16.4.不落城夏の陣④
右側から大きな声が聞こえてきた。
夏の風たちが鼓舞して攻め始めたといったところか。
こんな遠くにまで声が届くのだから面白い、と思いながら鍵城は抜刀する。
それに続いて冬の風若衆全員が抜刀した。
ここは冬の風が担当している区画であり、主な任務は敵勢力を寄せ付けて分散させること。
だが可能であれば突破していいとのことだったので、勿論そのつもりで事に当たる予定だ。
今は夏で力こそ衰えているものの、夏の風たちに負けるわけにはいかなかった。
「巫女さん、お願いしますよ~」
「は、はい……!」
緊張するのも無理はないが、やってもらわなければならないのだ。
巫女たち数名が守の御力を発動させる。
金巫女と銀巫女と比べるとやはり見劣りするが、ないよりはましだ。
途端に鍵城が走り出し、これに若衆が続く。
動きを見ていた冬の颪、鍔雉は真正面の門へと突っ走った。
「巫女殿」
「はいっ!」
予定した動きを見て、巫女が再び動く。
守の御力を発動していない他の巫女が、門前での道へ進むためのトンネルを作った。
これにより遠距離攻撃を気にする必要がなくなる。
壁に張り付いた冬の風若衆はすぐさま陣形を取り、二人一組になって一人が壁に背を預けて片膝をつき、両手で足場を作る。
もう一人が全力で走ってきて足場に足をかけたと同時に、跳躍と押し上げる力で人一人が簡単に兵を飛び越えた。
「なっ……!?」
「よーよー久しぶりだな異形共! あいにく正面から突っ込むなんて馬鹿なことはしない主義でね!!」
着地と同時に前転し、傍にいた草傀儡数体を斬った。
三体を同時に斬ったのではあるが、コアに直撃せず二体は再生を始める。
冬ではないので精度が若干落ちているようだ。
だが倒す事は出来ている。
すぐさま立ち上がって号令を出した。
「門を開けよ!! 任せたぞ鴨井!!」
「承知!!」
鴨井はすぐさま門へと走る。
だがそれを簡単に許すほど異形たちは甘くなかった。
ここには草傀儡が多く派遣されており、武器を巧みに扱える彼らを捌ききるのは容易なことではない。
弓を握っていた草傀儡が反応し、こちらに向けてくる。
それを再度登ってきた冬の風たちが阻止して事なきを得たが、それでも門の付近を守っている草傀儡もいれば、増援として向かって来る者も多かった。
「邪魔はさせねえぞ! 門に集え!!」
『『応ッ!!』』
「させるな!! 一斉に掛かれ!!」
『『ロー!!』』
多くの武器を握った草傀儡が一斉に襲い掛かってくる。
鍵城はこれをかいくぐって的確に草傀儡のコアを破壊して道を開く。
早瀬と特訓していた時の成果が出ているな、と笑いながら次の敵を探して立ち向かう。
一方門を開錠する役目を担っていた鴨井は苦戦していた。
素早く閂を外すだけなのだが、敵が思った以上に強い。
他の仲間が奮闘しているおかげでこちらに敵の増援は寄ってきていないのだが、立ちはだかる一体の草傀儡は他の個体よりも大きかった。
草の仮面から覗くのは青い眼球。
首元にコアがあるようで、露出して狙いやすくはあるのだが槍を二本持っていた。
距離を取りながら確実に致命的な一撃を繰り出し続けているため、冬の風若衆の中で屈指の実力者である鴨井でも苦戦していた。
「くっ……!」
「ぬんっ!!」
二本の槍を横凪に振るった一撃は、鴨井を簡単に吹き飛ばす。
何とか防いで耐え、地面を滑って停止したが手が痺れていた。
(くそ……!)
「ここは通さんぞ。雑に入り込んできた貴様ら全員、始末してくれる」
ブォンッと振るわれた槍が地面を抉る。
何とか回避した鴨井は、次の攻撃を警戒して再び横っ飛びをした。
案の定二本目の槍が大地を殴って地面をえぐる。
閂を外す暇がない。
他の仲間もこちらに敵を寄せ付けないようにするので精一杯のようで、増援は見込めなかった。
自分一人で何とかするしかない。
どうする、と心の中で叫びながら思案していると、再び槍が降ってくる。
「っとぉ!?」
「チッ!」
このままではじり貧だ。
地面をえぐるほどの攻撃を何度も食らうわけにはいかないし、かといって回避を続けて懐に入る隙を待ち続けているわけにもいかない。
(どうする……! ……む?)
