18.1.集結・終結へ
障害物のない広大な大地が風を通し、湿気った大地を撫でていく。
田んぼにはまだ青々とした稲がまっすぐに伸びており、風が通る度に頭を揺らして気持ちよさげにしていた。
静かに流れる水の音、木に張り付いて喧しく鳴いている虫。
これらすべてを懐かしいと思いつつ、男は腕を組んで突っ立っていた。
まっさらになった代果城。
先日まで人が住んでいたとは思えないほど何もなくなった。
残っているのは田畑と富表神社のみ。
彼らはこれを目指して再びこの地にやってくると、男は知っていた。
「……左様か。……うむ。うむ。……相分かった」
何かと会話しているように相槌を打つ。
話はまとまったのか、一つ息を吐いて懐から煙管を取り出した。
手際よく刻み煙草を詰めたところで火種がないことに気づく。
また同じことをやった……と諦めて煙管と口から話そうとしたところで、ボッと少し強めの炎が揺らめいた。
「強い」
「ヴェ」
濁った声が聞こえた途端、炎はすぐに小さくなって丁度いい火力になった。
火を点けて一服し、指で弾いて刻み煙草をその辺に捨ててしまう。
が、それは地面に落ちる前に異形が食べてしまった。
刻み煙草の吸殻はこの異形の好物だったらしく、浮遊している無数の炎の塊がキャラキャラと声を発する。
本体と思わしき一際大きな火の玉がゆらりと近づいて来た。
炎を一突きするように巨大な日本刀が突き刺さっている。
こんなのを一体誰が扱えるのだろうかとも思ったが、そもそも人が扱えるように設計されて作られていない。
「ヴェヴェヴュヴォ」
「久しいな炎重」
「ヴュヴォヴャ」
意思の疎通は取れないが、喜んでいるという事は分かった。
昔から変わらない。
触れるのは突き刺さっている日本刀の柄部分だけだが、それを撫でてやる。
ンボッと強く発火した瞬間、さっと手を引っ込めてやけどを真逃れた。
「相変わらずだな~。おい、鞘はどうした」
「ヴョヴュヴョヴョ……」
「朽ちたか。よし、拵えてやろう」
「ヴォヴァッ!」
手頃な木を探そうとしたが、そういえばこの辺り一帯はほとんどを吹き飛ばしてしまったのだった。
唯一残っているところといえば、富表神社の近辺だけだ。
あの辺りは管理が行き届いており、長く生きた大木も多い。
そちらで材料を確保するか……と歩みを進めようとした時、地面に継ぎ接ぎが伸びた。
ビッと地面が開かれる。
そこから腕を出したのはガラスであり、ジャラジャラと音を立てながら這い上がった。
動くたびにガラスが打ち合い、なんなら何枚か割れている。
異形は気にすることなく肩をぐるりと回し、新たなガラスを体内の奥深くから生成した。
体の姿は自在に変形させることができるらしく、先ほど体を持ち上げるために使用した腕はいつの間にか消えている。
現在はできる限り人に近い形を保っているようで、足は二つに分かれていた。
服装も真似しようとしているのか、腕は和服で腕まくりをしたような形となっている。
どうやら襷掛けを模倣しているらしい。
「天千か」
「お久しぶりにございます。常治様。今日までの経緯はお聞きになられましたか?」
「ガガニより仔細は聞いた」
「左様でしたか」
シャリ……と音を立てて遠くを見る天千。
ガラスの集合体なので眼球となる部分はないが、細かく砕かれたガラスがその造形をある程度作り出していた。
『ぶえああああああ!!?』
「おや?」
すると空中から何かが出現した。
地面に盛大にずっこけ、ゴロンと転がって突っ伏していた。
どうやら女の異形鬼であり、手には薙刀を持っている。
二人はその声を聞いたことがあり、相変わらず喧しいなと苦笑いした。
「魔生良か。今はその姿なのだな」
『おお!? おおおおおお主ぃ~~~~!!!! 久しいなあおいおいおいおい~!!』
「やめい」
『んなつれねえこと言うなよ~!』
「良い肉体があってよかったですね。それ、鬼道流・炎獄を修めているようですし」
