17.8.戦う理由
ぶつかり合った両者は盛大な火花を散らした。
拳と刃が弾きあうと衝撃波が発生し、とてもではないが生身の人間では近づく事すらできない。
リーチの差で勝る山本だったが、手数で勝る人の姿となった怒泥相手だとその実力は拮抗していた。
一撃全てが致命傷になり得る火力であり、一瞬でも気が緩めばすぐさま決着が着くだろう。
流石にこの緊張感を楽しむ余裕はないのか、笑っていた怒泥も表情を切り替えて真剣な様子となっていた。
コロ……と山本の懐から賽の目が落ちる。
一瞬の隙を突いて賽を振ったのだ。
「四の目・化けの皮!」
「化結晶!」
本来の姿から放たれる火力を、小さく閉じ込めた肉体で一点を穿つ斬撃に変える化けの皮。
横から振るわれた斬撃の悍ましさを感じ取った怒泥は、すぐ様異術を使って対抗する。
鉄の拳を美しい結晶の拳へと変化させて刃を殴り飛ばした。
これがぶつかり合った瞬間、一度、二度、三度の衝撃が周囲を襲う。
「ぬおおおおお……!!」
「お、おい! どうなってんだまじで! 山本さんってなんなんだ!? 人じゃねえのか!?」
「明らかに人じゃねえだろこれ! だけど……」
「っ……! 味方、なんだよな……!?」
「て~るて~るぼ~うず~♪」
「「!!?」」
真横に、照がいた。
吹き飛ばされていたはずだったがいつの間に戻ってきたのか。
反応が遅れた二人だったがすぐに斬りかかる。
だが照はすぐに空中へと避難してしまい、二人の攻撃はやはり届かない。
「て~るぼ~うず~♪」
「くそっ!」
「そ~なた~のンブッ!?」
「させませぬぞ!!」
年功を使って急接近してきた案山子夜が、鉤爪のような足で照の顔面を鷲掴む。
思い切り蹴り飛ばす格好となり、地面へと押し付けて蹴り飛ばす。
「んべっへえ!?」
「打撃は、効くのですな」
ようやく活路を見出したところで、案山子夜は振り返る。
今回は完全に己の判断ミスだ。
あの二人と一緒であれば勝てる敵だと思っていたが、全くそんなことのない規格外な相手だった。
案山子夜すら精一杯な相手にあの二人が敵うはずもない。
連れてきたのは大失敗だった。
しかし、逃がす間がない。
厄介なのは照の異術が歌であり、聴覚に関するものであるということ。
歌が現実になるように仕向ける異術など、対処のしようがないではないか。
逃がしている間に攻撃されては守れない。
となればまだ近くにいてくれた方がましなのだ。
「このぉ……!」
「歌わせなければよい、ですな?」
「否!」
「なに……!?」
ぼしゅ。
照の体が急にしぼみ、最後には姿が消えてしまった。
「……! 実体では……ない……!!」
『『そうさ~!』』
「こ、こやつ……! 黒細と似たような異術を……!!」
三人は上を見る。
そこには数百体に及ぶ照の分身が浮遊していた。
『ねえ、お前さ。僕のこと倒せるって思ったでしょ。確かに打撃には弱いよ? でもさ、それだけなんだ。弱いだけで、死にはしない。ねえねえ、歴史知ってるんでしょ? じゃあさ?』
不気味に響く声色が、周囲を覆っていく。
四方八方から似たような声が響いており、気分が悪い。
『僕ら、生き残りぞ? この意味、分かるよね?』
「「て~るて~るぼ~うず~♪ て~るぼ~うず~♪」」
分身の内、二体が歌い出す。
ご丁寧に歌っている分身が目立つように、二体だけ動きが違う。
何が来るか警戒していた案山子夜に、照の分身は異術をぶつける。
「「そ~なた~の体~♪ ふ~きとばす~♪」」
ベッギョ。
「ガッ……!?」
左右からの空圧。
気配を感じて咄嗟に回避を試みたが、左半身が潰された。
「案山子夜!!」
「お、おいおいおいおい!! どうすんだこれ! ……どうしたら、勝てるんだ……!?」
案山子夜が倒れかける。
だが残った右半身を使って腕を振るい、両刀切天秤槍を地面に突き立てて杖にした。
旅籠からもらったものをこうして使うのは申し訳なかったが、ここで倒れるわけにはいかない。
とはいえ、状況は更に悪くなった。
流石は生き残り続けた異形というべきか。
照の異術は分身と歌だけだであることは間違いないのだが、分身一人一人にその力が備わっている。
先ほどの体を押しつぶすほどの空圧は二人で発動し、二方向から飛んできた。
これつまり……分身が歌を歌うほど、その力が歌った分身の分だけ襲って来るという事。
「……勝てぬ……! ぐっ……!」
「おい大丈夫か案山子夜!!」
「ご友人……!」
倒れかけた案山子夜を、早瀬が支える。
彼の体は軽いので一人でも余裕で支えることが出きったようだ。
だが、その傷はやはり深刻だ。
先ほど治癒したばかりだったが、今回の傷はあれだけでは治せない。
この傷で生きていることに驚きはしたが、早瀬は案山子夜を見る。
「お前、なんで戦うんだ。ほっとけば、俺たちはこいつらにやられて城は堕ちる。なのにどうして俺らを守る!? 和平のためなのは知ってるが、異形たちにとって人間がいなくなればそれでいいんじゃねえのかよ!」
確かに、そうだ。
案山子夜が彼らに提案した和平とは、これ以上人間と異形が争わず、死者を出さないようにすることを目的としている。
彼らの陣営である異形が死ななければ、この戦いに干渉する必要はない。
勝手に人間が滅びる分には問題がないはずなのだ。
だが、そうではない。
そうではないのだ!
