17.5.異変
飛んできたのは原形をかろうじて留めている天狗だった。
四肢はほとんどがもげているが、特徴的な翼と衣服で判別できたらしい。
なんで天狗がこんなところまで飛ばされてきたのだろうか。
家屋を破壊するほどの勢いで吹き飛ばされてきたのだとすれば、相当な威力だったはずだ。
……それに、天狗の速さ以上で攻撃をされた可能性もある。
三名が見ている遠くへと私も視線を向けると、何かがこちらに接近していた。
それはすぐさま私たちがいる付近まで接近し、空中で停滞する。
「異形共……!」
「芦山殿!」
「ああ、あいつね!?」
月芽がぱたぱたと外に出て姿を確認してくれた。
私は合うのが久しぶりだが、月芽と由海は何度か面識があった天狗だ。
……って他の異形たちの敵意がヤバい。
ちょっと待って攻撃しないで?
「皆待って! さっき話に合った天狗だ!」
「ギュチ……」
「布伝、力入れるのやめてね? なんか、話があるみたいだし」
私の合図で全員がようやく武器を下ろした。
まぁ妖怪にだけは私の意思に限らず異形個人が嫌ってるだろうしね……。
でもあいつは、何かを伝えに来たっぽい。
その表情からただ事ではないということが分かった。
なにせ敵対している異形の集会に単身で乗り込んでくるような奴だからね。
……それだけ良くないことが起きてるのかもしれないけど。
「おい天狗ぅ! どうした何があった!」
「……異形の主か……。丁度いい……!」
そこで芦山が口から血を吐いた。
空中で停滞していることが不可能になったようで、そのまま地面に不時着する。
うつ伏せになって倒れたことで気づいたのだが、彼の背中は大きな爪に引き裂かれたかのような傷がつけられていた。
妖力で何とか止血しているようだったが、それも限界に近い。
月芽が傷を塞ぐために飛び出したと同時に、由海が目を見開いて驚愕する。
一歩下がって怖気、ぺたんと座り込んだ。
「ど、どうした由海!」
「……こ、これ、は……。なんと……」
遠くの状況を、彼女は全て理解したらしい。
芦山が口にできなかったことを、旅籠に向けて伝えた。
「代果城が、消えました……」
「……なに……?」
◆
「どういうことだ!!」
「言葉の通りでございます! 代果城……消滅!!」
「それが何故かと問うておるのだ!!」
「わ、わかりませぬ!」
先ほど取り返したばかりの不落城で、混乱と怒声が響きまわっていた。
城を異形の手から取り返したことに宴会ムードだったはずだが、その時間はあまりにも短かった。
時間にして十七分ほどだろうか。
地面に小さな継ぎ接ぎが伸び、そこから代果城にいたはずの住民や兵士たちが大量に放り出されたのである。
新たな敵かと思ったが、どうも知っている顔もいた。
風たちは混乱しながら話を聞いてみれば、不落城のすべてが塵になったと誰もが口にしたのである。
それはすぐさま颪に届く。
話を聞いた古緑はすぐさま情報をかき集めてまとめさせ、報告させたのだ。
だがそれはあまりにも信じがたい内容。
そもそも代果城の人間が一瞬でこの地に移動してくることが異常なのだ。
加えて彼らが口にしていることが意味不明。
塵、とはどういうことなのだろうか。
「な、何がどうなってんだ……」
「さっぱりだ! おい、塵ってなんだ! 向こうで何があったってんだ!!」
「ヒィイイ……!」
「くそっ! 話にならねえ!」
鍵城が急に出現した村民の腕を掴んで問いただすが、怯えて会話をすることができない。
そんな人たちがほとんどであり、大半は頭を抱えてうずくまっている。
案山子夜もその場にいるのだが、ここで正体を見られると厄介なことになりそうだったので、今は座ってミノムシのようになっていた。
笠の隙間から様子は伺っているのだが、この状況は彼自身もよく把握できない。
(……月芽の異術……? いや、月芽の継ぎ目移動は大きく、一塊でなければなりませぬな。だが今のは、一人に付き一つの小さな継ぎ接ぎ……。これは……)
ギョロ、と案山子夜の目が動く。
「……ご友人」
「ねえこれどうなってん!? これってあの継ぎ接ぎの子供の能力だよなあ!?」
