16.6.不落城夏の陣⑥
以前住んでいた場所ということもあり、地図は頭の中に叩き込まれている。
迷うことなく目的地へとたどり着いた津辻原と津留は、さっそく敵を発見して背後から攻撃を繰り出した。
瞬く間に三体の異形を仕留めてしまった。
だが、この異形たちは二人が見たことのない異形であり、誰もが武器を持っている。
「こいつら……あの時戦った奴らとは違うわね」
「武器を使うだけ分かりやすい相手です」
「そうね」
二人は門を見る。
春の風たちは無事に門を突破したようではあるが、どうもそこから先に進めていないらしい。
おそらく草や水の異形以外に、全く姿の違う異形が行く手を阻んでいるのだろう。
それこそ今し方二人が倒した個体の様な……。
なんにせよ劣性であるのは変わらない。
一先ず津辻原は片手に力を込め、自身が持てる力全てを守の御力に使った。
これで相当な範囲に守の御力が広がったはずだ。
津留はこれだけの力を使うと身体能力に支障が出るのでは、と不安に思ったが姿を見ている限り全く問題がないようだった。
これが颪と巫女の力を有している女か、と感心する。
家の陰から飛び出し、早速増援に向かう。
到着したのは陣形の端だったのだが、異形たちが異変に気づいたらしく混乱が広がっていた。
今が攻め時だ、と多くの春の風が薙刀を振るって戦い始める。
「皆お待たせ~!」
「津辻原様!」
「このまま押し込むわよ!」
『はいっ!!』
「……」
春の風が息巻くなか、津留は背後を見た。
門を突破するのに苦労したのか、数十名の遺体が転がっている。
そこではガチガチと歯を鳴らして怯えている巫女が何人かいるのを発見し、あらましを簡単に連想できてしまった。
大方、人が死ぬのを見て巫女が怖じけてしまい、結界を維持して遠距離からの攻撃を阻止できなくなったのだろう。
石落としや弓狭間からの攻撃を防ぐことができれば、この様な結果には至らなかったはずだ。
現に……今も巫女は誰一人として前に出ておらず、守の御力を発動していない。
これでは劣性になるのも無理はなかった。
所詮は意気込みだけで参戦した若い巫女。
期待はしていなかったが……今更何を言ったところで後の祭り。
巫女を一瞥したあと、津留はすぐさま前線に加わった。
「負傷者は!」
「八十程……」
「よく持った方ね! ここからは死傷者なんて出させないわ! ここが終わったら秋の風の方に増援に向かうわよ!」
『『はいっ!!』』
この八十というのは本当に負傷者だけだろう。
死者を合わせれば数倍となる。
だが動ける者もまだまだ多く、これで負けた訳ではない。
しかし、津留は微妙な顔をした。
巫女がいない以上、結界で遠距離からの攻撃を防ぐことができない。
確か……水と石の異形がそれを得てとしていたはずだ。
「……! 水の匂い……! 津辻原様! 水です!」
「ここでか~!」
おそらく敵の増援だ。
遠くを見てみると、塀や屋根の上に登って投石の準備をしている石傀儡がいた。
しかし自在に石を作り出すことができず困惑しているようだ。
あそこまでは津辻原が放つ守の御力の範囲内。
暫く気付くことはないだろうし、まだ暫くの猶予があった。
しかしこの様子では秋の風たちが危ない。
一度この戦場を退き、秋の風たちと合流する方が良い。
だがそう簡単には通してくれなさそうだ。
異形たちがゆらりと前に出てきて、雪や土の異傀儡も到着した。
「こいつら急に強くなったぞ……」
「いや、どっちかと言えば俺たちが少し弱体化された」
「巫女か」
「巫女だな。どいつか判らんが、ここにはいない」
「黒細と曲音はこっちに来ない。俺たち異端村異形衆が止めるぞ」
「これで一軍を越えられるかな」
「余裕だろう」
黒霊城……もとい不落城に常駐していた異端村異形衆第二軍。