『そ~なんだよ~! 異形の軍に一匹いたんだよな~! んだがよ主。主魂もいたぜ?』
常治は目線だけを魔生良に向けた。
「……魔生良。今の異形共を見てきたのか」
『ああ。見たところ質は良かったぜ? あと刈狩の生まれ変わりもいたか。んで俺は継矢家の娘に吹っ飛ばされた! はっはっはっは!』
「ほう。まだ血は続いていたか。……異術か」
『ああ。ありゃ異形人だった。異形人は三人しかいなかったと思うぜ』
これに常治は顎に手を置く。
異形人は異端として人間に広めているはずだったが、それが三人も出現しているという事はどういう事だろうか。
主魂が傍にいるという事実も気にかかる。
また何か考えているな、と傍にいる異形三名は互いに視線を交わした。
あの時であればこの思考の邪魔はしないのだが、今回ばかりは考えても意味がない。
敵に異形人が三名、そして主魂がいるという事だけわかっていればいいのだ。
「常治様。私たちの役目に、その思案は不要ですよ」
天千の言葉を聞いて確かに、と頷いた。
己らがやろうとしているのは、こういうことではないのだ。
すると、また地面に継ぎ接ぎが伸びて開く。
「あ~るじ~様~~~~!!!!」
「照か」
「まてクソガキ!!」
「怒泥、死んだか?」
「山本の野郎にやられたんだよ!!」
ふわりふわりと飛び出してきた照と、人の姿で一生懸命這い上がってきた怒泥。
また照が怒泥をからかったのか、随分ご立腹のようだ。
その隣でまた継ぎ接ぎが伸びる。
今度は磯の臭いが周囲を覆っていく。
ガガニが三体のヤガニ衆を連れて出現し、磯丸も大きな岩礁の姿で地面から這い出した。
ヤガニ衆が大きくなったという事もあり、磯丸の移動も楽になったらしい。
「常治様」
「……」
「すまなかったな。ガガニ、磯丸」
「んにゃ、過去のことですけえ」
「……シシ……」
記憶を書き換えられて普通に過ごしてきた二人だったが、もう怒ってはいないらしい。
優しいのか、これが演技なのか。
判断はつかなかったが、こうして再び己の目の前に姿を現してくれたという事は、少なからず力を貸してくれるという事。
これに感謝しつつ、今起きているもう一体の異形を待った。
『おう怒泥! ま~た喧嘩してんのか!』
「んああ……? って、てめえ魔生良か! んだよお前今はそれが器かよ!」
『今回のいいぜ~!? 試してみるか!?』
「いいのか!? 今虫の居所が悪いからよお! 手加減しねえぞ!?」
「ちょちょ、やめいやめい二人とも……! いくら更地だっつってもお前らが暴れりゃえっらいことなるわ!」
「『えー』」
「えーちゃうわ!」
──リンッ。
常治以外の異形が、びくりと肩を跳ね上げた。
ここ最近で聞いた中で最も嫌いな音である。
怒泥と魔生良はあからさまに嫌な顔をしており、炎重は天千の背後に隠れた。
あからさまに避けられている存在。
異形同士でここまで嫌悪されるような者はそう相いないのだが、これは彼女の異術が関係していた。
いつの間にか開いている継ぎ接ぎから、スーっと髪の長い女性が浮上してくる。
顔は黒子の様な布切れをしているので見えず、それには動く眼球の刺繍が施されていた。
暗い色の着物を多く羽織っており、地面を引きずっているようにも見えたそれは何かしらの力で若干浮遊している。
手には巻物と筆を持っており、手首には小さな鈴が取り付けられているようだ。
小さくリンッと音が鳴る度、紙に筆が走る音が聞こえた。
「遅かったな、令月」
「お待たせいたしました。書をまとめるに、時を要してしまいまして」
「此度の戦はお主の異術が要となる。頼むぞ」
「はっ。……形龍はおらぬのですね」
「構わぬさ。さて、集いし異形共よ」
常治の言葉に、全員が居住まいを正す。
とはいえその姿は様々だ。
真剣に話を聞くために背を伸ばす者、空中をゆらりと揺れる者、歯を見せながら笑って武器を担ぐ者。
己らしい姿勢で、彼らは次の言葉を待った。
「この戦で、幾ら死ぬかは定かではない。されど必ず……引きずり出すぞ」




