酷かもしれないが、今は対処法と、巫女の力もある。
数もいるし優位になることは間違いないだろう。
「ならば、後は……」
「兵糧とかは大丈夫? 武器の補充とかは?」
「そこよ。兵糧は鬼の里より持ち出した一部のみ……。ここにあるのも、不落城奪還のための兵糧しかない。萩間よ」
「鬼の里には未だいくらかの備蓄が。因みに旅籠殿。貴殿がここにいた時、兵糧はどうした」
「一切手をつけてない。異形は苔を食べるし、食べる量も少ない。だから残ってるはずだけど」
「あ」
嫌な言葉が聞こえた。
その声の主はなんと案山子夜だ。
彼はそっぽを向いており、表情は見えない。
「……案山子夜? 兵糧……どうした……?」
「……申し訳ありませぬ。わては案山子の異形……。稲には縁があり……喰らいましたぞ……」
「あ食べちゃったの!? えっ全部!? いつぅ!?」
「酒の選別の時ですな……。それ以降はちまちまと……」
「えっ全部?」
「……」
「全部??」
「……申し訳ありませぬ……」
「とんだ大食いがいたものだな」
これには一同呆れるほかなかった。
私たちがこの城を所有している間、案山子夜は稲や米を自分の力とするべく食べていたらしい。
そのお陰か稲嵯虚心流の技を幾らか思い出したらしいが、今その報告は嬉しくなかった。
とはいえ無いものは仕方がない。
パリパリと頭を掻いてから葉桐を見る。
「すまん……。ただ月芽の異術はなんでも運べる。兵糧が準備できる宛があるなら使って欲しい」
「いや、それは難しい。異形との和平は我らのみで行った事。鬼共が理解を示してくれるかわからぬのでな」
「ああ……それもそうか……」
「なんにせよ動けるのは兵糧が集まった後だ。悪いがこれは譲れぬ故」
「うん、分かった」
ここが落とし所だろう。
時間はどうしても必要なのであれば、その間に部隊の編成は満足いくまで話し合う事ができるはずだ。
この場には主戦力となる者共が多くいる。
旅籠が部隊編成について決めよう、と口にすれば、葉桐や他の者たちも頷いた。
各々が利点欠点などを話し合った結局、一日では決まらず後日に持ち越される事となったのだった。




