17.6.代果城の結末
案山子夜と早瀬、鍵城が不落城を離れたと同時……。
孫六は巫女と共に見覚えのある人物と接触していた。
颪であるのに跪き、頭を垂れて再会を懐かしむ。
「葉桐様、お久しゅうございます」
「お主は……萩間の……」
「はっ」
家臣団が彼の護衛をしている中、孫六は堂々とした振る舞いで顔を上げた。
古緑は彼との面識は濃いようだが、孫六は本当に久しぶりに対面したのだ。
颪は最前線から動くことがないため、最後に会ったのは颪着任の時だっただろうか。
家臣の一人、久原も孫六のことを覚えていたらしい。
同じように視線を合わせるため膝を着く。
「萩間孫六殿ですな」
「久原様もおかわりないようで」
「だと、よかったのですが……」
「……葉桐様、久原様。何があったか詳しくお聞かせください。代果城が落ちたとは、どういう意味ですか。それに、この様相は……」
少し周囲を見渡せば、怯えて話にならない民たちが目に入る。
何があったらこれだけの人間が一斉に不落城へと飛ばされるのか。
なぜ怯えているのか、代果城はどうなったのか。
二人は孫六の視線だけで何が聞きたいかすぐに理解した。
これには久原が答えてくれるようで、小さく咳払いをする。
「異形だ……。いや、異形人か……」
「なんですと……? いや、異形はもちろん異形人など……代果城におるはずが……」
「狐が呼び出したのだ。炎より出でた。その者が……人を飲み込み、代果城の全てを塵に変えた……」
「……異術、ですか」
二人にとっては聞き馴染みのない言葉だったが、異形が使う術であるとすぐに理解したようではきと頷いた。
異術であればここまでとんでもないことをしでかすのも分かるというもの。
どのような異術かは判断がつかないが、相当力のある異形人が呼び出されたようだ。
「その者の特徴は」
「顔に継ぎ接ぎのある男です」
孫六の眉がピクリと動く。
その特徴は……聞いたことがある。
だが待て、久原は男だと口にした。
孫六が口伝で聞いたのは女の子であり、性別からして違う。
ということは……。
「二人目の、継矢……?」
「二人目とはどういうことですか?」
「敵方の異形に継ぎ接ぎの術を使う者がおります。しかしその者は女子で幼子。久原様の出会った者とは真逆の存在……」
嫌な予感がする。
いや、既にマズい状況になっていることは明白だった。
代果城が異形の手に落ちたというのであれば、人間の勢力は異形に挟み込まれている状況だ。
だが、疑念が残る。
妖怪がどうして異形人を呼びだしたのか……。
異形の味方をしているように見て取れるが、これに葉桐は首を振る。
「奴らは仲違いをした」
「仲違い? 道理ではありますが……」
「いや、違うのだ。そもそも呼び出された異形人の方が狐よりも強く、立場としても上だったように見えた」
「立場ですか」
これには久原も頷いた。
対等に会話をしているように見えはしたが、狐には異形人に対し畏怖があったように思う。
そして術を発動した時……狐は完全に身を引いていた。
これは立場、実力ともに劣っているということに他ならない。
では何故狐はそんな人物を呼び出したのか。
本人に聞かなければわからないところまで来ているが、ある程度推測はできる。
「代果城に商いをしに来た眞金を家臣と勘違いし、狐はあの男を呼び出す手筈を整えた。眞金の口ぶりから男を呼び出せば妖怪に勝てるとでもそそのかしたのだろう。狐は何か別の筋書きがあったのだろうが、思わぬ方向に転がった」
「……その時の会話、覚えておりますか」
「ジャシン……だったか?」
「確かそのような事を口にしておりましたな。男は二千年前に死んだと。それと……どこも敵対している、と狐が口にしたことで男は激怒しましたな」
「敵対に激怒?」
これに久原が頷く。
「そこからは狐の話を聞こうともせず、術を使い我らをここまで……」
「何故生かす必要があったのかは謎だ。こればかりはようわからぬ」
「左様ですか。ありがとうございます」
話は聞けた。
孫六は立ち上がって周囲の状況を確認する。
未だ混乱は広がっているが、次第に落ち着きつつあるようだ。
背後にいた巫女の八重に視線を向ける。
代果城の城主が目の前にいるということで終始気を張りっぱなしだったようだ。
体が固まっていることに気づいた孫六が小さく笑えば、若干緊張がほぐれたらしい。
「八重殿、心配なさるな。さて、取り急ぎこのことを父上に」
「しょ、承知しました!」
古緑もこの場を収めようと尽力しているはずだ。
彼と別れた場所まで八重が小走りで向かったのを確認し、孫六は息を吐く。
今回の戦い、犠牲はやはり多かった。
それに加えてこの混乱だ。
何がどうなっているのか分かっている者は極ごく少数だろう。
そう胸の内で呟いた瞬間、視界の端で小さな光を捉えた。
なんだ、と思ってそちらを睨む。
近くにいた葉桐と家臣たちもその違和感に気づき、同じ方向へと視線を向けた。
その時だった。
ズザアアアアアアッ!!!!
