16.21.代償
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「「ッ!!?」」
「なっ、なんですか!?」
「旅籠様……? 旅籠様……旅籠様!? 旅籠様!! いかがされたのですか!!」
目が覚めたと同時に泣き叫び始める。
それによって倒れて眠っていた異形たちの多くを起こしてしまったらしい。
だがそんなことを気にしてなどいられない。
喉を潰してしまいそうなほど叫び、駄々をこねる子供のようにして伸ばされた手の尽くを振り払った。
痛い、痛い、痛い痛い!
胸が痛い! 息ができない! 叩きつけている拳が痛い!!
だがどうにも我慢ができなかった。
叫び続ける旅篭を見て、察しのいい者はすぐさま理解することだろう。
彼がここまで取り乱すことなど今までなかった。
これつまり……代償であると。
「黒細……お前、まさか……」
落水の呟きに、多くの者が反応する。
頭を振るって起き上がった平将門もその様子を見て理解した。
代償を受けた者を見るのは、二千年ぶりだ。
『……黒細か……』
「将門」
『名付けの代償は程度で変わる。大小に良し悪しも無いが、あれは良い代償だ。最後に、話せただろうからな』
「どうすべきだ」
『寄り添え。それ以上に人間の心を癒す術を俺は知らぬ』
そう言い、平将門は背後を見る。
山本と雪野は既にこの場を去ったようで、姿はもちろん気配すら感じられなかった。
まさか消音の音を使って来るとは。
あれは音を聞いた者を確実に気絶させる妖術で、逃げるための術のはずだ。
使用すると妖術が一定時間使えなくなるという代償はあるが、たったそれだけ。
山本からそういう技があると聞いたことはあったが、百戦錬磨の彼が使うことはまずないだろうと思っていたので対策できなかった。
それを使わせた旅籠は称賛に値するが、あの様子ではどんな言葉も受け止めはしないだろう。
これが悪い方向に倒れなければよいが、と平将門は静かに呟いた。
「ああああああ!! 黒細おおああああ!!!! うわああああああ!!!!」
「まさか、そんな……!」
「カコロロ……」
「旅籠様ぁ……! うう……」
黒細の死。
最も長く旅籠に付き添ってきた異形の一体だった。
旅籠の声に胸を痛めて涙を蓄える者も多い中……そうでない者もやはり多い。
その理由は、もう知っているはずだった。
「旅籠様!!!!」
パンッ!
月芽が両手で旅籠の頬を打った。
そのまましっかりと挟み込み、目を合わせる。
「黒細は戦って死んだのです! 私たち異形の埋葬を忘れましたか! 異形は死者を称えるのです! 黒細よ! よくぞここまで生きた、と!」
「ぐぅ……!」
「過酷な現実と困難な生を全うしたのです! だから異形たちは泣かないのです! 貴方様のために戦って命を落とした異形たちに、涙を送ることは私が許しません! 代償がなんです! 知りませんそんなもの! 最後は称えて送ってあげてください!」
最後まで言い切った月芽は、頬から手を放して旅籠の手を握る。
きつかった目つきも優しくなり、声色も元に戻った。
「……お願いします。旅籠様」
「……ごめん……」
「私こそ、ごめんなさい……」
「いや、ありがとう」
胸はまだ痛いし、目にも涙が残っているがそれを丁寧に抑えていく。
笑ってやれなかった……。
黒細もあんな別れ方は望んでいなかったかもしれない。
だって謝ってばかりだったんだもん。似合わねえな。
暫く大きな呼吸を繰り返し、自分の落ち着かせていく。
ようやく感情が揺らがなくなったところでまずは皆に謝罪した。
「……悪かった。取り乱した」
「ご無事で何よりですじゃ」
「……ってあれ、体が……痛くない」
『我だ』
片目が淡い水色に光る。
そういえばシュコンは私の体を回復させてくれたことがあったな。
今回も治療を施してくれたらしい。
「……山本は?」
『逃げた。あやつの目的は足止め。黒霊城が堕ちた今、それは不要となった』
「……やっぱそうか」
あの城の主戦力は黒霊衆だった。
黒細がいなくなった今、戦力は大きく削れてしまうだろう。
曲音も、異端村異形衆もやられたと黒細から聞いた。
あの城には……もう異形がいないだろう。
……負けた。
これは相手の作戦勝ちだろう。
私たちは……月芽に頼りすぎていた。
「……これから、どうする……」
「旅籠様……」
このまま戦い続けることに、不安を抱いた。
もう仲間を失いたくないという強い気持ちが湧き上がる。
異形たちも黒細の死を聞いて少なからず気分が落ち込んでいた。
弔い合戦だと口にする者は一人もいない。
……そういえば……。
「……シュコン……」
『如何された』
「黒細がさ……人の姿だったんだけど……」
『!』
淡い青色の炎が動揺するように激しく揺らいだ。
あの者はそこまで至ったか、と驚く反面、まさか旅籠の口からそれが出てくるとは思わなかった。
平将門も驚いているようで、目を見開いている。
他の異形たちは全員、首をかしげていた。
「どういうことですか……? 黒細が、人の姿を……?」
「うん……。最初違和感なかったんだけど、間違いなく人の姿だった」
「……付臓さんが口にしていたことも、あながち間違いではなかったということですかね」
「……どうなん? シュコン」
名前を呼ぶと、再び炎が揺らぐ。
暫く口を閉ざしていた彼だったが……観念したようにため息を吐いた。
『異形は……元人間』
「……は?」
『正しくは、元渡り者なり』




