16.14.不落城夏の陣⑭
「合わせろ将門!」
『癪だがよかろう!』
ザッと踏み込んだ二人が山本に肉薄する。
ほぼ同時に飛び込んだ瞬間、幾らかの紫の火の玉が躍り出てカッと光った。
ッカカカアアアアンッ!
衝撃波が山本に向けて放たれ、これは間違いなく直撃した。
追撃として二人が刀を振るうと、スカッと手応えのない感触が伝わってくる。
目を見開き何事かと顔を上げれば、山本の姿が霞んでいく。
偽物だ。
これに気づいた瞬間、隣で爆炎が上がる。
「そっちじゃないよ!」
「よい援護だ」
炎を手で掻き分けて姿を表すと、刀を逆手に持って赤雪に攻撃する。
真横からの一閃。
これを受け止めると、グッ……と押し込まれ、急に力が強くなって簡単に吹き飛んだ。
「んんんん!?」
「一応鬼人だぞ!?」
『次手だ!』
バキリ、と文字を食らう。
手の中に紫の火の玉を掴み、山本に狙いを定めた。
途端、鋭く加工された石が真っ直ぐ山本に向かって飛んでいく。
裏拳一発で粉々に砕かれてしまったが、視界を塞ぐには十分だった。
遠石の攻撃の陰から、壱成と壁持が姿を表す。
二人では山本とまともにやり合うことはできない。
だがほんの少しであれば異傀儡衆の力を発揮できるはずだ。
壱成が攻撃を繰り出す。
十文字槍の一撃は鋭く重い。
これを防ごうとした山本だったが、急に水が出現して腕を固定してしまう。
「ほう」
なかなかよい拘束だった。
この姿では自力で抜け出すことはできなさそうだ。
コロン……。
壱成は嫌な音を聞いた。
眼球だけを動かして確認すると……賽の目が二つ地面に転がっている。
山本が口を動かす。
マズい、と感じ取った壱成は鋭く放った突き攻撃の軌道を変更し、壁持を押し退けた。
「んぐ!? い、壱成!?」
「すまん!」
「六だ」
賽の目が出した目は……六と二だった。
途端、壱成の姿がぶれる。
壁持が最後に目にしたのは、壱成が強い衝撃をまともに食らって吹き飛んでいく姿だ。
「壱成!!」
地面を転がって滑りながら勢いを落としてようやく止まる。
遠石の近くに飛んできたので、彼が安否を確認するため近づく。
見てみると、コアに自分の体を多く巻き付けて守っていた。
壱成はすぐに起き上がって体を再構築していく。
壱成は武器を貰ったことで草傀儡の異術は失われたものの、肉体を守る力を得ていた。
壁持はあの攻撃に耐えられないと気付き、咄嗟に吹き飛ばしたのだ。
「無事だな、壱成」
「問題ない……! しかし……」
壱成の持っていた槍が、ばっきりと折れていた。
槍の持ち手がバキバキに潰されている。
今の攻撃は……骨を粉砕するほどの威力があったようだ。
「難儀だぞ……!」
「その、ようだな……」
ッカアアアアンッ!!
