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和風異世界いかがですか  作者: 真打
第十七章 禁術・御霊降ろし
273/334

17.1.間に合わず


 広大な領地を有する代果城は変わらずの町並みを維持し続けており、生活に困る者も極僅かだ。

 食うに困らない国を築き上げた葉桐はその実力を認められて多くの者から慕われている。


 だが、葉桐は焦っていた。

 狐との勝負で勝てそうになかったからだ。

 家臣の一人に知恵を授けたと言っていたが、それが誰なのかさっぱりわからないのである。

 信頼を寄せている者ですら忍びに調べさせてみたが、その尻尾すら掴めない。

 まさかと思い忍びすらも調べたが空振りに終わった。

 手掛かりが掴めないまま……葉桐は不落城奪還の知らせに目を通していた。


「……」

「……殿。いかがなされましたか。よい報せかと存じますが……」

「……」

「はぁ……」


 葉桐に仕える重鎮、久原源蔵(くばらげんぞう)が困ったようすで溜め息を吐く。

 彼も葉桐とは小さい頃からの付き合いだ。

 そのため悩みがある時の癖を良く知っていた。


「……食事をほぼ摂らず、太刀筋が鋭くなっておりますよ。どうされたのですか。私にまで忍びを付けさせるなど」

「気づいていたか」

「幾年共に過ごしたと思っておるのです。殿、まさか私にまで話せぬ悩みではありますまいな?」

「……お前には敵わぬか」

「当然でございます」


 彼はフン、と胸を張る。

 これ以上一人で抱えて探るのは不可能だ。

 あの狐も一人で探せとは言っていなかったし、協力者の一人や二人がいても問題はないだろう。


 葉桐は今までのことを事細かく説明した。

 狐が現れたこと、戦ったこと、そして……家臣の誰かに入れ知恵をしたこと。

 これを暴くために暫く探っていたが、未だ何の手掛かりもない事を申し訳なさそうに口にした。

 怒ることも、呆れることもなく話を聞く続けた久原は、話を聞き終えて一つ頷く。


「……殿」

「心当たりがあるか」

「はっ」


 これには素直に驚いた。

 自分一人で解決しようとしていたばかりに、発見が遅れた。

 口には出さないがどうしてもっと早く頼らなかったのかを悔いる。


「誰ぞ」

「眞金太門(まがねたもん)」

「……我が家臣ではないぞ?」


 久原の答えに首を傾げる。

 眞金は葉桐の家臣ではなく、代果城に最もよく出入りしている商人だ。

 武器や調味料、魚や作物などの多くを取り扱っており、代果城の城下町は眞金商が経済を回していると言ってもいいくらいだ。


 金にがめつい彼ではあるが、悪さをするような奴ではない。

 何度か話したことはあったが、常に腰が低く家来の者にまで優しい言葉を使う。

 無論城主の目の前だけかもしれないが……他の者たちの働きぶりをていれば眞金の人当たりの良さは嫌でも分かった。


 いや、その前に。

 あの狐は家臣に入れ知恵をしたと言ったのだ。

 眞金なはずがないだろう。

 そう久原に言い返してみれば、彼は小さく首を横に振った。


「殿……。狐が、我らが家臣を見極められますか?」

「ぬっ……!」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 妖怪が人間の上下関係や仕事の内容を理解しているはずがない。

