17.9.一難は去る
あまりにも強い力で殴ったためにへし折れた指を無理やり直す。
パキバキと音を立てて元の形に戻した後、治癒能力で完治させた。
今回は雪野の力があってなんとか敵を退けることができたが、これで終りではないということを山本は知っている。
なんせ、まだ殺せたわけではないのだから。
怒泥と照。
継矢海里守常治に名を与えられ、最後まで共に戦い続けた異形だ。
そんな二体がこの程度のことでやられるはずがない。
なんなら照は分身しか寄こさないし、怒泥は異形の中で最強の硬度を誇る。
あの一撃は山本の中で渾身に入る部類だったが、手応えはあまり感じなかった。
恐らくまだ生きているだろう。
後ろを振り返り、集まっている四人を見る。
案山子夜と雪野は己の正体を知っているので、驚くこともなければ警戒することもしない。
しかし早瀬と鍵城は別だ。
明らかに人のなせる業ではない動きを見て、少し警戒している。
これは正直に語るしかなさそうだ。
「山本殿」
「何か聞きたいことがあるか、鍵城」
「……いや」
思っていた反応と違う言葉を聞いて、山本は目を丸くした。
てっきり正体を聞かれると思ったが……どうもその気はないらしい。
「……世話になり続けた人を疑う意味はない。人の味方であるなら尚更さ」
「変わった小僧だ」
「ええー! 俺聞きたいんだけどー!?」
「馬鹿! 察せよ! なんか理由があるに決まってんだろ! それを聞くのは野暮だろうが!」
「そうかもしれんけどさ~!?」
早瀬と鍵城がやいのやいのと言い合っているのを呆れながら見る雪野。
話が進まない、と思い二人のやり取りを無視して山本に問う。
「敵は」
「おそらく、死んでおらぬ。だがこちらに金巫女がいる以上、もう手出しはしてこぬだろう。されど、次は対策を講じてくる」
「対策ですか」
「術返しを有す異形。間違いなく奴が出張ってくる」
「その者の名は分かりますかな?」
「天千……。鏡の異形だ」
山本が初めて難しい顔をした。
その様子からどれだけ厄介な相手であるかが理解できる。
すると、山本は案山子夜を見た。
人の姿となっていたことは気づいていたが、顔はよく見ていなかったらしい。
ようやく目を合わせたことで彼の顔は驚愕に変わる。
「……定籾……!?」
「……誰ですかな?」
「案山子夜……貴様の魂は、あいつのものだったか……!」
「誰ですかな?」
「……渡り者……定籾示現。相当昔の、秋の颪」
「否」
案山子夜は首を横に振る。
ドンと胸に手を置き、睨みつけるように言葉を放つ。
「我が名は案山子夜。今も昔も、わてはこの名ですぞ」
「そう、だな。すまぬ」
素直に謝罪した山本。
魂の名など何度も変わるものなのだ。
一つの名を知っていたとして、今を生きる彼の名前を否定することは無粋。
案山子夜も気にしている様子はなかったので、とりあえずこの話はここで切る。
「……で、これからどうする」
「早瀬さん、鍵城さん。不落城はどうなりました?」
「異形たちに勝利して取り戻した。だが小さな継ぎ接ぎが急に現れて、代果城にいた人全員を移動させてきた……」
「継ぎ接ぎ!? 月芽ちゃんは止めていたはずよ!?」
「いや、あれは月芽の異術ではありませぬぞ。恐らく、別の継ぎ目移動の持ち主……」
「んで、代果城は消えたらしい……。それを聞いてこっちも大混乱だ。移動してきた人たちも正気を失って話にならん……」
これが、異形に勝利してすぐの出来事だった。
帰る所を失ったのもそうだが、今は新たな敵が出現したことに危機感を持っている。
照はこの不落城を破壊するためにやってきたと言っていた。
それが何故なのかもわからないし、わざわざ代果城にいる人々をこちらに移動させる意味も分からない。
殺す気であれば生かす必要はないはずなのに。
「山本殿。過去の異形を知っておるのであれば、奴らの意図……読み解けませぬかな?」
「……分からぬ。何故奴らが目覚めたかも……」
「あ、それは……さっき照って奴が、主が目覚めたからって言ってました!」
「主……? 継矢が……?」
顎に手を当て、思案する。
あの大戦を終わらせた張本人が、どうやって目覚めたのか。
またあの悲劇が起きないように様々なことを取り決め、没した男が何故悲劇を繰り返そうとしているのかが分からなかった。
ただ、何の考えもなしに動くような男ではないことは知っている。
「……まさか……」
「皆さん! ご無事ですか!」
すると、遠くから大きな声が聞こえてきた。
見てみれば孫六と、もう一人同じ年齢の男が速い速度でこちらに走ってきている。
すぐに近づいた二人は敵がいないということに安堵し、一旦息を整えた。
「孫六さん!」
「ふぅ……。先ほど、案山子の異形がこちらへ来ませんでしたか? 何かと戦っているようでしたが……」
「……」
「お、俺たちを守って……どっか行きました!」
「……なるほど」
咄嗟に機転を利かせて嘘を放った早瀬だったが、孫六は眉を寄せた。
ちら、と人の姿となった案山子夜を見る。
「お前、馬鹿だろ……」
鍵城が白い目で早瀬を見る。
「え」
「早瀬さん。もうちょっと周り見た方がいいわ」
「雪野まで!?」
どうにも気づいていないようなので、雪野は小さくため息を吐いて指をさす。
その先には案山子夜が持っている両刀切天秤槍があった。