数は少ないが、未だに死者は数えるほどしかおらず、春の風たちを圧倒していた。
こちらが一人やられる前に、数十は倒している計算だ。
しかし、異形たちの特徴が守の御力によって封殺されている。
先程までは少し使いにくくなる程度だったが、いつの間にか解除されていた。
しかし今になって完全に使えなくなっている。
異術は使えないが、それでも実力じゃ異形たちの方が上だった。
キノコの笠を被った異形が頭を揺らす。
白い菌糸で肉体を構成しており、若干ではあるが人に近い。
その隣には大きな鉄の板を持ったアメーバのような異形がいる。
鉄の板を数枚持っており、転がって移動する異形だ。
体は球体で小さいものの、伸縮性のある体で鉄の板を絡めているらしい。
そこで、アメーバの異形が気づく。
すぐさま伸縮性の肉体を伸ばして木の盾を掴み取り、異形たち全員に投げ渡した。
「由海の攻撃が来るぞーーーー!」
「隠れろー!」
キノコとアメーバば叫ぶと、土傀儡がこれを伝達。
蜘蛛の子を散らすように物陰に隠れていった。
「な、なんだ……!?」
「逃げたの?」
「違う! 全員撤退して物陰に!!」
「急いで!」
津辻原と津留の声だけでは全員に届かない。
敵が怖じ気づいたとして攻めこむ春の風を止めることができなかった。
彼らは風を切る音を聴いて、ようやく敵の行動の真意に気づく。
「嘘……でしょ……」
ガチチチチチチチチチチチチチ。
空から一本の矢が飛んできていた。
矢尻には魚の骨のような口があり、何度も打ち付けて音を立てている。
それが急に分裂し、数千の矢の雨となった。
太陽の光を急激に奪ったそれに、誰もが異質さを覚えて空を見ただろう。
矢は勢いそのままに、着弾場所に噛みついた。
人に噛みつけば肉を喰らい、壁に噛みつけば木を食い破って隠れている肉を見つける。
どこに隠れていようが生きている矢を完全に避けることはできず、各々が適切な対処を求められた。
「ぎゃあああああああ!」
「ああああああ!?」
「こいっつ……ぐぬっ……!」
「ガヂガシュグチグチ」
「がああああ!」
肉体に噛みつかれて体に穴が空く者も多かったが、長年巫女なしで妖怪と戦い続けてきた者たちだ。
飛んできた矢を弾き飛ばして無力化し、他の仲間を助けに向かう余裕がある者も多数いた。
津辻原と津留もそうであり、貫通してきた矢をへし折りながら他の矢も破壊していく。
だが……この攻撃はやばい。
何度も対処できるものではなかった。
目の前には矢を防ぐ異形たちが未だにおり、背後からは大量の矢が飛んでくる。
これでは挟撃されているのと変わらない。
そしてなにより……弓兵の気配がない。
どこから飛んできたのかさっぱりわからないのだが……城の外から飛んできたのは間違いなかった。
「防げない……! 津留ちゃん!」
「はっ!」
「今すぐ御代ちゃんと合流して結界を張ってもらって!」
「しかし……それでは主力が……」
「あの三人が居るわ! お願い! あの攻撃を主力に向ける前に!」
「……! 承知しました!」
津留は頷き、この場を離脱する。
夏の風たちが戦っているのは不死身の軍勢だ。
巫女の力でこの異術は無力化されているだろうが、それでも主力にあの攻撃が向かえば只では済まない。
二射が来る前に……結界で防がなければならなかった。
由海の攻撃が直撃した人間たちを見て、異形たちは盾を取っ払って武器を構える。
茸の笠を被った異形が、空を見上げた。
「由海が気づいたってことは、増援もすぐに来るか」
「そのはずだ。こっちは問題なさそうだし、反対側に届けてほしいね」
「月芽であれば容易なはずだ。ま、自分たちはこの場を押し返すぞ」
「だな」
負傷者が一気に増えた春の風。
じりじりと距離を詰めてくる異形たちに、彼らは今一度武器を向けた。