 ただ城の中に居たから家臣だとでも思ったのだろう。


 盲点だった。

 家臣に狙いを定めて探し続けていた葉桐は、完全に的外れな探し方をしていたのだ。

 これはマズイ、とすぐさま立ち上がる。


「久原!」


 呼び方で葉桐が何を欲しているかをすぐさま理解した久原は、素早く頷き立ち上がる。


「眞金は巫女を集めておりました! この代果城で商人が巫女を多く集める理由などないはず……。それ故妙に思っておったのですが……」

「場所は!」

「ここより南方……佐金神社にございます!」

「参るぞ!」


 時がない。

 二人はすぐさま愛刀を手に取り、縁側を飛び出て庭を駆け抜ける。

 塀を飛び越えたところで使用人や他の家臣に発見されて呼び止められるが、もう説明している時間すら惜しい。

 久原が『付いてこれるものは付いてこい』と叫ぶと、それに応えた者たちが四名いた。

 誰もが葉桐の信頼する家臣だ。

 これであれば敵が倍以上いても何とかなるだろう。


 一行は代果城の大手門を抜け、南方に向けて走り続ける。

 その道中で付いてきてくれた家臣四名にはこの経緯をかいつまんで説明した。

 眞金が抵抗しなければよいのだが、と胸の内で祈る。


 神社は城から少し離れている。

 とはいえ城下町の中にあるので、比較的短時間で到着した。

 道中は民たちが物珍しそうにしながらも道を開けてくれたので、一直線にこれたということも幸運だ。

 そして短い階段を駆け上がって鳥居を潜った。


「なんだ?」

「えっ? 葉桐様?」

「はっ!?」


 拝殿がある神社の前には石畳がある。

 しかしそこには……神社に似つかわしくない武装した集団がたむろしていた。


 家臣五名が一気に前に出る。

 抜刀はしないものの、周囲の警戒を強めて刀の柄に手を置いていた。

 これに驚いた集団は思わず刀を抜き放つ。

 目を細めた久原が鯉口を切ると、他の家臣も同様に鯉口を切った。


「この集まりはなんだ」


 家臣の一人、木場藤正(こばふじまさ)が問いかける。

 これに武装集団がたじろいだ。

 木場は顔つきが悪く、機嫌が良くても怒っていると勘違いされてしまう。

 そんな彼がドスを利かせて問い詰めればそういう反応になるのは必然だ。


「誰の手の者です?」


 誰も口を開かない彼らに眉を寄せた宇佐馬正清(うさまただきよ)が丁寧に問う。

 隣にいた熊谷盛氏(くまやさかうじ)がピクリと動いた人物に素早く反応し、視線と体を向けて牽制した。

 暫く経っても口を開かない集団に舌を打った猪戸明永(ししどみょうえい)が、遂に抜刀した。


「改めてさせてもらおう」

「ッ! おいお前ら!」


 ザッと構えを取って飛び込んできた集団に、家臣五名はようやく全員が刀を抜き放つ。

 久原、木場、宇佐馬、熊谷、猪戸が飛びかかってきた集団に狙いを定めた。

 相手は全部で十四名。

 五人で相手をするには不利かと思われたが、彼らはまるで決められたかのような動きで十四名全てを切り伏せた。

 武装は意味をなさず、鎧の隙間を的確に狙って仕留める。


 城主に刃を向けた。

 これだけで処するには充分な理由だ。


 返り血も浴びない彼らは、倒れた者を少し調べた。

 久原が手に取った布切れを見て、葉桐に手渡す。


「……眞金の手の者ですな」

「巫女はどこぞ」

「この先かと。猪戸」

「気配が幾らか。少なくとも三十」

「多いな」


 最も気配の察知に長けた猪戸が、匂いを嗅ぎながらそう言った。

 これは単なる癖だ。


 そして熊谷と宇佐馬が前に出る。

 屈強な肉体を有する二人は気が合い、戦う時も共にいる事が多い。


 猪戸の案内の下歩いていけば、本殿の裏に出た。

 するとその奥にも道が続いている。

 どうやらこの先に巫女たちが集められているようだ。


 道が分かった熊谷と宇佐馬はそのまま進んでいく。

 罠があるかもしれないと警戒したが、そんなことはなくすんなりと開けた場所に出た。

 そこには……異様な光景が広がっていた。


 中央に小さな焚き火を用意しており、その周辺を巫女数十名が囲んでいる。

 全員が守の御力を使っているようで、様々な色のオーラが空気中に漂っていた。

 そして眞金らしき人物と用心棒がなにかを手に持っていた。


「……毛……?」

「狐の尾だ」

「誠ですか?」


 一度見たことがあるので間違いない。

 葉桐が見た狐の配色と一致している。

 どうやら……久原の予感は的中していたようだった。


 あとは止めるだけだ。

 熊谷と宇佐馬に合図すると、一際大きな声で熊谷が吠える。


「そこまでだ!! 巫女共は守の御力を止めよ!! 眞金! 話を聞かせてもらおうか……?」


 熊谷の声に全員が驚いたらしく、視線がこちらを向く。

 思わず守の御力も止めてしまったようだ。

 眞金もまさか城主が出張ってくるとは思っていなかったようで、豆鉄砲を食らったような顔をしていた。


 しかし、一つ予想外のことが起きてしまった。

 眞金が驚いた拍子に……狐の毛と思わしき物が焚き火の中に落ちたのである。


 ボッ。

 赤い炎が紫色となり、今度は青色に染まった。

 嫌な予感がする。


「火を消すのだ!」


 葉桐が叫んだ途端、ゴウッと炎が激しく燃え上がった。

 側にいた眞金と用心棒は火にくるまれる。


「ああああッ!?」

「あっつ! あああっつあっつ!!」

「火を消せ! 消すのだ!」


 木場が水を探しに踵を返す。

