17.13.一刻も早く
由海から報告を受けた私はすぐさま増援を派遣するように指示した。
だが予想外にも主魂から止められてしまう。
「なんで!?」
『ガガニは名を授かった異形……! あの異術、巫女なしでは勝てぬ!』
「だったら猶更増援必要なんじゃないの!?」
『殺せぬのだ。殺すほどに蘇り、増える。それがガガニの異術、海異の打ち上げ』
「分身作るのが異術じゃねえのお!?」
『黒細と同じよ……。ガガニは……』
「って待て待て待て待て!」
私はすぐさま主魂の話を制止する。
それよりも変な矛盾に気づいたのだ。
「前にヤガニ衆と話した時があったけどさ! あいつら千年前の継矢家に仕えてるって話だったぞ!」
「そ、そういえば……! 私も覚えております! 今思えば……異形たちが姿を隠したのは二千年前なのに、どうして彼らは千年前の継矢家に……?」
時系列がおかしい。
千年前であれば異形は姿を隠し、異形人も居なくなっているくらいだろう。
いや、実際にはいた。
夢芽がその一人であり、暫くの間は継矢家に異形人はもちろん、異形も少なからずいたのだ。
しかしその時代は既にあたりが厳しくなっている頃だろうか。
そのため落水たちの世代の継矢家は、過去に異形を使役していた一族として嫌悪されていたのだ。
主魂は顎に手を当てる。
当時を生きていたはずのガガニがこんな嘘を吐くとは思えない。
何か妙な術が差し込まれていると思い、一つ旅籠に問うた。
『主殿。ガガニは……ヤガニ衆は他になんと』
「え? ……海賊? と戦ってたんだったか?」
『賊か。もしや、仙島という島にいた賊であるか?』
「そうそう! そう言ってた!」
確信が得られた。
口元しか見えない主魂だが、それでも渋い顔をしているということがよくわかる。
『そういうことか……!』
「どういう事?」
『仙島での戦……。賊との戦に苦戦し、島に兵を送るだけの味方はおらなんだ。されど継矢はガガニを見つけ、名を与えた』
「それで海賊を倒せたんだろ?」
確か、流れはこうだ。
海賊との戦いに苦戦した継矢家は兵を多く失った。
仙島という島が本拠地なのはわかったが、そこに送るだけの兵力を用意することができなかった。
この時、まず最初に仲間になったのは磯丸。
海流を支配できる異術を有しており、海賊を島から脱出させないように渦を出していた。
その間に磯丸がガガニを紹介し、二体揃って継矢家に仕える事となったはずだ。
最後はヤガニ衆が島を包囲し、人間に特化した戦闘能力を持つ彼らが海賊を蹴散らした……。
『これは継矢家海里守常治が賊を討った時の話よ』
「は!? おかしくない!?」
『左様。ガガニは……記憶を弄くられておる』
なんだそれは、と思ったがそういうのが異形の扱う異術だ。
どんなものがあったって何ら不思議ではない。
だがどうしてガガニの記憶を改変する必要があったのだろうか。
記憶を改変するということは、ガガニは何かしらの問題を抱えていたのかもしれない。
そんなことを考えたが、主魂は首を横に振る。
これにはしっかりとした理由があった。
『主の命と言えど……皆が頷いた訳でなし。反抗、反対する者は異術で記憶を変え、無理やり従わせた……。今日まで、常に記憶を弄っておったのだろう』
継矢海里守常治は、己が死ぬ前に書面を遺した。
同じようなことが起きないよう、人間は魂蟲を喰らう事を禁忌とし、異形は姿を隠せとの命だ。
しかし主魂の言った通り、全員が全員これに賛同したわけではない。
ある者は拒絶し、ある者は考え直してくれと説得しに向かった。
実際に話し合いがあったかどうかは分からない。
なんにせよ継矢海里守常治はその説得を聞く事すらしなかったはずだ。
こうして記憶を改変させてまで従わせているのだから。
そして、主魂はこれほど大規模で長期的な異術を継続して使い続けられる存在を知っていた。
「……それは誰」
『令月。巻物の異形』
……マジでどうなってんの……?