「何故……ですかな……? 愚問ですぞ……」
早瀬の肩を借りて両刀切天秤槍を地面から抜く。
「わてらとて、人と同じ心を持ちますぞ。旅籠様がわてら異形を大切にするはこの心得。異形が死ねば、旅籠様が苦しむ……! それは、もう避けねばなりませぬぞ!」
「……」
「和平を実現させるに、人は必要! わては今、旅籠様……異形共を、人を! 守る責務があるのですぞ!」
人がいてその和平。
そんな彼らがどこの馬とも知らない異形たちに蹂躙されて殺されるのは見過ごせない。
今、月芽と由海が和平を進めるために行動を起こしているはずだ。
向こうで着実に計画が進んでいるのに、こちらで不備があってはならない。
パキ、と案山子夜の体から音がした。
違和感に気づいた早瀬がそちらを見てみれば、傷口が塞がりつつある。
「もう……旅籠様を……修羅には落としませぬぞ!!」
バギリッ!
一際大きな音が鳴ったと同時、案山子夜の肉体に変化が訪れる。
欠損した部位が再生し、血肉の通った肉が出現した。
体全体にも金繊維が走って体を形成し、笠を被った和服の男が出現する。
黒と緑を基調とした羽織には竹の刺繍が施されていた。
その下に着ている服は少し派手目の茜色。
華奢な体に見えるがしっかりと鍛え抜かれた肉体であるということが、袂から覗く腕を見ただけで把握できた。
歳は三十代半ばくらいだろうか。
黒く長い髪の毛は少しばかり傷んでいるようだが、どれもまっすぐ伸びていた。
ゆっくりと開かれた眼球は黄色く、その目から放たれる鋭さはまるで刃のようだ。
「……か、案山子夜……お前……。その、服……」
案山子夜が下に着ている茜色の和服。
この色は……現秋の颪、萩間孫六の羽織とほぼ同じような気がした。
この問いに彼は答えない。
ただ眼前の敵をいかにして倒すかだけを思案しているようだ。
「フー……。早瀬殿、本体を探してくだされ」
「……わかった!」
ここに無駄な会話は必要ない。
先ほど、照が消える場面も見ていたのであれが本体ではないということくらいは把握している。
バッと動いて鍵城の腕をつかむ。
「おい! 本体を探せ!」
「ああん!? 端からやってんだわ舐めんな!」
「流石~!」
『『て~るて~るぼ~うず~♪ て~るぼ~うず~♪』』
あの歌だ。
すぐさま警戒して構えを取るが、どんな攻撃が来るか分かったものではない。
しかし、その歌は途中で途切れる。
「稲嵯虚心流・流々天」
バゴガガゴンッ!!!!
瞬時に移動した案山子夜が両刀切天秤槍の峰で分身を無力化した。
分身が大量にいる事でそれらが足場となり、空中戦での自由度が広がったのだ。
「んなっ!?」
「させませぬぞ。此度こそ!!」
「じゃあこれならどうかな!」
『『『『『『『『『『て~るて~るぼ~うず~♪』』』』』』』』』』
分身が、全員で歌い出した。
数百を超える分身を一人で捌ききるには流石に無理がある。
どうする、と案山子夜が悩んだその瞬間、分身たちすべてを取り囲むほどの大きな結界が出現した。
それと同時に分身の過半数が消滅する。
「えっ!? ええ!? こ、これってぇ……」
「守の御力」
「ぐっ!?」
静かな動きで手を伸ばし、その先にいる照へ守の御力が直撃する。
力を大幅に奪われたようで、その場にいた分身は全員消滅してしまった。
これと同時に結界も霧散する。
しかし守の御力は継続しているようで、再び分身が出現する様子はなかった。
「雪野ー!!」
「貴方たち、足引っ張ってどうすんのよ」
「「無理だって!!!!」」
「巫女がいるなら、なんとでもなりますな?」
「……その声、案山子夜さん……?」
「それより向こうを頼みますぞ」
「あ、はい!」
案山子夜が指で示すのは山本が戦っている場所だ。
すぐさま守の御力を向ければ、怒泥の動きが急激に鈍くなる。
「!? これは、金巫女!?」
「終いだ!」
コロッ……。
タイミングを読んでいたのか、丁度良く賽の目が出目を示す。
出たのは一と三。
使う術は……。
「四の目! 化けの皮!!」
強く握った拳が怒泥の顔面を捉えた。
殴ってから体が反応するまでに一拍あり、ようやく殴られたことに気づいた肉体が思い切り吹き飛んでいく。
木々をへし折りながら転がり、岩すらも砕いて崖に激突したところでようやく止まったらしい。
既にここからではどうなったか分からないほど遠くまで飛んで行ったようだ。
殴り飛ばした腕を振るいながら、山本はようやく構えを解く。
「……我が友との約束事。未だ有効なり」




