17.2.元の……
異形は、元渡り者。
これを聞いていた異形たち全員の顔が驚愕の色の染まっており、旅籠ですら目を見張っていた。
何を言っているのかさっぱりわからない。
そんなことが本当にあり得るのか……?
だが、あの付臓の発言と黒細の姿……。
付臓が元人間の姿を見ることができる特異な体質だったのだろう。
特徴を事細かく説明してくれたし、彼の見ていた姿は本来の姿だったのかもしれない。
黒細の姿はまごうことなき人間だった。
名づけもしていないのに何故そうなったのかさっぱりわからないが、確かに人間だったのだ。
でも信じられない。
元人間というのならばなんとか呑み込めそうだったが、元渡り者となると話は別だ。
「どういうことだ……? シュコン……!」
『……話すつもりは無かった』
途端、旅籠の瞳が強く光って青白い煙が隣に出現する。
それは形を成していくと、シュコンの姿となって顕現した。
……旅籠から分離したのである。
『この姿では、お初だな。異形たち』
「主魂さん」
『如何された、月芽殿。……いや、うむ。そうだな。全て話すべきだろう。主殿』
浮遊していたシュコンが地面に降りる。
拳を地面につけて深々と頭を下げた。
「え……?」
『我は主殿に多くを隠しておった。まずは謝ろう。そして月芽殿。我が正体を暴くため探りを入れていたことは承知している。先に申しておくが、我は何も企んではおらぬ』
「では、なぜ極悪人にされているのですか?」
「ちょい待て。なんだ何の話だ?」
勝手に話を進めないでもらいたい。
私が急いで止めると、月芽が簡単に説明してくれた。
「私も旅籠様に隠れて少し探りを入れておりました。……えと……その……」
「わしが話しますかの」
魔蛇がぬっと出てきて月芽の頭に手を置いた。
彼女では話しにくいだろう。
「皆も良く聞くように。まず、旅籠様。案山子夜が手酷くやられて戻ってきた時がありましたな」
「ああ、あったね。案山子夜と月芽がなにか隠してるな~とは思ってたけど」
「えっ!? 知っていたのですか!?」
「んまあね。でも詳しくは知らない」
「天狗、雪野殿と、密会をしておりましたな」
「ええええええ!?」
魔蛇の発言に全員が驚く。
いやいや、どうしてそんな面子が集まることになったの!?
マジで詳しく説明してくれ!!
「どういうことだ月芽ぇ!」
「あうあう……」
「その切っ掛けは、主魂殿ですの」
「はいぃ?」
『極悪人。若い妖は我のことをそう言うのだ。実際は違うがな……』
「旅籠様。まとめますと……月芽たちは旅籠様に取り憑いておる主魂殿が極悪人と聞いて、どうにかして引き剥がせないか考えていたのです」
「ほーん……? な、なるほどね……?」
えーっと……まぁ、あれか。
私のために動いてくれてたってことは間違いないのかな……?
でも妖怪と雪野とも協力してたとは。
さすがに異形たちだけでは調べられないもんな。
だからこその協力関係か……。
「雪野はなんて?」
「……私たちと同じように、旅籠様を案じての協力でした」
「シュコン、だいぶ怖がられてるね」
『うむ……』
「まあとりあえず分かったよ」
……だがこの密会が利用されたのも事実、か。
これがなければ雪野はここに来られなかっただろうしね。
多分魔蛇さんや落水さんは気づいてるけど、わざと口にはしてない感じかな。
ここは黙って置いた方がいいかも。
さて……シュコンに話を聞こうか。
まずは異形たちが元渡り者である理由が知りたい。
「シュコン」
『まず、我は魂の主である異形。名を主魂』
「主に魂って書いて主魂なのね」
『左様。……して、異形たちのことであるな……』
主魂は少し考える。
どこから説明すべきか悩んでいるようだったが、これはすぐに決まったらしく再び口を動かした。
『肉体を離れ、魂蟲となった者共は地に身を埋める。差はあるが、それらは記憶を失くし異形として顕現する。別世の魂が輪廻を回ることなく蘇るには、これしかないのだ』
「……ねえ主魂。お前、ナテガって知ってるだろ」
私の問いに主魂は頷く。
『邪神。そう、渡り者はよく口にしていた』
「あいつはなんなんだ」
『神には違いなし。別世から魂を引っ張る力を見るに、次元の異神とでも言うべきか。神の異形だ』
「なんで魂を? 異形を増やすことが目的なのか? 養分だなんだとか言ってたけど」
『魂には価値がある。魂蟲一つで数年は大地が潤う。……そして、何処にも負けぬ世となる』
「何処にも負けない世界……?」
……なんか嫌な予感がする。
世界を強くして何をするつもりなのだろうか。
主魂は何処にも負けない世界と言った。
これはつまり……どこか別の世界に侵略でもしようと考えているのではないだろうか。
「主魂。簡潔にはっきり言ってくれ。ナテガの目的はなんだ」
『主殿のいた世を、手中に納める』
ぞわり、と背筋が凍った。
私がいた元の世界を……?
「何のために……」
「旅籠様。私たちにも今一度ご説明をお願いしたいです。一度全て整理しましょう」
「そう、だね。分かった。皆、まずは十山城に向かおう。月芽、案山子夜たちを回収して」
「承知しました」
「その前に」
落水が言葉を挟む。
今後のために必要な確認であり、至極真剣な様子で言葉を発した。
「黒霊城は諦めるのか。敗けを認めるのか」
ああ、そうか。そうなるのか。
改めて確認されると、心が大きく揺らいだ。
……勿論黒細の死は忘れられないし、人間にはやはり嫌悪感が残る。
だが……うん、そうだな。
「敗けは認めない。私たちが立っている限り、異形は負けない。だけど優先順位が変わった」
「と、いうと?」
「思惑の阻止」
それだけ言って踵を返して歩きだした。
異形たちは『敗けは認めない』という言葉に安堵したらしく、そのまま旅籠に付いていく。
優先順位の変動により、人間よりも対処すべき相手が変わったのだ。
帰ろうとしている元の世界を、あの邪神に壊させる訳にはいかない。
そう強く胸のうちで呟き、継ぎ接ぎの中に姿を落としたのだった。




