16.18.不落城夏の陣⑱
「お、おい……どういうことだ……!」
「いや……わからんて……!」
分かるはずもない。
異形だった存在が急に人の姿を取り、こちらに刃を向けているのだから。
困惑した頭で考えようとも答えが出てくるはずもない。
ただただ強い殺気を向けられている一行は、それに気圧されないよう耐える事しかできなかった。
黒霊衆たちは黒細の復活を見て歓喜していた。
各々が腕を振り上げて音を立て、集まっている四名に鋭い細腕を向ける。
本体が人間の姿を取ろうとも嫌悪することはない。
何故なら、我らが主も人間であり、同じく人間に敵意を向けている仲間なのだから。
捌菅はこれに冷や汗を流す。
この状況……先ほどよりも更によろしくない。
飛田が怪我をしてこれ以上は戦えず、黒細は人の姿となって殺気を放ち、黒霊衆は本体の復活に歓喜して士気を上げ続けていた。
まともに動けるのは捌菅と早瀬の二人だけ。
菊音もこれ以上強い守の御力を使う事は出来ず、現状維持が精いっぱいだった。
異形の姿だった黒細を倒せたのは、早瀬がいたから。
こんな強敵を前に今更俺が必ず斬るなどとは言えず、倒すには少なくとも早瀬との協力が必要不可欠だった。
つまり……黒細を相手にしながら、黒霊衆に対処するのは不可能。
「どうする……!」
「わた、しが……! ゲッホ……!」
「無理ですよ! 絶対無理です!」
飛田の体には二つの穴が空いていた。
口から血を吐き出している辺り、相当重症のはずだ。
彼に後ろを任せることはもちろん、共に前に出ることも不可能だ。
なんなら立つことすら難しくなりつつある。
捌菅、早瀬が判断に迷っていると、黒細が肩に担いだ日本刀を力強く握った。
これに反応できたのは捌菅だけだ。
すかさず全員の前に立って斬撃を繰り出す。
ギンッ!!
いつの間にか眼前に迫っていた黒細の攻撃をかろうじて受け止める。
先ほどよりも数段速い。
浮遊していた体から肉体を持ったのにもかかわらず、その動きは卓越していた。
たった一撃で手が痺れ、ズザッと数歩後退してしまうほどの威力だ。
力自慢の夏の風が、火力負けしている。
そこからは怒涛だった。
黒細が捌菅を押しのけると凄まじい連撃が繰り出される。
これに対処すべく捌菅も日本刀を振るいまくるのだが、体中に切り傷が生じてしまう。
全ては浅くあるものの、一歩でも間違えれば致命傷になりかねないほど危険な攻撃だ。
吠えながらこれらを全て打ち弾き、渾身の一撃で黒細の横っ面を斬りつける。
キンッ。
……片手だった。
捌菅渾身の一撃を受け止めたのは、軽く握られた日本刀一振りのみ。
両手で力いっぱい振るったそれを……簡単に防がれたのだ。
「なんっ……!」
「ぬるい」
その瞬間、腹部に衝撃が走る。
鍛え抜かれた脚で黒細が捌菅を蹴り飛ばしたのだ。
何歩か下がって力を籠め、激痛に耐える。
草鞋の下に棘でも仕込んでいるのではないかと思うほどの激痛が腹部を襲い続けたが、これを気合いで跳ねのけた。
大きく息を吐いてから、再び日本刀を構える。
「グッ……」
「捌菅さん!」
「……わかった……!」
ギリと歯を食いしばり、顔を上げる。
「菊音ちゃん! 結界だ! 結界で黒い奴らを押さえこめ!」
「えっ!? ええええ!? で、でもそれじゃあ……!」
「いいからやれい!!」
「ど、どうなっても知りませんからね!」
捌菅の怒声に驚き、菊音はすぐさま守の御力を解いて結界を生成する。
自分たちと黒細を覆う楕円型の結界。
これに驚いた黒霊衆はすぐさま攻撃を開始するが、菊音の結界術は破れないようだった。
「ちょ、捌菅さん!? どういうつもりだよ!」
「あいつ……。ごり押してこねえ……!」
「は!?」
「俺の攻撃を全て防いだ。全てだ。あいつが未だに硬いのならば、それは不要なはず」
「でもさっきも……」
「異形の姿の時、あいつは遊んでた。だが今は違う。本気で殺すつもりなのに、自分の得手を活かさぬ奴がいるか?」
「……な、なるほど……?」
「あいつは今、硬くねえ」
半信半疑だったが、捌菅の言うことは間違っていない。
本気で殺しに来るのであれば捨て身で攻撃をすればいいはずだ。
だがそれをせず、捌菅の攻撃を全て防ぎ反撃してきた。
それに気づいて今の黒細は硬くないと断言したのだ。
ではやってみよう。
早瀬は捌菅の隣に立ち、刃を構える。
もし黒細が硬くないのだとしたら、早瀬の攻撃はもちろん捌菅の攻撃も防ぐなり避けるなりするはずだ。
まずは検証。
双方はすぐに姿勢を低くして黒細の直進する。
「赤笠流……」
「「ッッ!!?」」
怖気。
近づいてはならない、と二人が一瞬で感じ取ってその場で急停止する。
それだけでは怖気が消えず、すぐさま後退して距離を取った。
地面を蹴り飛ばした瞬間、そこから真っ赤な土塊が生える。
「土塊血栓」
ドゴオッ!!!!
