17.16.仲直り
「ではお三方」
「葉桐さんちょっと待って」
「私たちは別室でお話してきますので」
「待って月芽」
「こちらは任せてもらって結構ですぞ。なので、存分に語り合いくだされ」
「案山子夜? 本当に待って?」
そう言い残し、スパンと閉じられた襖。
すぐに出ようと試みたが指先に硬い何かにぶつかった。
突き指する勢いだったので一気に引っ込めて手を振る。
あっ。これ。結界ですね。
閉じ込められてしまいました。
サーっと顔が青ざめていくのがよくわかる。
油の刺さっていない機械のような動きで後ろを振り向いてみれば、笑みを浮かべている雪野と、目を閉じて腕を組み、眉を寄せている早瀬がいた。
本当に久しぶりの再会だ。
しかしこれは良くない再会だと直感していた。
「正座」
「あっはい」
雪野にぴしゃりとそう言われ、素直に応じた。
昔はこんな鋭い言葉を口にするような人じゃなかったはず……。
なんならおしとやかだったんだが……あの時の雪野は一体どこに行ったんだ……。
早瀬も……うん、二人共随分変わったな。
長い間鍛錬を続けてきたのか、早瀬は逞しい体を手に入れている。
和服も様になっており、少し日焼けしただろうか。
愛用してきた日本刀も傍に置いてあった。
雪野は前に会ったときからそうだったが、やはり美しい。
ただこの世界での生活で気が強くなっているようで、今から叱られると思うと気が気ではない。
私は縮こまりながら叱られるのを覚悟した。
目を開けていられず、キュッと閉じて顔をそむける。
だが、次に来たのはふわっとのしかかる重みだった。
驚いて目を開け、倒されないように踏ん張りを利かせる。
首に回された腕はすぐに背中を掴み、押しつぶされそうなほど強く抱擁された。
「よがっだよ~~~~!!」
「え……!? ええ!?」
「うわああああん! もう、もう会えないがどおもっだ~!!」
「ええー!? ちょっ、早瀬ッ! 早瀬ッ!!」
「おう、死ね」
「二人の落差よ!!」
今の状況を早瀬は羨ましく思っているのか、中指を立てて笑っていた。
わんわんと泣きじゃくる雪野はしばらく力を緩めてはくれなさそうだ。
仕方なく背中をさすって泣き止むのを待つほかなかった。
予想外の反応に焦ってしまう。
もっと怒られるものだと思っていたのだが、まさかのこの事態。
……だが、確かにあのまま戦いが続いていたら、やはり二人には会えなかっただろう。
様々なことが繋がって、ようやく私たちは再会できたのだ。
ここまで全員が無事だったこと自体奇跡。
雪野はそれを早い段階で理解し、今緊張の糸が完全に切れてしまったのだろう。
もう一度、少し強めに背中をさする。
「わああああん!!」
「……心配かけたか」
「ったりめえだろうが。こちとら最初に来た瞬間からお前が死んでるかもしれねえって話聞いて絶望してたんだぞ。んで再会したと思ったら勝手にどっか行きやがって」
「あれは、しゃあねえだろ……」
「いや、うん。お前が殺されてるのを黙って見てるしかなかったのは、本当に悔しかった。俺たちに……力がなかった」
「責めはしないよ……?」
「そんなお前を救ったのは異形だったんだ。旅籠が向こうにつく理由は理解できた……。でも、まだやり方はあったと思う」
「あったかな」
「あのなぁ……」
早瀬は立ち上がり、私の側でまた座る。
するとパコンッと頭を叩いてきた。
「いてっ」
「もし別の道があったら、俺はお前の友達と戦わずに済んだんだ」
「……黒細か」
早瀬はこれにコクリと頷く。
そうか、早瀬はあいつと戦ったのか……。
「……強かったか?」
「アホ強かった。三人がかりでも倒せなかったんぜ? 急に人の姿になるし、黒い幽霊は進化するし。……ほんと、マジで強かった」