次から次へと知らない異形が姿を現している。
なぜこんなことが起きているのか皆目見当がつかず、どう対処すればいいのかさっぱり分からない。
できる事と言えば防衛を固める程度だ。
それでもさっき内側から敵が出てきたわけだが……。
すまん赤雪。今はもう少し辛抱していてくれ。
「ガフッ……」
「旅籠様! 芦山が起きましたぞ!」
「まじ!? おいこら天狗ぅ! どういうことか説明しろお!」
「旅籠様、落ち着いて……」
流石妖怪といったところか。
魔蛇の治癒のおかげもあって回復は早かったらしく、案外すぐに目を覚ました。
傷は塞がっているのだが、ダメージは残っているようで目覚めても苦し気だ。
まだ体は痛むはずだが、それでも伝えなければならないことがあるらしく気力のみで体を起こす。
主魂の姿を見て目を見張ったが、すぐに旅籠へと視線を向けた。
「異形の主……! き、聞け……!」
「なんだ!」
「……継矢海里守常治、が……目覚めた……!」
「は?」
『何……!?』
私はすぐさま芦山に接近し、目の前に手を置いた。
「どういうことだ!」
「狐だ……小空の仕業だ……!」
「狸と戦った時にどっか逃げてたけど……それが目的……?」
「狐は何を企んでおるのかの?」
魔蛇の言葉に私は確かに、と頷く。
なにか理由があって呼び出したはずだが、私はその意味を何となく理解した。
以前私は小空と戦った。
実際に戦ったのは主魂ではあるが、その時の会話はしっかりと覚えている。
“過去を取り戻そうとしている”。
小空と戦った時、主魂が口にした台詞だ。
どうやってこれを成そうとしているかは不明のままだったが、ここに来てようやく繋がった。
主魂もこれに気づいたらしく、大きなため息を吐く。
『あの子狐め……』
「主魂。あの狐は継矢海里守常治を蘇らせたんだよな? ……あいつ、共通の敵を……」
『十中八九』
あの小空も、長く生きていた狐なのだ。
だから主魂も知っていたし、将門とも面識があった。
つまり過去のことを知っている妖怪の一匹だという事。
主魂の力を手に入れた人間のせいで世界がめちゃくちゃになり、勢力同士が争うことにまで発展してしまった。
そんな状況を変えるために、小空は一つ手を打ったのだ。
異形が強くなり、人間、妖怪と同等に渡り合える力を手にしたこのタイミングで。
「私たちに……共通の敵を作り出して手を組ませようとしている」
「その、ようですの」
これで理解した。
小空もこの世界の現状を変えたいと思っている一匹だったということに。
そのためにとんでもないものを蘇らせたという事実にだけは丁寧に拳で叱りたい。
もう少しやり方があっただろうとも思ったが……これが今の最善だったのかも。
異形の力は強大だ。
そもそも相手が生きながらえ続けてきた猛者であり、私たちの何十倍もの戦闘経験がある。
私たち異形陣営だけでは、あの異形を倒す事は出来ないだろう。
どうしても人間の巫女の力が必要だ。
人間もそれと同じで、純粋な火力不足。
巫女がいて異形と戦う事こそできるものの、継矢率いる異形陣営には勝てないだろう。
……私たちですら確実に勝てるというビジョンは見えない。
更に継矢海里守常治は異形人だ。
主魂の異術を持つ人間と相討ちになるほどの実力を有している人物。
代果城を消してしまったとのことだったので、人間と異形にとって継矢海里守常治は明確な敵となっていた。
「おい天狗。お前らはどうする」
「……今、天狗は……。否……」
八角棒を杖にして何とか立ち上がると、芦山は私の服を掴む。
力強く掴む拳からは必死さが伝わってきた。
「妖共は今……継矢の異形に、喰われている……」
「はい?」
「形龍……! 奴はそう、名乗った……!」
私はその名を聞いてすぐさま主魂に視線を向けた。
すると……主魂は力強く拳を握った。
『主殿。一刻も早く、和平を』
「……よし」
詳細は口にしなかった。
だがその口調からは焦りを感じられる。
……よし、やろう。
どのみち巫女の力がなければ赤雪を助けられないんだ。
案山子夜も向こうにいるって話だったし、連絡を取ることができればどう動けばいいか分かるはずだ。
「月芽! 頼んだ!」
「はいっ!」




