17.14.対談の場
城外から轟音や地響きが聞こえていたので、異形が城を取り返しに来たのかとパニックになっている民や風たちだったが、葉桐の帰還でその混乱は沈静化された。
そしてこの状況を伝えるべく、家臣や風たちに今わかっている全てを共有させた。
新たな異形の勢力が出現したこと。
我々は異術でここまで飛ばされてしまったこと。
そして今から……戦っていた異形の勢力と和平を結ぶこと。
これは城主の権限で異を唱えさせることはしなかった。
現状で敵勢力の強大さが分かっているのに、内輪揉めで時間を浪費することはできないとの判断だ。
二つの異形勢力がいるということをしっかりと伝え、その内の一勢力と手を組む。
これだけははっきり説明させるように勤めさせた。
とはいえ、いつ実現するか不明瞭だった。
なんせこちらからは連絡を取れないのだ。
しかし、案山子夜は問題ないと口にする。
「もうそろそろですぞ」
その途端、案山子夜の足元に継ぎ接ぎが伸びてきた。
ベリッと音を立てて開き、そこから月芽が顔を出す。
「案山子夜! ってあれ!? 人間だけ!?」
「月芽ちゃん!」
「雪野様! 先程はお見事でした!」
「えっ!? ……お、怒らないの……?」
雪野は今までの繋がりを断ち切る覚悟で、あの策を講じた。
月芽の異術を把握し、本拠地まで割り出したのだ。
雪野はあの密会を戦いに利用した。
そのため次はどんな面を下げて会えばいいのか不安だったのだが、月芽の予想外の反応に驚くしかなかった。
月芽は小さく首を横に振る。
「雪野様が私を閉じ込めたお陰で、旅籠様を止められたんです。ありがとうございました」
「ほ、褒められることじゃないよ……」
「へへ。えっと、それより……案山子夜は……?」
「ここですぞ」
人の姿となった案山子夜を見た月芽は、目を丸くしていた。
開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのだろう。
状況を理解するのに相当時間を要してしまっているようだ。
その間、早瀬と鍵城、そして孫六は二人の会話を聞いて大体のことを把握したらしい。
雪野は月芽の異術を止めるために、山本と協力して本拠地へと向かったのだ。
大変危険な行為だっただろうが、妖怪の山本がいれば何とでもなる。
実際に成功して不落城も奪還したことなので三名は何も口にしなかった。
「こんな子供を止めるために、金巫女の力が必要だとはな」
「それほど異形は強いってことだ……。次の相手もそうだし」
「俺たちで勝てんのかねえ……」
珍しく弱腰になった鍵城。
いや、そうなってしまうのも仕方がない事だろう。
なんせ照との戦いでは、本当に何もできなかったのだから。
巫女がいれば何かが変わるかもしれないが、それでも異形の本当の実力を目の当たりにして怖気ているらしい。
「らしくねえじゃねえか」
「……萩間さんはどうなんよ」
「そうですねえ」
孫六は顎に手を当てる。
案山子夜が着ている秋の颪特有の服が気になっているのか、じっとそちらを見ていた。
暫くしてから小さく息を吐き、目を閉じてから口を開く。
「勝てる勝てぬではなく、勝たねばなりません」
「……そりゃそうだけど……」
「勝つ術はあります。であれば、迷うことなどありますまい」
そういった後、孫六は案山子夜の方へと歩いて行った。
鍵城は相変わらず難しい顔をしている。
確かに勝つ術はあるかもしれないが、それを上手く使えるかはさっぱりわからないのだ。
巫女が守の御力を使って異術を防いだとしても、異形の強さはそれだけではない。
黒細と戦ってそれを深く実感した。
人の姿となるきっかけが何かはよくわからないが、異形が人間の姿になった時の強さといったら尋常ではない。
素の力で負ける気がしていた。
「はぁ……。三人がかりで、あいつ一人を倒せなかったんだぞ。他の奴らも化け物じみてるに決まってる」
「人だけだったらな」
「じゃあ俺らがいる意味ってなんだ? 巫女が異形の異術を封じて、これから手を組む異形が戦う。風たちは何するんだ?」
「味方の異形が異術を使える状況ができるとでも思ってんのか?」
「え?」
鍵城が気に掛けていることはよく理解できた。
だがそれ以前に、人間の活躍の機会はどこにでもある。
「向こうも味方に巫女的な力を持つ奴がいるに決まってんだろ……。それに、あの案山子夜。あいつは雪野でも力を抑えきることができなかったんだ。それでも俺たちは戦えた。異形は異術があって人に勝る。今回の戦いでもそうだっただろうが」
黒細の異術。
あれも巫女がいて弱体化し、倒せるようになった。
異術さえ抑えることができれば、人だって前線に立つことができるのだ。
孫六の言った通り勝つ術はある。
であればあとは、己次第だ。
「気持ちで負けんな。鍵城」
タンッと背中を叩いて早瀬も孫六の後を追った。
向こうでは案山子夜のことを月芽に説明しているらしく、まだ本題には入っていないらしい。
あんなあっさりと敵同士だった奴らが仲良くなれるのか?