将門の手に平から撃ち出された一撃は火力が増す。
山本はこれをかわしながら落水と赤雪の攻撃を凌いでいた。
三対一でも尚余裕の表情を見せる山本。
三方向から繰り出される攻撃の尽くを見切って防ぎ、反撃にまで繋げていた。
平将門が紫の火の玉を使って攻撃すると、掌で受け止められる。
落水が流派で斬り込めば刀で受け止められ、赤雪の怪力は一切が役に立っていなかった。
薙刀の石突きを持ち、遠心力を最大にまで生かした鬼人の攻撃が簡単に受け止められる。
異形人としての力を駆使し、鋭く研がれた一撃も同様に防がれた。
肉体を強化し、妖力も今までにないほど高まっていたが、それすらも軽々と回避されて止められる。
山本には一切の攻撃が届かなかった。
これが足止めを目的としていることは承知しているが……通らない攻撃に焦りを感じていく。
「一だ」
「「!」」
『ぬんっ!』
賽の目に狙いを定め、紫の火の玉を破裂させる。
地面に転がる前に破壊することができたが、これが隙を生み出した。
山本が肉薄する。
鋭い肘が腹部を直撃し、肺の中にある空気が全て押し出された。
『カッ……!』
「しばし……寝ておれ」
耳元で囁かれた瞬間、ボッと吹き飛んで木々をへし折った。
凄まじい一撃は森を破壊し、大地を変形させてしまう。
妖怪なので致命傷にはならないだろうが、流石にこれだけ重い一撃を食らったとなれば……暫く動くことができない。
「将門!」
「妖怪を案ずるか」
「今は仲間なので!」
背後から薙刀。
大上段からの力任せな大振りは、山本であっても驚異となる一撃だった。
「炎獄の型、独楽落ちの芯!」
片足で着地し、もう片方の足を後ろに蹴り上げながら薙刀を相手に叩きつける。
山本はこれを刀で受け止めた。
(こいつ……。受けぬ技と受ける技がある。違いはなんだ……!)
今の一撃も回避しようと思えばできたはずだ。
ただ手加減して受け止めている訳ではなさそうだが……その理由が分からない。
突破口はここにあると分かっているのだが……気づけない己に腹が立つ。
それより、旅籠はまだか。
魔蛇の方を見てみれば、すでに旅籠の姿はない。
どうやら策の手筈に手間取っているようだ。
「そう持たぬぞ……!」
「んぬうううう! こいつ強すぎでしょ……!」
「おい、異形鬼はそんなもんか」
「異形人のあんただって斬られたら終いでしょ!」
「然り」
赤雪の言う通り、斬られることに臆病となっていた。
水の異形人である落水は、水になれていない。
水を攻撃されるとそれが傷になる可能性があったのだ。
であれば、姿を保ったままのほうが安全。
炎の異形鬼である赤雪は、山本に炎が効かないので純粋な力勝負となっていた。
しかし……こちらも効果がない。
相手の刀も相当な名刀のようで、刃こぼれひとつしていないようだ。
生半可な刀であれば簡単に折れるのだが……と内心で愚痴る。
平将門が一時的に離脱した今、この二名と異傀儡で戦うのは限度があった。
しかし壁持は唯一山本を拘束できる。
こいつが突破口に使えるはずだ、と理解こそすれど、その時は一向に現れなかった。
「くそ……どうする」
「私共では役にたてませぬ……。せいぜい視界を遮る程度でございまするな……」
「壁持だけは守れ。あいつの力は必要だ」
「承知しておりまする」
壱成が頷き、壁持の場所へと移動する。
山本も少し警戒したのか、視線をそちらへ向けていた。
ゴソ……。
懐に手を忍ばせた山本を見て、落水と赤雪が突っ込んだ。
賽の目を振らせてはならない。
素早く肉薄したのは力の強い赤雪だ。
異形鬼としての力が存分に発揮されている。
……だが、山本は小さく笑った。
懐に忍ばせた手は、なにも持っていなかったのだ。
「! 騙され──!」
「遅い」
山本が拳を固める。
急に間合いを詰められた赤雪反応できず、晒していた腹部に一撃を入れられた。
……と、思ったが、そうはならなかった。
シュルルルッ!