 巫女たちはあまりにも強い炎を目の前で見て固まっていた。

 二人は未だに燃え続けており、どんどん火達磨になっていく。

 このままでは眞金に話を聞けない。

 焦った葉桐だったが、二人をくるんでいた炎が急に霧散する。


 焚き火は未だ強く燃えており、人の背を優に越す火柱となっていた。

 その中に炎が吸い込まれ、熱波も次第に収まっていく。

 なんだこれは、と見ていると……その炎の中から声がした。


「なんじゃら、無事かおんしら。熱かったなぁ。もう心配いらんぞ」


 落ち着いた、深い声色。

 炎の中から人が出てくるという現象を目の当たりにした者たちは、驚いて声も出せなかった。

 当の本人は首をかしげており、己の手を見てようやく腑に落ちたらしい。

 炎の中から飛び出て、着地する。


「死人帰りか……」


 男がようやく姿を露わした。

 古く分厚い着物を纏っており、手首には数珠を巻いている。

 背の丈は一般男性に比べると若干低い程度だが、まっすぐ伸びている黒い髪の毛の隙間からはハキと開きつつも鋭い眼光が見え隠れしていた。

 しかしその顔は痛々しい。

 右目に縦一文字、左目にはバッテンを描くようにして継ぎ接ぎが伸びていた。

 いや、よく見てみれば袂から見える腕にも継ぎ接ぎがあり、喉や胸元にもあるようだ。


 彼は首をパキリと鳴らすと、改めて周囲の状況を確認する。

 彼らの気配はない。

 ここにいるのは人間ばかりだが、一匹だけ妖怪が混じっているようだ。

 ギョロリとそちらを睨めば、先ほど火達磨になっていた用心棒が飛びのいた。


「小空。申し開きはあるのであろうな?」

「ちょっとね」


 ポヒュンと最小限の煙を纏った小空が本来の姿を取り戻す。

 妖怪が目の前に現れたことで巫女はもちろん、葉桐たち一行も酷く警戒した。

 だがこの二人はこちらに全く興味を示していない。

 ちらりとも見ない様に、葉桐は目を細めた。


 すると、眞金が笑みを浮かべる。


「来た……! 本当に来た! これで! これでようやく人は勝てる!!」

「は……?」


 継ぎ接ぎの男が困惑した様子で声を放つ。

 その中には怒りも交じっていたようで、久原たちが思わず息をのんだ。

 それほどの重圧が襲い掛かってきたのだ。

 耐えたのは葉桐と小空、そして巫女たちだけだった。


 この間も眞金は喜んでいる。

 一体なんだ、何を吹き込んだのだ、と継ぎ接ぎの男が目線だけを小空に向けた。

 小空は本人から聞いてみな、と手の平を眞金に向けるだけだ。

 呆れた様子で継ぎ接ぎの男が問いかける。


「そこの。何を申しておる」

「へへ、狐から聞いたんだ……! 貴方なら妖怪を全部殺せるんだろう!? 人間最強の……継矢常治なら!!」


 ズバチュッ。

 その刹那、眞金の肉体が無理やり千切られて霧散した。

 ぼちゃぼちゃと地面に落ちた肉塊から大きな血だまりが広がっていく。


「……は?」


 理解ができなかった。

 数拍を置いて人が一人死んだことに気づいた巫女たちが一斉に悲鳴を上げて逃げていく。

 葉桐一行がそれに飲まれかけたが、女ごときに押しだされることはしない。

 悲鳴が遠くなるのを聞きながら、前にいる妖怪と継矢常治に視線を向けて警戒し続けた。


 だが……今のはなんだ。

 狐が妖術を使ったようには見えなかったし、継矢も何かをしたとは思えない。

 ただ、一瞬で体が弾けた。


 継矢が首を傾げる。

 パキリと音が鳴ると同時に、彼は小空を鋭く睨みつけた。


「狐風情が、何を抜かした」


 悍ましい気配が真正面からぶつかってきた。

 思わず一歩下がってしまうほどの衝撃に全員が姿勢を崩す。

 小空でさえあまりの圧に冷や汗を流しているほどだ。


 だがここで引けない。

 冷や汗を拭い、平静を装って口調そのままに話を進める。


「重要な事さ。今さ、どこも敵対してるんだもん」

「どういう意味だ」

「君が死んでから二千年経ったよ。異形人はほぼいない。でもその代わり人間、妖怪は敵対し、異形は地べたを這いずってる。今はちょっと違うけど、そうだったことは間違いない」

「何故だ」


 継矢が一歩前に出る。


「何故だ! 何故に共に居らぬ!!」

「それは……」

「私は申した! 妖は見張りであると!! 異形は人の地を去り、隠れたはず!! 人が妖を恐れ起こしたあの動乱! もう二度と起こさぬよう、我らは戦い死んだ!! だというに……何故何も変わっておらぬのかああああ!!!! 邪神の思うままにさせるでないわあああああああ!!!」


 ブワッと地面から何かが吹きあがった。

 小さな羽虫の群れにも見えたそれは、小空を簡単に怖気させる。


「まっ、待て待て!! 待ってくれ!」

「黙れい!!!! それ以上口を開くならば! 気づかぬうちに殺してやるぞ!!!!」

「こんの……!」

「異術!」

「はっ?」


 嫌な予感がした。

 葉桐が全員に撤退命令を下せば、すぐさま全員が踵を返して走りだす。

 何かとんでもないことが起きようとしている。

 急いでこの場を離れたが、羽虫の様なそれはこちらに向かって飛んできた。


 木々や草にぺたりと付着する。

 あれは一体なんだ、と後ろを振り返った宍戸がそれをしかと見た。

 小さな羽虫のように見えたそれは……千切られた継ぎ接ぎだった。


「飛び継ぎ」


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