そんなことを考えながら溜息を吐く。
「年下に言われちゃ世話ねえな……」
覚悟の差だな、と鍵城は素直にそう思った。
友人を救い出すため、元の世界に帰るため、雪野と早瀬は尽力している。
代果城を、多くの民を守るために葉桐や孫六は前に進み、旅籠を、これからの異形たちを守るために異形は手を指し伸ばした。
誰もが何かを背にして戦おうとしているのだ。
そこの隣に並ぶには、やはり生半可な覚悟ではいけない。
「……俺はお前らを守るぞ」
誰に言うでもなくそう呟き、鍵城もようやく足を進めた。
会話の輪に入ってみると、案山子夜と月芽、孫六で話をしているようだ。
この面子が会話をしているという事は、十中八九和平の交渉だろう。
「私たち異形は既に和平への手筈が整っております。此度の戦、人の力無くして勝てません。共通の敵ができた以上、もう命を削り合う必要はないかと」
「俺も同じ意見ですね。しかし互いに殺し合った仲。その怨嗟は続きます。和平を結んだとしても……」
「重々承知しておりますぞ。されど我ら異形、背で語りますぞ」
しばらくの沈黙が続いたが、孫六はこれに頷いた。
人間がこの和平をどう受け取ろうと、異形は人のために戦うと言っている。
その背を見て考えを変えろ。
彼らはそう伝えていた。
確認したいことは確認できた。
あとは対談の場を設ける事だけだったが、これはすでに案山子夜が提案していたらしい。
不落城、大手門。
多くの人が集える場所はここだった。
すでに葉桐たちが和平に向けて民に話を通しているところだ。
風たちの反発はあるかもしれなかったが、それは城主権限でねじ伏せる。
「時は」
「明日の正午」
「承知しましたぞ。では明日、正午。我ら異形は月芽の異術にて参上しますぞ」
案山子夜の確認に孫六は頷いた。
これで話は一度まとまっただろう。
ようやく和平の話し合いができたことに、雪野はもちろん月芽も安堵した様子だった。
……帰れる。
長く敵対していた両者だったが、これでようやく帰路への一歩を踏み出せた。
久しぶりに、しっかりと話し合いができそうだ。
言いたいことは山ほどあるのだから、付き合ってもらわなければならない。
「では、俺は葉桐様を手伝ってきます。鍵城、お前も来い」
「はいはい……」
「山本殿はどうされます?」
「少し、話がある。先に行け」
「はっ」
「早瀬、後でな!」
ビッと手を振って城の方へと走って行く姿を見送った後、全員が山本を見る。
何か話があると言っていた。
雪野と早瀬は疑問を抱いて視線を向けたが、月芽と案山子夜は若干警戒しているようだ。
「案ずるな異形共。争う気はない」
「あなたは妖。最強格として他の妖を扇動はできないのですか」
「できぬ。我は、人と共に生きる道を選んだ。それよりだ」
山本は腕を組む。
「ヤガニ衆は燃やせ。ガガニは凍らせろ」
「!」
「ヤガニ衆ですと?」
案山子夜はこれに首を傾げたが、月芽はその意味をよく理解した。
これは弱点だ。
まさか山本が教えてくれるとは思っていなかった。
「何故……それを……」
「磯丸にだけは気を付けろ。奴はガガニより厄介だぞ」
「その異術は!」
「……言えぬ」
言えない?
これには雪野と早瀬も首を傾げた。
ここで隠す理由が全く分からなかったからだ。
「い、言えないってどういうことですか?」
「気づいても口にしてはならぬ。磯丸の異術は、そういうものだ」
謎がさらに深まった。
月芽は磯丸が海坊主ですら押し返すことができる異術を持っていると知っていたが、山本が口にした内容とは全く別物だ。
だが、彼が敵そんなことを口にするはずがない。
今さっきヤガニ衆とガガニの弱点を教えてくれたのだから、ここで嘘を口にすることはしないはず。
月芽はしばらく考えたが、とりあえずその説明に納得した。
「……伝えておきます」
「ああ」
「では雪野様、それとご友人。また明日、ゆっくりお話ししましょう」
「早瀬な!? 俺早瀬陸!」
「わかりました、早瀬殿。では!」
継ぎ接ぎが開いたところで、月芽と案山子夜がその中に飛び込んだ。
すぐに閉じて継ぎ接ぎが凄まじい速度で引っ込んでいく。
残された三名はしばらくその場に立っていたが、雪野が沈黙を破る。
「嘘じゃ、ないんですよね」
「ここで謀る意味はなし。あ奴の異術は強すぎる」
「……私でも、抑えられませんか?」
「あれには術返しが必須。あの蛇……であれば、もしやすれば」
「今はどうにもなりませんね。これも、明日旅籠さんと話を詰めます」
「うむ」
会話を終えると、二人は不落城へと入っていく。
話についていけなかった早瀬は、頭を掻きながらその後ろを追ったのだった。