「へへ、だろ?」
悲しむ様子もなく、むしろ誇らしく語る旅籠に早瀬は若干安堵した。
どうやら、既に死を乗り越えているらしい。
強いな。
見知らぬ地で、見知らぬ存在と、見知らぬ敵に立ち向かう。
右も左も分からない状況で、本当によくここまで生き残ってくれた、と早瀬はようやく涙を見せた。
雪野のように号泣はしなかったものの、服で拭うくらいは許してほしい。
「よく、ここまで漕ぎ着けた。マジですげえよお前」
「私だけの力じゃないけどね。むしろ、なんもしてないくらいだ。和平については、月芽と由海それと案山子夜が推し進めてくれていたからこんなに早く実現したんだよね」
「あんなこと言ってたのになあ……」
案山子夜と始めて対峙した時、彼は鋭い言葉を早瀬に投げかけた。
それは今でもはっきり覚えている。
『謝辞を述べるはまず人間だろうが』
『旅籠様を殺したのは一体誰ぞ? 人間』
『旅籠様を異端としたのは誰ぞ? 人間』
『旅籠様を救えなんだのは誰ぞ? お前』
『わてら異形にここまで力をくださった恩人に……人間は何と残酷なのか!!!!』
今では懐かしい話だが、案山子夜があそこまで感情をむき出しにするのを見たのは彼らだけだ。
和平など口にしなさそうな事を言っていたのに。
どういう風の吹き回しだったのだろうか?
「ん?」
「ああ、いや。なんでもない」
これは胸の内に仕舞っておいた方がいいだろう。
掘り返されたくないので、話を一気に切り替える。
「それにしても、さっきのお前の演説凄かったな」
「え!? そ、そうか……?」
「雪野しか気づいてなかったみたいだけどさ。あれ、異形に言っているように見せてたけど、人に向けて言ったんだろ?」
「ああ~、まあ。うん。異形たちはもう話し合って全員に同意は貰ってる。後は人次第だから」
「っか~……。マジですげえわ……」
この統率力。
旅籠が異形にとって大恩人であることを差し引いても、戦いが終わった直後に全員に同意を貰えるほどの信頼。
話し合って結論を出し、これを共有するまでもが速過ぎる。
冬場に戦った時の事を考えれば、あれ全てが旅籠の策略だったのかと疑いたくなるほどだ。
こんなリーダーを相手にしてたんじゃ、厳しい戦いになるのは目に見えてるわな……と早瀬は痛感する。
まさか旅籠にこんな才能があったとは。
「うう……ぐすっ……」
「あ、落ち着いた……?」
「……うん……」
「心配かけたね。もうどこにも行かん。一緒に帰るために、戦うぞ」
「そういやそうだった」
まだ、終わってはいない。
ここで安堵していてはいけないのだ。
雪野も落ち着き、涙を拭って居住まいを整える。
早瀬も日本刀を手にして腕をまくった。
旅籠も拳を打ち合わせて音を出し、気合を入れる。
「旅籠。まずはどうする」
「ひとまずは人の生活基盤を整えるのが先決。戦いが始まったらここは手薄になる。怪我人も多いだろうし、十分に戦える戦力を回復させるのが今は重要だな」
「でも巫女たちの数は少ないわ。前線に立って戦えるのは指で数えられる程度だと思って頂戴」
「風たちは勝ったことで活気づいてるが、夏の風の主戦力はもう戦えないと思う」
「今回、ちょっと厄介な敵がいる。こっちはこっちで既に敵と対峙してるんだ」
「俺もそうだわ! 照っていうてるてる坊主みたいな奴と、怒泥って言うゴーレムみたいなやつ」
「こっちは魔生良って幽霊とガガニっていうヤドカリの異形、んで磯丸って言う岩礁の異形だな」
「一旦分かってる敵の情報を共有しましょう」
姿と能力が分かっている異形と、名前だけわかっている異形が存在している。
