17.7.起きてきた異形共
「あかんて」
「……ヤバすぎんだろ……」
案山子夜が、吹き飛んだ。
飛んできた野球ボールを思い切り打ち返したかのように吹き飛んで行ったのだ。
どう考えても敵うような相手ではない。
歌が現実になる異術。
こんなのをどうやって阻止すればいいというのだろうか。
照はようやく案山子夜を倒せたことに満足したらしい。
へらへらと響くような笑い声で喉を転がしながら、空中で楽し気に漂っている。
いつこちらに敵意が向くか分からないこの状況。
恐怖から握っている日本刀が小刻みに揺れてしまう。
何より厄介なのが攻撃しても死なないということだ。
これは先ほど案山子夜が何度も攻撃をしていたのでよくわかっていた。
しっかり体は両断されるが、死ぬことは絶対にない。
不死身というのが最も適切だろうか。
となれば有効になるのが早瀬の刀だ。
誰一人として斬ることができなかった黒細に傷をつけることができたこれであれば、攻撃は通る可能性がある。
しかし照は空中を浮遊しており、早瀬の思考体術をもってしても届かない。
案山子夜も空中戦を強いられて吹き飛ばされてしまったのだ。
跳躍したら重力に従って落ちるしかないので、途中から照の独壇場となる。
勝てない……刃が届かないから当然だ。
届いたとしても死なないので話にならない。
これを何とかする術は一つあるが、それは巫女の到着を待つことだ。
となれば時間を稼ぐしかない。
それも戦わずにだ。
これは鍵城も理解したらしく、一瞬だけ視線を合わせて頷きあう。
「へへへへ~。やった~」
「お前……なんだ、なんだお前……」
「ん~? 見ての通りじゃな~い?」
「普通の異形じゃないだろ……。てかなんで異形同士で戦う必要があるんだ?」
「主が違うからねぇ」
「主が違うと戦うのか?」
ふわっと垂直に立った照が、ストンと地面に降りてくる。
「そりゃそうだよ。僕たちは争い続けてた。まぁ、敵は異形人の方が多かったけどね。でも異形もいたかなあ。あいつらは強かった」
「異形人が消えた戦いか……」
「わあ、よく知ってるね。あれ相当昔の戦だよ?」
「文献が残っていたんでな」
「文献……」
光る頭がコテンと傾いた。
落ちそうになるがやはりあれは肉体の一部なのだろう。
ある程度傾いたところで完全に停止した。
「……夢芽か」
古い仲間を思い出したようで、少し懐かしさに浸っているように感じられた。
表情が全く読み取れないため声色だけで判断することになったが、照の感情はよくわかった。
それと同時に照の頭が少し強く光る。
「おお、皆起きてきた」
「「……は?」」
「ん~? んふふ、僕は早起きなんだ。君たちも異形を知ってるなら分かるでしょ? 異形の主が従えるは一体に非ず~ってね」
言われなくとも分かっていたが、この照が言うのは……。
二千年前の戦いに参戦した……名前を持つ異形たちのことだろう。
それが今目覚め、こちらに敵意を向けてくるのであれば……。
非常に、いや確実に危険な存在だった。
会話でなんとか時間を稼ごうとしたつもりだったが、先程の話が衝撃的すぎて言葉が出てこない。
鍵城も同じだったらしく、ひきつった笑みを浮かべていた。
目の前にいる異形と同等の力を有した異形が、起きてきたのだ。
それが今どこに向かっているのか。
主の場所か、それともここか。
「あれ? どうしたの? 喋らないね」
「……」
「……お前らは、何体いるんだ……。起きてきた、異形の数は……!」
「さ~ねぇ~。どれだけ残ってたのか僕も知らないし~。まぁ少なくとも……七人は起きてきたかな? ねっ、怒泥」
「そうだな」
「「!?」」
ベゴ、と地面が隆起した。
砂や土が体から流れ落ち、その隙間から黄色い目玉がギョロリと浮かぶ。
尖った角は鋭利であり、窪んだ位置にある眼球は保護膜で覆われていた。
照の十倍はあるだろう体躯は土で作られているようで、ゴーレムの上半身のような姿をしている。
下半身は埋まっていて見えなかった。
怒泥、と呼ばれた異形は目の前にいる人間二人へ視線を落とす。
体に付着している土を払いながら、照に問いかけた。
「照。何故殺さんのだ」
「え? いつでも殺せるから。ちょっとお話ししてたんだよね~」
「実りある対話だったか?」
「人からすればそうじゃな~い?」
「こちらに実りはなしか! 意味のない会話など不要だろう!」
「わ~! 怒泥が怒鳴った~! ンドロドロドロドロ~!」
「ガキか貴様は!」
「子供で~す!」
ケラケラと笑いながら飛び回る照を、鬱陶しそうに手で払う怒泥。
苛立ちが増したのか、大きな舌打ちを打って腕を上げた。
「じゃあ、もういいな」
「「ッ!!」」
ぐっと握りこぶしを作り、こちらへ叩きつけてくる。
体躯が大きいのはそうだが、それにしても速度が速い。
目を見張った二人は咄嗟にその場を離れようとするが、到底間に合わなさそうだった。
刹那、その間に影が差す。
真っ黒なシルエットが二人の前に出現し、キチッと子気味の良い音を立てた。
シンッ……!
