16.20.不落城夏の陣⑳
「旅籠様」
「……おん?」
気づけば、私はちょこんと座っていた。
なんだこれはと思って周囲を見渡すと、どうやらシュコンのいる空間に近しい場所であるというとが分かる。
いうなれば精神世界だろうか。
真っ白で明るい場所だが、その光はどこか優しさがあって一切眩しくはない。
不思議な場所だなぁ~と思っていると、今一度声を掛けられる。
「旅籠様」
「あれ? 黒細じゃん。なんでいんの? てかここどこよ。私何してたんだっけ?」
「……あは。いやいや、いいんでさよ。まぁゆったりできる空間でさ。にしてもぬくいでさね~」
「ね~。春とは違った感じする。布団でも敷いて寝たら気持ちいだろうな」
「あっしゃそれがわかりゃんせんよ」
「あれそうだっけ!? ん~異傀儡衆の技術班に頼んでみるか……!」
「良さそうでさねえ。旅籠様の知ってる知恵で再現出来りゃ、そりゃ生活もよくなりやすよ」
「かな~?」
「でさよ~」
黒細が歩いてきて、隣に座る。
両手で笠を外して地面に置き、楽な姿勢を取った。
「んでここどこよ!」
「知らんでさ~! まぁいずれ迎えが来るでさよ。それに悪い場所じゃなさそうでやすし」
「んまそうか。でもそんな悠長にしていいのかねえ」
「焦ってもよい事なんて~?」
「ないよね~」
ケタケタと笑いあう。
そういえば黒細はこんな性格だったっけ。
初めて異形たちと出会ったときはもう怖くて怖くて仕方なかったけど、こいつはその中でも結構安堵できる姿だった。
んでこの性格だろ?
そりゃ気が合うってもんですよねえ。
それが今や一城の主よ。
出世させたのは私だけど、大役任せてしまったことはちょっと申し訳ないかな。
でもでも、一度は鬼の襲撃を返り討ちにしたし?
それだけで言う事なんてないですよね。
「そういや、旅籠様のご友人。強いでさね~」
「え、そうなん? あ~そういえば黒細は一回戦ったんだっけ? あのー、あれ。鬼が来た時か」
「まぁ~、そう、でさねえ」
ちょっと歯切れが悪い。
あれ、私なんか間違えてたっけ?
まぁいいか。
「で、で? どんなふうに強いのさ。あんま聞いてなかったんだよね~。黒細は基本的に黒霊城にいるから」
「旅籠様が来てくれないだけでさよ~!」
「ごめんて~」
黒細が髪の毛を揺らしてまた笑った。
目つきは少しきついが、笑うと随分柔和になるものだ。
そういえば、なんだかんだ異形たちと一対一で話す機会はあんまりなかった気がする。
でもここまで気軽に話せるのって黒細と空蜘蛛くらいだよな~。
ふふ、貴重な友達だ。
「でもでもさ? 私も頑張ってんだぜ? 皆くらい強い力が発現したんだ! 今度見せてやるよ!」
「……」
「ん? 黒細……って、どうした……? なんで泣いてるんだ……?」
懸命に笑顔を取り繕おうとしていた黒細だったが、悲しさが溢れてごちゃまぜの表情になっていた。
止まることなく瞳から溢れる涙を彼は拭わない。
両手は己の服を力いっぱい握りしめており、嗚咽を零す事だけは阻止していた。
……違和感。
凄まじい違和感がここでようやく襲ってきた。
私は今まで何をしていた。
力を手に入れたのは間違いないが、それで山本と戦っていたはずだ。
ちょっと待ってくれ……どうして黒霊城にいるはずの黒細が、傀儡城にいる私の元にいる。
そもそもどうして……黒細は人間の姿をしているんだ?
ヒュッ……と魂が抜けるような錯覚が走った。
顔を青ざめ、目を見開いて心臓を跳ね上げる。
「……嘘、だろ……?」
これか……? これなのか……?
夏のはずなのに、この空間は暖かいはずなのに、体が冷えて仕方がなかった。
聞いていた話とは随分違うが……これで間違いない……。
──名付けの代償。
これが何を示すかは、何度も聞かされていたのでよく覚えている。
だがどうしても信じられない……信じたくない。
無理くり取り繕った至極下手くそな笑みを向ける。
「ハ、は。む、昔から、冗談…………上手かったよな……? な……?」
「……ぐゅ……」
胸が締め付けられる思いだったのか、黒細は強く握りこんでいた腕を胸に押し当てた。
心臓が痛むのかやはり衣服を強く握り、懸命に嗚咽を堪える。
それでも涙が止まらない。
感情を隠せない彼が今唯一出来ることは、首を小さく横に振るだけだった。
「黒細……」
「ずみまぜぬ!! もうじわげありまぜぬ!! ゲッホ! ぐっぐぅ……! 守れまぜんでじだ! いだんむらのれんぢゅうを! 曲音を! 旅籠ざまを!!!! 守れまぜんでじだ!!!!」
「──ッッ!!」
息が苦しい。
喉が勝手に締まっていく。
これが? 最後なのか? こんな、こんなのが……?
「嘘だ……って、言ってよ……。黒細! 嘘だろ!? 嘘だよな!!」
「あっしは、黒霊城……。旅籠様は、傀儡城……。月芽の異術が封じられている今、どう、会えるんでさ……?」
言葉が出ない、否定ができない。
遂に彼の言葉を受け止めた体が目に涙を蓄える。
「そんな……嘘だ……。嘘だと言えよ!! 頼む!! 黒細!!」
「うううう……! うううううう!! ずみまぜぬ……! 旅籠様……!」
「嫌だ! 私は嫌だぞ!! 認めないぞ!!」
気づけば、大きな声をあげて泣いていた。
先ほどの言葉も上手く口にできたか分からないほど、力いっぱい声を上げていた。
八つ当たりする子供の様に黒細の衣服を掴み、何度も何度も揺すっている。
「帰って来いよぉ……! また会おうよお……!! 帰ってきてくれよ黒細おおおお!!」
「うううう……! ああああ……! すみませぬ……旅籠様……」
黒細の姿が薄れていく。
これに気づいてハッとし、連れていかれまいと抱きしめる。
絶対に連れていかせない。
そんなことは絶対にさせない、と力いっぱい抱きしめるが、それでも姿は薄れていく。
「黒細!!!!」
「旅籠様……あっしは……!」
「やだ! やめろ!! 言うなああ!!!!」
「幸せでやした」