草の仮面から覗く青い瞳が、こちらを再度睨みつける。
これに活路を見出した。
バッと飛び出して肉薄しようとすると、草傀儡はすぐさま一歩下がって突きを繰り出してくる。
この攻撃を日本刀でいなしながら更に接近すると、若干慌てたようだ。
逃がしはしない。
すぐさま飛び込んで頭を掴み、思いっきり右に傾けた。
「ぬおおおおお!?」
「んぐぬぬぬ!!」
急にバランスを崩してしまったので、テンッテンッと跳んで転ばないようにする。
しかし顔を掴まれたことで仮面がずれてしまったらしい。
すぐさま片手で直そうとするが鴨井はこれを許さない。
再び左に顔を押し込んでバランスを崩し、最後にはドンッと突き飛ばす。
わざとらしく足音を立てて後ろに回り込んだところで、草傀儡が一気に後ろを振り向いて槍を叩きつけてきた。
音で判断して攻撃を繰り出したのだろう。
明らかな手ごたえを感じて仮面を戻してみると……。
「……なっ!?」
「ご苦労さん!」
閂が真っ二つに両断されていた。
視界を遮って頭をぶんぶんと振り回し、門の近くに誘導したのだ。
足音をわざと立てて背後に回ったのは、この草傀儡に閂を斬らせるため。
閂を斬ったことで門が揺れたのだろう。
待機していた冬の風が門をけ破る勢いで吹き飛ばし、一気になだれ込んできた。
その先頭を切るのは鍔雉だ。
走りながら静かに日本刀に手を置き、鯉口を切る。
「よくやった、鴨井」
一歩でその場から消え、気づけば草傀儡の背後を取っていた。
慌てて振り返ったが、両手に持っている槍が真っ二つになる。
これに驚いた瞬間、首にあったコアがバギリと音を立てて破壊された。
『氷閃刀術、舞わぬ粉雪』
ふわりと着地した鍔雉はすぐに血振るいをして次の敵に狙いを定める。
その左右を冬の風が素早く駆け抜け、敵を斬り道を開く。
以前のように統率が取れていないわけではない。
目的もはっきりしており、敵の脅威も知っており、油断もなければ慢心もなくただ前進する。
回りにも仲間がいるので、安心して刃を振るうことができた。
若衆は先陣を切ったということもあり負傷者が少しばかりいるようだが、まだまだ動けるので問題はなさそうだ。
敵がこちらを脅威と感じたのであれば、戦力をこちらに投入するはず。
「如何に目立つかだ。冬らしからぬ戦ではあるが、今は夏。奴らに負けぬ戦いをしてみせよ!」
『『承知!!』』
「っしゃああああ! 聞いたな若人共!! 我ら冬の風若衆も負けやしねえぜ!!」
『『応ッ!!』』
ガチン、と大きな音がした。
高く上り詰めた士気のおかげで皆はまだ余裕の表情を見せていたが、次第に雲行きが怪しくなり始める。
門を制圧し、城内に入ったのはよかったのだが……。
塀や家屋の陰から草傀儡が大量に出現した。
その数はぱっと見では数え切れないほどであり、さらに増援としてこちらに向かってきている草傀儡も確認できる。
これは曲音が派遣した草傀儡たちだ。
あまりにも大量の兵を見て苦笑いを零す者もいたようだったが、未だほとんどの者たちは楽しそうに笑っていた。
何より作戦が成功していたのだ。
こちらにこれだけの兵力が寄ってきているのであれば、主力部隊の方はさぞ楽になっていることだろう。
そして、もう一体が姿を現す。
櫓の石垣の陰から草傀儡とは違う別の異形が出現した。
顔から白い靄が流れ続けている異形であり、首が長く手足も長が酷い猫背だ。
四尺はあろう日本刀を腰に携えているが、身長のせいで適性の長さであるように感じられた。
「……あの刀……」
「間違いありませぬ。羽樫優三郎作、四尺無霧丸。大江津家が管理していた名刀です」
「異形は目利きもできるのだな」
「生半可な刀では折られますよ……」
刀好きであれば一度は耳にしたことがあるほどの有名な日本刀、四尺無霧丸。
これを羽樫という鍛冶師が一人で打ったというのだから驚きだ。
あの刀で有名な逸話と言えば、打ちあった刀が尽く破壊されることだろうか。
目の前に鉄があるのに、それを無視して霧を斬るかのごとく振るうと比喩されてこう名付けられたのだ。
あれだけ大きいので振るえる人間はいなかったのだが、異形であれば簡単に扱えるのだろう。
戦っていた一体を切り伏せ、一段落終えた鍵城が鍔雉の下へと近づく。
異形を見て目を細め、小さく唸った。
「鍔雉さん、宇代のおっちゃん。あれが前に話してた奴だ。ほら、俺がオドを助けに行った時に対峙した異形だよ」
「ほう、あれが」
「オドの話によると、日本刀を振るうと別の方角から斬撃が飛んでくるらしい」
「厄介な力だな……」
「単純な物ほど厄介のな物はない」
チキ、と日本刀を握り直す。
鍔雉と鍵城が前に出て構えを取ると、異傀儡衆たちも戦闘態勢を整えた。
「まずは道を開く。巫女は守の御力を。行くぞ冬の風共。ここが正念場だ」