「いや知らねえよ! それは今雪野が止めてんだろ!?」
「ご友人」
「でもこれはあの能力だろー!?」
「そうだけどなんで人間!? 異形じゃなくてなんで人間が来るの!?」
「ご友人とその連れ」
「「えっ」」
案山子夜が立ち上がり、二人を脇に抱える。
「ちょ!? お前まさかこの時を狙って!!」
「否。敵の気配がありますぞ」
「……待って? なんかこれ嫌な予感がす──」
「跳びますぞ」
ボッ──。
案山子夜は地面を蹴り飛ばし、軽い体を活かしながら城下の外へと向かう。
急な移動で脇に抱えられた二人は一瞬で目を回し、気づいたときには地面に寝転がっていた。
「な……なに、が……?」
「おえええ……」
「寝ている暇はないですぞ。前を」
「あ、ああ……?」
案山子夜は一足先に前へ出る。
両刀切天秤槍を背中で回して戦闘態勢に入ったところで、二人はその先にいる存在を目にした。
……太陽、と表現するのがいいだろうか。
まったく眩しくはないのだが、顔面が真ん丸で発光しており、分離している。
てるてる坊主の様な服を身に纏っているように思えたが、どうやら違う。
風で衣服が揺らめくとその下には何もないということが分かった。
あれ自体が体なのだ。
てるてる坊主の頭と体が分離している異形。
尚且つ顔面は発光しているという奇妙な存在が、ふわりゆらりと近づいてきていた。
「何者ですかな?」
「……照。お前、名はないんだね」
「案山子夜」
「そう言うことじゃないんだよな~!」
常にエコーが掛けられているような声。
聞いていると不快感が襲って来るような、汚い声だった。
早瀬と鍵城も何とか立ち上がり、頭を振るって得物を握る。
それを見た照は、楽しそうに体を揺らした。
「へへへへへへ」
「何用ですかな?」
「主が目覚めた!! 主が!! 主の声を、伝え聞いた……! 僕の役目は! この城を壊すこと!!」
「「は?」」
「貴様……」
響き渡るような笑い声を出しながら、照は宙を舞う。
明らかに何かしらの攻撃準備をしているが、これに対処する前に早瀬が案山子夜に詰め寄った。
「おい案山子夜! こいつはなんだ! お前の仲間か!?」
「知りませぬな。こやつは旅籠様の配下ではありませぬぞ」
「なんだと……? じゃあこいつ……誰の……」
「へへへへ!! て~るて~るぼ~うず~、て~るぼ~うず~♪ そ~なた~の首をチョンッと切~るぞ~♪」
ギャギヂンッ!!!!
照が歌い終わった刹那、案山子夜が咄嗟に反応して早瀬と鍵城の首元に出現した斬撃を弾き飛ばした。
いつも冷静沈着で事に当たる彼でも、冷や汗を流すほどの鋭い攻撃。
全く反応できなかった二人は思わず数歩後ろに下がった。
「あれ? すごいね?」
「……こ、こやつ……!」
「嘘だろ? え?」
「……死ぬかと思った……」
鍵城が首を押さえて息を切らしている。
反応こそできなかったが、その斬撃の鋭さは肝を冷やすのに十分すぎた。
案山子夜は今ので理解した。
この異形……歌を現実にさせるための異術を有している。
今のように防ぐ事は出来るようだが、回避できる瞬間はほぼ一瞬。
年功を使わなければ到底間に合わないほどの素早く鋭い攻撃だった。
歌の内容が変われば、幾ら年功を使ったとしても間に合わないかもしれない。
防ぐことができるとしても守り切るのは非常に難しいだろう。
「強いですな」
「お前もね~! て~るて~るぼ~うず~、て~るぼ~うず~♪」
「二度は通じませぬぞ」
ズバンッと照の体を両断する。
頭部から真っ二つにするように切ったので、どちらが本体であってもダメージは入るはずだ。
攻撃が言霊ということで厄介だと思ったが、逃げ足などはそう早くはないらしい。
「そ~なた~の体~♪」
「!?」
「火~であ~ぶる~♪」
ボッと火花が散ったことを確認した案山子夜は、すぐさまその場を離れた。
次の瞬間には火柱が上がっており地面が黒く焼け焦げる。
「……難儀ですな……!」
三名は未知の異形に冷や汗を流す。
当の本人は楽しそうにふわりと浮かび、切断された肉体を修復していく。
「へへ」
響く不気味な声は、再び歌い始めた。




