17.11.地に上がりし異形
びちゃ……と地面を踏みしめる。
雨が降ったわけでもなければ、落水が異術で地面を濡らしたわけでもない。
では何故地面がここまで濡れているのか。
「……貴様ら……」
「お初、だんなあ? いや、俺は違か」
「……」
「ガコロゴロゴロ……!」
木夢が姿勢を低くして威嚇している先には、二体の大きな異形がいた。
一体はヤドカリの様な異形であり、貝殻に眼球が一つ付いている。
長い間海中にいたためか珊瑚や藻、フジツボなどがびっしりと張り付いており、磯の臭いが強い。
その周囲には分身のヤガニ衆が武器を持って構えており、貝殻の先端にある目玉がこちらを睨んでいた。
その隣には一切口を利かない岩礁のような異形が座っている。
こちらも長い間海中にいたためか、いろんな海産物が付着していた。
だが特質すべきは口と目玉が数十はあることだろうか。
目玉はどれも眠そうな様子で、口はほとんどが閉じているが鳥の様な嘴、タツノオトシゴの様な細長い口、人や犬のような口など様々な物がまじりあっている。
移動は苦手なようで、ヤガニ衆数百匹が彼を担いでいるようだ。
ヤドカリの異形、ガガニ。
岩礁の異形、磯丸。
ガガニ率いるヤガニ衆は水場のある場所でなければ真価を発揮できないはずだったが、これを磯丸の異術で解決しているらしい。
磯丸は海坊主すら押しのける力を持っている異形であり、海水を生成する程度のことは朝飯前なのだ。
そのため常に海水を生成しており、それを体から周囲にまき散らしていた。
『……気色の悪い……』
「それでこそ異形だろう? 人間はいつも気味悪がっけえ」
「おい、将門。こいつらを知らぬのか」
『知らん。海にいた異形だろう? 見たこともないわ』
「ああ……嫌なことを思い出させてくれるのぉ……」
ガガニがげんなりした様子で溜息を吐いた。
これには磯丸も反応を示し、数十個ある目玉が困ったように目じりを下げる。
「どっだけ……力んなりたかったと思うとる」
鋭く尖った脚が地面を貫く。
小さな地響きが生じるほどの憤りは、己らの不甲斐なさを呪いたくなるほどのものだった。
「このガガニと磯丸。地に上がれん異形はなあ……。継矢様のお力添えに欠片もなれんかったんじゃ。だが、此度こそ!」
「……継矢だと……?」
『……ちょっと待て』
違和感。
ガガニの発言には引っかかることがある。
まるで……継矢が今もいるかのような……。
『おい、待て。どういう意味だ。貴様ら、なぜ、なぜここにいる』
「何故? 呼ばれたんじゃ。主様に」
『なんっ……!! ……まさか……小空の野郎……!』
狐である小空が人里へと向かったのは知っている。
それから期間は空いたが、この異形たちが敵として立ちはだかった事、そして先程の発言。
これから小空が死人帰りを使ったのでは、と将門は予測した。
しかし目的はなんだ。
継矢を蘇らせて得をするような奴は異形たちくらいだ。
そこにあやかるつもりだったのか?