怒泥の腕がピタリと止まる。
腕に強い違和感を覚えたところで、指先から肘までが細切れになって霧散した。
「んぬう? その剣戟……! はは! 山本か!」
「どういうつもりだ怒泥ぉ……!」
腕を振るって霧散した土埃を一気に押し退ける。
突風が照を押しのけ、早瀬と鍵城の服を乱暴にはためかせた。
腕を斬られた怒泥だったが、地面に手を突っ込んで持ち上げれば既に完治していた。
凄まじい再生能力。
体が土で出来ているので、あの程度では傷の内に入らないのかもしれない。
「や、山本さん……!」
「二人は下がれい! 人の身で相手できる異形ではない!」
「ひ、人の身……? それは山本さんもでしょう!」
「……んん? 山本。貴様、まさかとは思うが正体を明かしておらんのか」
山本は無表情のままだ。
それを見て怒泥は黄色い目玉を細くしてにんまりと笑う。
「聞け、人間! そこにいる山本は──」
「ダメだ怒泥!!!!」
「我が得手とする術を忘れたか」
……キチンッ。
いつの間にか抜刀していた日本刀が納刀されている。
それに気づいたとき、怒泥の体に幾数千の傷が走った。
「気づかぬ間に殺す事よ。六の目、不知覚」
山本の足元には小さな賽の目が落ちていた。
これにいち早く気付いたのは照だったが、一歩遅かったようだ。
斬撃の衝撃が一歩遅れて放たれる。
爆風と斬撃の余波が地面を削り、それをもろに食らった照は簡単に吹き飛んで行った。
背後にいた早瀬と鍵城も突風に耐えるため姿勢を低くしている。
……この突風が収まった時、目の前に怒泥の姿はなかった。
だが、その代わり……。
一人の男が立っていた。
「やり過ぎだろが……」
「チッ。やはり死なぬか」
「死んだわ!!!! だからこうなってんだろうがこんボケエ!!」
刻まれた土塊からは、肌色の濃い男が現れた。
筋肉質に加えて妙にきらびやか。
早瀬からすればチャラチャラしたような人間に見えるのだが、恐らくは本当にそうなのかもしれない。
だがその男の服装を早瀬はよく知っていた。
──現代の……服装。
革ジャンを久方ぶりに見た気がするが、それが今この場にあることでとにかく驚いた。
訳が分からない。
混乱する頭で整理しようとするが、どうしたってまとまらなかった。
「ど、どう、いう……?」
「や、山本さん! どういうことだ! 今の、人が成せる技じゃねえ!!」
「……我は、人の味方よ」
鯉口を切った山本は、目の前にいる男を睨む。
対する男もにんまりと笑って握り拳を作った。
「お前がいちゃあ面倒だ! 山本! お前はここで仕留める!」
「やってみせい、怒泥お!」
拳を鉄色に変えた怒泥と、日本刀を抜刀した山本がぶつかり合って火花を散らした。