間一髪身を翻して回避した二名だったが、それぞれ顔と腕に傷をつける。
なんだその技は。
人間ではないのか、と驚愕したがその間に黒細は早瀬に迫っていた。
だが、土塊のせいで反応が遅れる。
黒細は土塊ごと両断して早瀬を遠くに吹き飛ばす。
ギャギィインッ!!!!
「ぐおあっ!? どぅッ!?」
「早瀬ぇ!!」
遠くに吹き飛んだ早瀬は結界に背中をぶつける。
……結界は、片面しか強くない。
外部からの攻撃を遮断している菊音の結界は、内側の衝撃にめっぽう弱くなっていた。
そのため早瀬が背中を打ち付けたところにひびが入り、簡単に結界が砕け散る。
「ああっ!?」
驚いて結界を張りなおそうとした菊音だったが……迫りくる黒霊衆に恐れてしまった。
思うように結界を張りなおすことができず、敵の接近を許す。
黒霊衆の攻撃が迫ったが、それを間一髪で回避した。
「きゃあ!!」
「菊音ちゃ──」
ギャギィンッ!!!!
黒細渾身の一撃が捌菅吹き飛ばす。
体勢を立て直すことができず地面に背中をしたたかに打ち付け、肺の中の空気を全て吐き出した。
先ほどとはまるで別物。
これが本来の姿であるかの如く、全力以上を出し続けているように見えた。
硬くないからなんだと言うのだ。
そもそも刃が届かないのだから確かめることができない。
日本刀を振り抜いてゆらりと脱力した黒細は、首をもたげる。
未だに笑みのない恐ろしい顔面を張り付けており、真っ赤な笠から血が滴り落ちた。
刃にも血液が付いており、それを笠に塗り込む。
「おぐ……ぐぬう……!!」
捌菅の肩腕が割れていた。
中指と薬指の間から肘にかけてバックリと両断されていたのだ。
大量の血がだばだばと流れ続けており、右腕が使えなくなっていた。
先ほどの攻撃、防げたのは一振りだけ。
もう一振りは間に合わず腕を持って行かれてしまった。
骨が割れ、真っ赤な肉の間から白色が見える。
「ヂィッ……!」
「きゃああああ!」
「菊音さん!」
黒霊衆が菊音を追い詰める。
助けに行こうと飛田が立ち上がろうとしているが、やはり動けないらしい。
早瀬と捌菅も吹き飛ばされ、すぐに助けに向かうことができなかった。
黒霊衆が構えを取る。
菊音を貫くのに十分な間合いを確保しており、後は腕を伸ばすだけだった。
早瀬が素早く近づくが……間に合わない。
ザスッ。
菊音が転倒し、黒霊衆が宙を舞う。
何が起きたか一瞬分からなかったが、黒霊衆が宙を舞った理由が上半身を両断されたからであると理解した瞬間、安堵に切り替わった。
白い襟巻が一拍置いて重力に従いながら垂れ下がる。
真っ白な衣服を身に纏い、所々に返り血を浴びている男が到着した。
「早瀬ええええ!!!! 負けてんじゃねえぞお!!!!」
「鍵城!!」
「行け!! こっちは任せろ!!」
ビョウッと鋭く振るった日本刀が触れてもないのに地面を斬った。
構えを取った鍵城は素早い足さばきで黒霊衆を切り伏せていく。
どうやら足止めをしてくれるようだ。
だが、捌菅がやられた。
あれではまともに刀を振るう事は出来ないだろう。
一人でやれるか、と一瞬悩んだがやるしかないことに気づいて気を引き締める。
拒斬を強く握り、静かに構えると……背中を触られた。
「っ!」
「よお。爆風があったから来たぞ」
「八角さん!」
「あいつが敵か……?」
「……はい」
人間と対面していることに違和感を覚えていた八角だったが、異様な殺気と敵意で敵だとすぐにわかった。
だが、彼がここに来たということは……。
「向こうの様子は……」
「何とかなってる。だが長く持たん。お前がちんたらしてるからだぞ」
「現状見ていってください……」
「強いのか」
「悔しいですが……」
「チッ。しゃあねえな……」
二人は同時に構えを取った。
これで、仕切り直しだ。
「誰が来ても、同じでさ……。俺は、死なんでさ!!」
二振りの日本刀を構えると、凄まじい殺気が衝撃波となって周囲を襲う。
気の弱いものであれば怖気ただろう。
早瀬もその類の人間だったが……八角がいる事で気をしっかり持っていた。
「やるぞ」
「うす!」