ガゴオオンッ!!!!
「「「!!?」」」
遠くから何かが凄まじい勢いで飛んできた。
それは地面を滑って蔵に激突し、傍に置かれていた板やら桶などをぶちまける。
人であれば明らかに致命傷になり得る威力だった。
だが、飛んできた何かは動いた。
手に持っていた両刀切天秤槍を地面に突きさして立ち上がり、棒でできた体を直しながら足を踏み出す。
鉤爪の生えた脚で地面をしっかりつかんだつもりだったが、これによって脚が折れて膝をつく。
相当なダメージを負ってしまったことで、案山子夜は小さく唸った。
「最悪ですな……」
「お前は……!」
「んん……? ああ、将門殿と手合わせした颪でしたな……」
「知り合いか?」
「敵です。が……これは、どういう……」
この場に案山子夜がいる事を、孫六は訝しんだ。
そもそもおかしいのだ。
彼がこの場にいたのであれば、どうして不落城の防衛に参加しなかったのか。
無傷でこの場に現れたならともかく、今は立つこともままならないほどの重症を負っていた。
違和感。
この案山子夜が孫六にとって敵であることは間違いない。
敵であるはずなのに、なぜか刃を向けることができなかった。
「異形か……!!」
家臣の一人、熊谷が日本刀に手を置きながら前に出る。
これに続くのは宇佐馬であり、同じように日本刀に手を置いてすり足で近づいて行った。
「待て」
二人の行動は葉桐によって阻止される。
危険因子を目の前にして待ったをかけられるとは思っていなかったのだろう。
目を丸くして振り返った。
「な、何故ですか!」
「こやつ、敵意がない」
「……こう、している……暇はないのですぞっ……!」
ズリ、と脚を引きずって立ち上がる。
バランスが悪く、体が傾いているがそれでもどこかへと向かおうとしていた。
とはいえこれでは戦えない。
攻撃してこないことに安堵しつつ、案山子夜は孫六に視線を向ける。
「颪、枝か何か、棒を頂けませぬかな?」
「なに……?」
「……早瀬殿と、冬の子が危うい」
説明している暇はなかった。
しかしこれで動くことができるのが、この孫六という男だった。
先ほど案山子夜がぶつかった場所へと歩いていき、板を何枚か手に取って地面に立てる。
パッと手を離したと同時に抜刀して板を棒に変えてしまった。
その束を片手でつかみ取り、乱暴に放る。
持っていた武器で器用にそれを全て受け取ったあと、棒を体にしまい込んだ。
すると体の傷が癒えて脚も元通りになった。
どういう原理かは分からないがそもそも相手は異形である。
理解する方が無理なのだろう。
「感謝しますぞ」
「お前は、なんだ。何故人を助ける」
「……和平への一助となれば、と」
「なに……!?」
そう口にした後、案山子夜は膝を曲げて戻ってしまった。
異形たちが和平を望んでいる?
馬鹿な、とは思ったがあれほどにまで強い異形がそう口にしたのだ。
間違いである可能性は、低い。
「……その前に! 葉桐様! 動けますか!」
「妙な共闘だ」
「向かわれるつもりですか!? なりませぬぞ!?」
「否、行かねばならぬぞ久原よ。二人を救わねば。それにあの異形……」
そう言いながら葉桐は走る。
それにすぐ続いたのは孫六であり、家臣団は慌ててその後を追った。
葉桐と案山子夜は初対面だ。
そして敵同士であることは間違いなかったのだが、彼も孫六同様、凄まじい違和感を抱いていた。
これが何かは口で説明できない。
ただ、この場では敵対してはならないと魂が訴えかけてくるのだ。
「似ている」
小さな呟きに、孫六が目を見張る。
「葉桐様も……」
「ああ。先々代か」
「父の前の颪です」
姿はまるで違うが、雰囲気と喋り方が似ていた。
葉桐と孫六はほぼ同年代であり、互いに祖父は既に亡くしているがその姿はしかと覚えている。
孫六が初めて案山子夜を見た時、彼の持っていた武器は槍だった。
だが今は両刀切天秤槍を担いでいる。
その後姿が、先々代の秋の颪にそっくりだったのだ。
これは人が知るところではないが、異形は渡り者の成れの果て。
この世界の人間ではないので同一人物である可能性はないだろう。
……それに、案山子夜は和平を望んでいた。
異形たちにどういった心境の変化があったか定かではないが、向こうがそう歩み寄るのであれば、こちらも応える義務がある。
彼が和平の一助として早瀬と鍵城を救うのであれば、こちらも助太刀するが筋。
「駆け抜けますぞ、葉桐様」
「よかろう」
ダンッと地面を蹴った途端、二人は背後の家臣を置いていく速度で駆け抜ける。
この混乱の中で人々が無防備な中、彼は人知れず戦っていたのだ。
それを無視して任せるなど、彼らにはできなかった。
一秒でも早くその場に。
その想いが二人の駆ける速度を増していく。