いや、違う。
先程の天狗が殺された姿を見た。
妖怪にも手を出すように仕向けることを小空はしない。
つまりこの状況は小空が望んだ結果ではないはずだ。
『面倒な……!』
「主殿の望みは一つ。このガガニと磯丸はしかと聞いた! ……おんしらの城、頂くぞい」
ガガニがドスの利いた声で呟いた途端、隣にいた磯丸が吹き飛ばされる。
岩礁が意図も簡単に吹き飛んだという事実に、ガガニは勿論ヤガニ衆も驚愕していた。
「「えっ!?」」
「ガコロロロ……」
磯丸を蹴り飛ばしたのは木夢だった。
脚を変形させて肥大化し、強烈な一撃を喰らわせたようだ。
だが、相手は岩。
木夢の脚はへし折れて木っ端が舞った。
とはいえすぐに再生するので無傷のようなものだ。
ドン、と鈍い音を立てて地面に突き刺さった磯丸は、ギョロリと目玉を動かした。
吹き飛ばされただけで、大したダメージは負っていないらしい。
ヤガニ衆が急いで回収に向かうのだが、その前に水を生み出して自力で立ち上がった。
「……」
「スンッ……。海水か。あの量……俺の異術では御せぬ」
『だろうな』
だが、やはり海の異形というだけあった地上ではその異術を十分に発揮できないらしい。
磯丸は海水を自在に操る異術で、ガガニは分身を作る異術。
落水と平将門からしてみれば、そう驚異となるような相手ではなかった。
落水が鯉口を切って抜刀する。
敵であると断定できた以上、やることは一つ。
「貴様らの好きにはさせぬ。我らが十山城、触れさせはせぬぞ」
「ならどうする」
「殺す」
この言葉と同時に布伝がガガニの真横に出現する。
ギョロリと目玉でその姿を捉えたが既に遅い。
足元にいたヤガニ衆は何とか槍を向けようとするが、布伝が振るった攻撃だけで簡単に吹き飛んでしまった。
体が小さく、軽く、弱い。
人間を相手にした場合にのみ真価を発揮するヤガニ衆は、布伝の敵ではなかった。
強く絞った肉体が音を鳴らす。
旅籠から賜った直刀がガガニの貝殻を簡単に切断した。
その斬撃は貝殻を切っただけに留まらず、少し離れた磯丸にも直撃する。
ガチンと音が鳴ったが、磯丸は無傷だったようだ。
「ギチチ」
しかしガガニは仕留めた。
貝殻についていた目玉すらも両断したのだ。
緑の鮮血が大量に舞っており、地面にも水溜りが出来ていた。
……だが、ガヤニ衆が消えない。
本体であるガガニが死んだのであれば、分身であるヤガニ衆も消えなければおかしいのだ。
それに気づいた布伝はすぐさま後退する。
獣である木夢も何か異変に気付いたらしく、攻撃に転じようとしていた無形を咥えて後退した。
三体の行動に気づいた平将門と落水は構えを取ったまま警戒し続ける。
──びちゃ。
両断された貝殻から、人間の手が飛び出した。
緑色の血に染まりながら腕で体を持ち上げる。
ギョロリと動く飛び出しそうなまでに見開かれた緑色の眼光は恐ろしく、歯を食い縛りながら睨み付ける様子を見るに相当ご立腹のようだった。
全身を甲冑で覆っており、動く度にガシャシャと音を立てる。
平安時代くらいの大鎧。
腰には大太刀を佩いており、抜け殻となったガガニから飛び出して着地する。
「……将門」
『知らぬ……。異形が人の姿を取り戻すなど、知らぬ……!』
「旅籠が言っておったではないか。黒細が人だったと」
『あれは夢……魂との最後の対話。それ故に本来の姿を見たのだと……思っていたが……』
「知らんなら、教えたらぁ」
人の姿となったガガニが指を振る。
すると小さかったヤガニ衆に変化が訪れた。
パキンッと貝殻が割れ、そこを起点に体が大きくなっていく。
パキバキと嫌な音を立てているが、痛がる素振りは見せない。
そのまま変形を続けたあと、ついに止まった。
人の背ほどに大きくなったヤガニ衆。
頭部には目玉のついた貝殻が鎮座し、身体についてはヤドカリの肉体が肥大化し、脚も長くなって六本足で自立している。
持っていた武器も長く、そして強固になったらしい。
水草やイソギンチャクなどの海産物を付着させながらこちらを睨む彼らは、明らかに常軌を逸した存在へと成り変わった。
「名を与えられた異形はな……二度死なねば、死なんのじゃあ……」
ガガニが荒々しく抜刀する。
これを境に、ヤガニ衆が攻勢へと転じたのだった。