「だって案山子夜さん、この姿になっても持ってる武器変わってないもん」
「あ」
「いや、案山子の異形を貴方たちが信頼しているということが分かっただけでも十分です。早瀬殿と鍵城殿を守っていただき、感謝する」
「わてが勝手に動いただけのことですぞ」
「しかし……何故……」
「説明はしませぬぞ。面倒ですからな」
「分かりました」
どうして人の姿になっているのか、と疑問を口にしようとしたところで案山子夜に止められる。
早瀬と鍵城はこの現象を一度見ているのですぐに受け入れたが、見ていなければ気になるというもの。
とはいえ説明を拒否されてしまったので、諦めて口を閉ざす。
そこで孫六と共に来た男が口を開く。
「では、一度戻るべきであろうな。道中で話は聞いた。異形よ。和平を結ぶつもりがあるようだな」
「え!?」
「……左様」
驚いたのは雪野だった。
このタイミングで案山子夜が提案しているとは思わなかったのだ。
すると、山本が口をはさむ。
「お主、葉桐だな?」
「うむ。代果城城主、葉桐成安である」
「今、異形の第二勢力が力を蓄えている。今まで戦っていたのは旅籠異形軍。されど此度からの戦は継矢異形軍を相手にせねばならぬ。奴らに勝るには……異形、人間、ひいては妖と手を組まねばならぬ」
これに葉桐が反応した。
「……妖と、だと……?」
「継矢異形軍は、恐らく目に映る者共を尽く潰しにかかる。……次の戦は近い。まずは旅籠異形軍との和平を急ぐべきだ」
「その妖が継矢を呼んだのだぞ」
「なに……?」
葉桐は代果城で起きたことを全て説明した。
その主犯が小空という狐であることも。
「戦い、和平を望む異形はともかく。この事態を引き起こした妖と手を組む事は出来ぬ」
小空が主犯だったことに、山本はようやく腑に落ちたらしい。
片手で顔を覆って誰にも聞かれない小さな声で呟く。
そういうことか……。あの馬鹿狐め……。
やるなら見られていないところでやれ、と心底思ったが今更どうしようもない。
これは葉桐の言うことが正しいので、山本からはもう何も言えることはなかった。
だが、雪野はそれを聞いて手を上げる。
相手は代果城の城主だが、それでも臆さず前に出た。
「葉桐さん。それは、その狐だけではだめでしょうか」
「……」
「一匹がやったことで、全ての妖が悪と判断するのは浅はかです。確かに今まで妖とは戦い続けてきましたし、その怨嗟は深いと思います。しかし、今は共通の敵が出現しました。葉桐さんもここに飛ばされたんですよね? であれば、その異形たちの力は分かるはずです」
葉桐もこれには頷く。
あれほどの力は見たこともないし、確かに恐ろしいものだった。
一人で一国を相手できるほどであったと、葉桐自身も気づいている。
雪野は畳みかけるように一歩前に出た。
「手を組んで信頼できるかどうかはさておき、同じ敵を討つための協力は必要なはずです」
まっすぐ、力強い目を見ながら葉桐は腕を組む。
女にここまで言われるとは。
だが……彼女の言葉はただ己を説得するために放ったものではなかったような気がする。
何か守りたいものがあるのだろう。
己もそうだったから、その瞳の力強さの意味がよくわかる。
共通の敵を討つために、過去の怨嗟を断ち切ることが果たしてできるだろうか。
一時の協力だとしても、妖は妖、人は人。
その違いに嫌悪する者は未だ多いだろう。
もし協力するということになっても、碌に連携は取れない気がする。
だが雪野はそれを目標にして手を組むことを提案しているわけではない。
互いが争わないようにすることができるだけで十分なのだ。
これに気づいた葉桐は、ようやく口を開く。
「……よいだろう」
「っ! ありがとござい──」
「ただし。こちらからは歩み寄らぬ。それが最低条件だ」
「十分です」
妖怪陣営がどうでるかは分からないし、今のところ協力の目処も立っていない。
現状でこれが決められただけで十分だ。
となれば、取り急ぎ異形たちとの和平を実現するために席を設けなければならないだろう。
「案山子夜さん。頼めますか」
「承知しましたぞ。だがこちらからは報せを届けられませんからな。暫く待ちですぞ」
「じゃあその間に会合の場所を。書面などの準備もいるでしょう。場所はどこがいいですかね」
「……ここ、不落城で良いかと」
これには全員が驚く。
異形からすればここは敵地だ。
そんな場所を案山子夜が選ぶとは思っていなかったが、これには理由があるらしい。
「人にも報せねばなりませんからな。その姿を見せれば、多少は変わるはずですぞ。上で取り決めた事を伝えるより、見せた方が早いですからな」
「では、不落城にいる者たちには予め周知させておこう。驚かぬように、とな」
「任せましたぞ」
葉桐は踵を返し、一足先に不落城へと戻った。
あとを追いかけてきた家臣団がようやく追い付いた、と息を切らしている横を通りすぎる。
「「葉桐様ぁ!?」」
「戻るぞ」
「そんなっ!」
ヘロヘロになりながら再びその背中を追う彼らを見送ると、山本がゆっくりと不落城へ歩きだした。
これに他の全員も続く。
「一難は去った。されど、ここからだ。気張れよ」
和平が上手くいくかは不透明。
だが、ここで実現できれば……旅籠と戦わなくてもよくなる。
絶対に成功させる、と胸の内で誓った雪野は、一度深呼吸をしてから前を向いたのだった。