地面から木樹が出現して山本を雁字搦めにしたのだ。
攻撃は阻止されたが、木樹はバキバキにへし折られる。
体制を崩した赤雪は一旦その場を離れて事なきを得たが、冷や汗を浮かべていた。
若干呼吸が早い。
「危なかった……!」
「……ようやくか」
山本が木樹を破壊した瞬間、ぼんっと紫色の煙が立ち込めた。
これに眉を潜めたが、毒ではないと臭いで理解する。
しかし……急激に体が重くなった。
「……毒か? いや……これは……」
気配。
振り向き様に刃を振るったが、そこには誰も居なかった。
しかし四方八方から妙な気配がする。
なんだこれは、と詳しく気配を辿ってみると……ただの蜘蛛の糸だった。
空蜘蛛か。
ようやく思い出した山本だったが、気付くのが遅かったらしい。
重くなった体に木樹が更に巻き付いた。
「壁持!」
「御意!」
バッと手を向けて水を作り出す。
完全に拘束したところで、旅籠の声が聞こえた。
「拘束完了! 木樹の根っこを通じて毒煙流してやったぜ! どんなもんじゃい!」
「……やりおる」
山本が素直に誉めた。
たったこれだけだが、体も動かせなければ賽の目も振れない。
……拘束だけで終わるはずがないだろう。
そう思っていると……旅籠の背後から木夢が飛び出し、宙を舞った。
「ジャジャララララ」
「マズいな」
「お前、体がでかいんだろ? 人の姿に収まっているのって相当きついんじゃないか?」
「そうか……!」
旅籠の言葉を聞いて理解した。
山本は幾らかの攻撃を受け止めていたが、それは『回避できなかった』からだ。
妖怪最強の存在が人間の姿に収まっている。
それだけで力を使っているはずだし、本来の肉体とは違う姿なので動きが鈍くなるのは必然だ。
彼の体は、重い。
それ故に地面から飛び出してくる木樹は回避できなかったのだ。
たったこれだけで山本の弱点に気づいた旅籠に、落水はもちろん赤雪も感心した。
「あとは火力叩き込むだけだ!! 全員撤退!! 任せたぞ木夢!!!!」
「ジャラララララ!!」
体を強く振るって返事をし、高く跳躍した木夢は可能な限り巨大化した。
空中でグルンと回り、口に木材の木刀を作り出す。
超巨大になった木夢が何度か回転しながら遠心力を付け、着地と同時に大木刀を叩きつける。
「土丹!! 大地を固めろ!!」
「御意!」
「木樹!! 根を張って大地を支えろ!!」
「ギシシッ!」
「全軍! 衝撃に備えろおおおお!!!!」
ドッ……ゴオオオオオオオオオオオオン!!!!
固めたはずの大地すらも粉砕する火力。
隆起した土塊が宙を舞い、衝撃波によって粉々になって砂となる。
散らされた砂塵が大地震に耐える異形たちへ襲い掛かり、砂まみれになってしまった。
ここは傀儡城なので家屋への損害が心配だったが、それを無視してでも倒すべき相手であると誰もが理解している。
幾らかの物見櫓は倒壊し、瓦屋根が幾らか散った。
それでも被害は最小限に抑えることができたようで、家屋は全てが無事だ。
「げっほ……。ど、どうなった……!」
「ケホケホ。……もう、晴れますぞ」
魔蛇の結界越しに結末を見届ける。
木夢は小さなサイズとなって戻ってきてくれた。
そこに安堵したところで視線を戻すと……急に砂煙が払われる。
……立っていた。
拘束していた水や木樹は一撃に耐え切れず吹き飛ばされたようだったが、山本は未だに立っていた。
服ははじけ飛んでおり、今は袴しか履いていない。
頭部からは大量の血が流れ出ており、首と背中の骨が折れて変な恰好となっている。
木夢の一撃は大妖怪ですら押しつぶせるほどの火力を有していたようだが、山本を仕留めるだけの力はなかったらしい。
だが瀕死。
皆がそう思うほどに、彼の体はボロボロだった。
「なんであれで立ってられんだよ……」
『みごどなり』
ただでさえ低かった声に、ドスが混じる。
二人が一緒に喋っているような奇妙な声色となった瞬間、全異形が怖けた。
身を守っていたはずの異形たち全員が武器を構え、その切っ先を揺らしている。
全身の震えが止まらないようで、懸命に抑えようとするも無駄だった。
落水、赤雪も同様に震えていた。
木夢も小さくなって尻尾を丸め、魔蛇は結界すら解いてしまう。
唯一無事なのは……旅籠だけだった。
「ど、どうした皆! なんだ!? どうしたんだ!」
「す、す……すみ、ませぬ……。旅籠さ、ま……!」
「魔蛇さん! どうしたんだよ! 落水さんも! おい!」
『最強格の本性だ』
旅籠の片目の色が変わった。
シュコンがゆらりと出てきて、その答えを口にする。
「どういう……」
『あれに挑むるは、同じ領域の者共のみ……。種族の序列を決す、本気の死合い』
私は山本を見る。
あれが本来の力を発揮した山本であるという事か。
姿は人のままだが、その気配は見あげることができないほど大きい気がする。
『山本は妖怪最強。ならば異形最強は誰か』
「……誰?」
『……主殿。と言いたいところだが、恐らく我だ。……主殿の体。借りてもよいか』
シュコンが代わりに戦ってくれるらしい。
であれば任せよう!