照が七体は少なくともいる、と言っていたことを共有したところで、その数を数えてみた。
まずは敵方の主、継矢海里守常治。
能力の詳細は不明だが、代果城を消し飛ばすほどの力を持っている異形人であることは分かっている。
代果城にいた人間全員をこちらに転移させているので、月芽と同じような継ぎ目移動を有している可能性があった。
とはいえ、月芽の異術とは少し違うようだ。
次に早瀬が対峙した照。
てるてる坊主の方な異形で、歌を現実にする異術を有している。
対峙したのは分身で、本体はどこか別の場所に隠れていたらしい。
照の厄介なのは分身が二体いれば、二種類の異術を唱えられるということ。
ほぼ無尽蔵に出現する分身をどう対処するかが鍵になりそうだ。
ただ、打撃は有効。
怒泥。
土の異形で、基本的には角の生えたゴーレムの様な姿をしていた。
だが山本が一度倒したことにより人間の姿へと変貌したらしく、それは山本と対等に渡り合える力があるようだ。
加えて異形の中で最強の硬度を誇る。
魔生良。
異形鬼の幽霊で、鬼人に憑りつく異術を有している。
今まで憑りついた鬼人の力を吸収しているらしく、憑りついた分だけ強くなっているというあまりにも厄介な存在だ。
倒すには守の御力と術返しが必須らしく、これでようやく刃が通るとのこと。
月芽の異術ではるか遠くに飛ばしたので、現在はどこにいるか分からない。
だが異形鬼の仲間が憑りつかれたので、必ずどこかで倒さなければならない。
ガガニ。
ヤガニ衆というヤドカリの分身を出現させられる異術を持っていたはずだったが、戦って本当の力を発揮し始めた。
ヤガニ衆を殺して不死の軍団とし、無限に増殖させる。
斬っても潰しても復活するが、炎が弱点であるという事だけわかっている。
ガガニには氷で対処する必要があるようだ。
磯丸。
海流を操る異術を有しているということしか情報はなく、姿も本当に大きな岩礁で動くことができない異形だ。
ただ山本は磯丸に対して相当警戒をしているらしく、異術の詳細も口にはできないらしい。
なぜ異術を伝えられないのか。
これ自体が情報となり得るので、慎重に対処しなければならないだろう。
天千。
ガラスの異形で、術返しを有している。
山本が難色を示すほど厄介な存在であるという事くらいしか今のところは情報がない。
令月。
巻物の異形で、記憶を改変する異術を有している。
主魂の話の内容から察するに、ガガニと磯丸は継矢海里守常治が発した命令に反発した異形なのだろう。
そのため令月が記憶を改変して、無理やり従わせた。
……というより、当時の記憶をごっそり抜き取ってしまっているようなので、従わせたのではなく忘れさせたという方が正しいのかもしれない。
なんにせよ数千年に渡り異術を使い続けている異形なので、警戒しなければならない一体だ。
形龍。
天狗が最後に教えてくれた存在で、今は妖怪たちを襲っているとの事。
妖怪が襲われて食われるほどの実力を持っているのだ。
これも相当厄介な異形と見て間違いないだろう。
これで、八体。
継矢海里守常治を含めて九名と戦わなければならないらしい。
だが異形がこれだけであるとは限らないのだ。
対処が遅れれば、異形は更に数を増すかもしれない。
「でも人の回復を待つ以上、戦いはまだ先になるか……」
「こっちには過去を知る仲間がいる。情報では勝ってるんだ」
「勝ち方が分かれば……」
「そゆこと」
三人で情報を共有するのはいいが、作戦を考えるのは限界がある。
違う部屋で話し合いをしているみんなと合流する必要が出てきた。
「うっし……。やるぞ。ぜってえ帰る」
「おう。絶対な」
「うん。必ず」




