17.15.和平
この日、不落城はかつてないほどに不安を抱いていた。
大手門には物見客が大勢集まっており、警備も酷く厳重だ。
規制線が竹で作られており、大手門の橋には葉桐たちがどっしりと構えている。
昨日の混乱は一日にして落ち着いた。
変に誤魔化すことをしなかった葉桐だったが、その結果妙な噂も立たなかったらしい。
不落城城主が不在だったということもあり、沈静化に時間はかからなかった。
颪や風たちの協力もあって、それぞれが住まう場所などを決められたらしい。
野宿するような事態には陥っていないようだ。
とはいえ、生業などは未だに整えられていない。
まずは己らができることを精一杯せよ、との指示を出し、それぞれが得意なことを行っている最中だ。
安定した生活を送るには未だ時間がかかるだろう。
このためにも、異形との和平は必須だった。
敵が襲ってこなくなるのであれば……と村民は前向きな意見が多い。
その一方で風たちは多くの仲間を失っており、反発がいくらか出ているのが現状だ。
葉桐の命令で無理矢理納得している状況だが、あとは彼らの言っていた通り、背を見せて考えを変えさせるのみだ。
葉桐は腕を組んで異形を待つ。
その側には家臣団と、夏の颪である捌菅を除いた三名の颪が立っていた。
背後には護衛の兵士たちが数名と、雪野と早瀬、鍵城もここに同席している。
ざわざわと不安を口にする風や民たちの声を無視したまま、彼らは異形の到着を待った。
……ビッ。
人の群れを掻き分けて継ぎ接ぎが一つ伸びてきた。
大手門の少し手前でピタリと止まると、ベリベリ……と音を立てて継ぎ接ぎが開く。
普段であれば急に出現するはずだが、今回は階段を上るようにしてゆっくりと異形たちが姿を現した。
月芽、由海、案山子夜が先陣を切り、続いて木夢、無形、布伝が顔を出す。
落水がぬらりと出てきたと同時に平将門も笑いながら出てくる。
魔蛇は手を合わせており、その背後には怖がっている空蜘蛛兄弟とタマエキがいた。
異傀儡衆筆頭、壱成が出てくると他の異傀儡衆もワラワラと出現する。
全員が出てきたところで、最後の二人が姿を現した。
最初の異形、主魂。
そして異形の筆頭、旅籠守仲である。
彼らに向けられる視線は様々だ。
恐怖、興味、嫌悪、怒り、安堵。
視線の種類だけを感じ取った辺り、この和平に前向きでない者は多そうだな、と異形たちは感じた。
だが今はそれでいい。
どうやら彼らを束ねる男は、この和平に協力的なのだから。
葉桐は腰に差している日本刀を鞘ごと抜き、家臣に渡す。
和平の前では武器は不要。
振る舞いだけでそう語った彼に習い、旅籠も魔蛇に手を離すよう伝えた。
スッ……と手を離して後ろに回した。
久しぶりに見る顔がいる。
何か言いたげにこちらを睨んでいる早瀬。
あとで説教を喰らいそうだ、と思いながらまずは目の前のことに集中した。
「え~と? これどうしたらいい?」
「……貴殿の名を、私は知らぬ」
「ああ、それもそうか。旅籠守仲。一応異形人らしい」
「葉桐安成。代果城城主だ」
「聞きたいことは色々あるけど、まずはこの場を」
「同感だ」
葉桐が背後にいた久原へ手を伸ばす。
すると用意していた巻物を手渡してくれた。
結ばれていた紐を丁寧に解き、静かに広げて内容を読む。
「……貴殿は渡り者だったな。では簡潔に」
「あっ助かる」
「これには和平に関することが記されておる。一つ、対峙せぬこと。一つ、互いの領地を侵害せぬこと。一つ……」
「人と同じように接してくれるなら何でもいいよ。そうすれば、そこにある全部は守れると思う」
「……然り。承知した」
無駄に時間をかけて作ったものだったが、難しく考える必要はなかったようだ。
形として残してはおくつもりだが、旅籠の言う通りこれが実現できれば内容は守られたも同然。
葉桐は巻物を仕舞い、久原に返す。
それから彼は旅籠に手を伸ばした。