……本当にそれでいいのか?
ちょっと待ってくれ、私は本当にそれでいいと思っているのか?
私のために死力を尽くして戦ってくれた仲間たちが目の前にいる。
最後の最後まで、私は彼らに頼って勝利を掴みたいのだろうか。
……勝つに越したことはない。
だがそれよりも大切な物があるのではないだろうか。
勝たなければ黒霊城にいる黒細たちを助けられないということは分かっている。
分かっているが……。
「そうじゃねえだろ……!」
『……主殿……?』
やっぱり、頼りっぱなしって嫌いだ。
自分だけ安全な場所で指示だけ出して、仲間を駒みたいに扱うなんてやっぱできねえ。
私たちは対等なんだ。
同じ心を持つ仲間なのであれば、そこに格差があっちゃいけない。
だが、私には何の力もない。
ただ異形たちに名前を与えるだけの、そんな小さな存在だ。
でも……私にだって力はある。
「私も、異形人だからな……!」
『……我の力は、使わぬか』
「すまん」
『ハ。……ハッハッハッハッハ!! カッハッハッハッハッハッハッハ!! まっこと!! 誠奇異なる主なり!! したらば如何する!』
そうだ、結局力を持っていない事には変わらない。
だが私は忘れていなかった。
「シュコン。私は、なんの異形人だっけ?」
『“魂蟲を喰らい保持し続けることができる異形人”!』
「魂蟲。つまり、人間の魂!」
私はドンと胸を打つ。
「聞いてるか皆ぁ!! 神に一泡吹かすため!! お前らが私の力となれ!! できるはずだよなあ!!」
ズグンッ……!!
一際強く波打った心臓が、胸を痛めつけた。
内側から数千の魂が拳で殴ってきたようなそんな感覚だ。
これつまり、了承の合図!!
スーっと旅籠の髪の毛が青白くなる。
瞳の色が真っ白となり、魂たちを宿した姿へと切り替わった。
冷気を纏っているのか周囲の空気が冷たくなり、近くにあった草が凍って朽ちていく。
『……なんだと……?』
初めて見る姿に、山本は心の底から驚愕した。
バキリと音を立てて体の骨を治したと同時に、旅籠の周囲が冷たく凍る。
山本が長く生きて力を得た妖怪であるならば、旅籠は主魂を多く喰らい力を得た異形人。
これに気づいたシュコンは笑った。
本当に最強なのは、己ではなく旅籠であったことに。
数千の魂が一つの肉体に宿る。
一人一人の力は限りなく弱くとも、束になれば山本にだって抵抗できる。
旅籠は一人の魂を強く呼び寄せ、古武術の構えを取った。
魂たちが生き、経験した力のすべてが今の旅篭には詰まっている。
呼吸法を変え、体を整える。
シーっと長く息を吐いたところで、キッと目つきを鋭くさせた。
「掛かってこい。山本五郎座衛門」