「代果城の奪還、助太刀願いたい」
「私もそこに用がある。代果城を奪還した暁には、富表神社の出入りを許可してもらうよ」
「よかろう」
パン、と音を立てて二人は手を握り合った。
交渉が成立したところで、異形たちは喜び合い始める。
これで人によって仲間が死ぬことは避けられ、旅籠への負担がなくなることに喜んだのだ。
人間たちにはこれが異形たちの期待していた結果だったのだと映っただろう。
真意はどうあれ、この喜びが人に若干の変化をもたらしてくれるかもしれない。
これだけではどうにもならない者もいるだろうが、後はこちらの姿勢で考えを変えさせるのみ。
このことは既に異形たちに通達している。
人間が異形たちを受け入れるには時間がかかるはずだ。
今の段階では戦術的和平の印象が強い。
これが共生を目指す和平であるとは、誰も思わないだろう。
時間が解決してくれるかもしれないが、そんなのを待つ時間はない。
旅籠は早速葉桐に問う。
「まず、何をすればいい?」
「敵について知りたい」
「ああ、そうじゃなくて。この城の防衛とか、生活基盤の安定化とか。手伝えることがあれば言ってほしい」
「人の生活に馴染むのは、今は難しかろう。城外の守りを固めてくれ」
「分かった」
私は異形たちに振り替える。
まだ喜び合っているので、大きく息を吸ってから声を張った。
「よおし!! 全員聞けい!!」
一声で一気に静まり、長い武器を持っている者たちは地面を突いてザッと音を立てる。
バラバラな音ではなく、太鼓を叩いたかのような一つの音が地面を震わせた。
この統一感に物見客はもちろん、葉桐やその家臣も目を見張る。
「和平は成った! ……だが、それは命を奪い合った相手だ。思うところがあるのは私も承知している。今回の戦、私たちは間違いなく負けた。でも負けたから和平を推し進めたわけではない」
異形たちはこの演説に一瞬首を傾げたが、すぐに真意を理解した。
異形たちに思うことなど、もうないのだ。
それでも旅篭がその言葉を口にした理由……。
この演説、異形に向けてのものではない。
「なるほどね……」
「え? なに? どういうこと……?」
「あれ、人に向けた演説よ」
「はい……?」
月芽や由海、案山子夜と深いつながりがある雪野のみがその真意に気づいた。
先ほどの喜び方からして、あれは本心だ。
だというのに今更的外れなことを口にする意味はない。
聞いただけでわかる。
あの演説に最も当てはまっているのは、人間であるという事に。
「次の敵に、勝つためだ。戦い合って互いの強さは知っただろう。こいつらと一緒なら次の敵に勝てる。否、こいつらと一緒じゃなければ勝てん!! いいか異形共!!」
力強く手を振り上げ、思い切り振るって空気を切る。
なんの力も使っていないのでただ腕が動かされただけの単純な動作だが、これには言葉を力強くする力があった。
「戦いのその日まで! 敵に人間を傷つけさせることを禁ずる!! この城を死守せよ!! 人間が万全の状態になるまで!! いいなあ!!!?」
『『『『『『ローーーー!!!!』』』』』』
「魔蛇さん。指揮は任せた」
「御意に」
そこからの動きは本当に早かった。
魔蛇が土丹に指示を出し、土丹が土傀儡を介してほかの異形たちに情報を共有していく。
この情報伝達速度の速さこそが土丹の本領だ。
東西南北、四方八方に異傀儡衆を分散させ、情報伝達のために土傀儡も必ず同行させる。
主戦力となっている者たちも塩梅を考えて配置していき、あっという間にその場から異形たちの姿が居なくなった。
残っているのは和平を共に目指した三名の異形と、落水のみ。
主魂ですら使い走りにした魔蛇には笑いそうになったが、ここはぐっと堪えて振り返る。
「じゃあ、話をしようか」
「……不落城が、落ちるわけだ」
葉桐は一つ苦笑いをした後、彼らを城内へと招き入れたのだった。




