15.15.最後の共有
ひょこっと顔を出した雪野は、地面に着地する。
ようやく継ぎ目移動に慣れたところだ。
もう転倒などはせず、見事に着地して持っている書物なども散らかさなかった。
ここに来るのは何度目だろうか。
だが、これが最後になるだろうな……という思いで彼女はあの四人と顔を合わせる。
「話……っていうのは何? 代果城で何が起こってるか分かったのかしら?」
「まぁそんなところです」
相変わらず少しトゲのある言い方をする由海。
未だに警戒を解いていないのか、それとも元よりこういう性格なのかははっきりしない。
だが以前よりは物言いが柔らかくなった気がする。
「話せ」
「はい。狐……えーっと小空でしたね。どうやら城主と接触し、その家臣に何かを吹き込んだそうです。これがなにかはわかりません」
「チッ……厄介な……」
天狗の芦山が強く舌を打つ。
あまり期待はしていなかったが、狐が何をしでかそうとしているのか分からないというのは、これからの動きに制限がかかる。
腕を組んで唸る彼の隣で、笠を被っている案山子が動く。
わさ、と優しい音をたてながら視線をこちらに向けた。
「……それだけでは、ないのですな?」
「はい。主魂について少し分かりました」
「えっ!?」
声を出して驚いたのは月芽だけだったが、他の者も目を見張っていた。
これには由海が食らいつく。
「どんな奴なの!?」
「あの……話を聞く限り……。悪い存在ではないと思います」
「なんだと? そんなわけないだろう。主魂は極悪人だぞ」
「多分……主魂の事は妖怪にも間違って伝えられています。主魂は、優しい異形だったみたいです」
「ではあの伝えられている事件は?」
「主魂を取り込んだ、異形人の仕業であるらしいです」
雪野は夢芽から聞いた話を、全員に伝えていく。
主魂は優しく、力を欲する人間の提案を尽く断っていたこと。
それなのに、急に誰かの下に付いたこと。
そして、代償の詳細。
この情報は代果城にいた異形人、夢芽から聞いたもの。
「い、異形人……!?」
「継矢家初代当主に仕えていた異形人だそうです。彼女の口から聞いた話なので……現実身はあるかと」
「確かに、そうですな。しかし……そうとなると主魂の真の目的はなんですかな?」
「多分、本人に聞いてみてもいいと思います。悪いことをする異形ではないなら、答えてくれるはずです」
そう提案したが、反応はまちまちだ。
まだ主魂という存在に警戒しているようなので、その行動に至るには時間がかかる。
月芽は早速話してみたいようだったが、他三名は難しい顔をしていた。
まぁ、これが普通の反応だろう。
今まで敵として見ていた存在なのだ。
旅籠にもしっかり説明しなければならないし、乗り気ではないというももある。
急にこんな話が出てきたので、どうすべきか悩んでいるようだった。
「どうする? 案山子夜」
「……どう切り出すか……。旅籠様が、どう思うか……」
「わっ、私は早く話を聞いた方がいいと思います!」
「未だ主魂の真の目的が分からぬのですぞ。これが分かれば……」
「それを聞くんですよ!」
「……むぅ、しかし……」
「ううーん……」
悩んでいるところ悪いとは思うが、雪野がここに来た理由はこれだけではない。
ひとつ深呼吸をして、全員に声をかける。
「……皆さん。恐らくですが、今日限りで私はこの集まりに参加できません」
「え!?」
「どうして……?」
「……不落城を攻める段取りが整いつつあります。これは止められません。ここを私が去った時、敵同士になります」
「……なるほど。確かに、そうですな……」
雪野の強い覚悟を感じ取った案山子夜は、小さく頷いた。
次の戦いは人間の総力戦となるはず。
そうなれば……双方に大きな被害が出ることは明白だった。
今は互いに恨み事があまりない。
だが次の戦でこの中の誰かが、大切な仲間を殺したのであれば……。
どの面を下げて会えばよいのだろうか。
これを御して和平の道を進むのは……困難だった。
「ここまでですな。和平の道は」
「か、案山子夜……!」
「私たちの陣営は、巫女を多く確保しました。これのより風たちの本領が発揮されます。もちろん……私も参加する予定です」
「いいの? 教えちゃって」
「知ってたら変ですからね」
以前月芽に言われたことと同じことを口にした。
これに由海が小さく笑う。
「あらそ。はぁー……、やっぱり敵同士なんだね」
「ですね。まぁ、仕方ないです」
「由海まで……。ほ、ほんとうにもうなにもできないのですか!?」
「できたとて、戦は始まりますな。この結果次第で、なにか変わるやも知れませぬぞ」
「え?」
案山子夜の言葉に全員が視線を向ける。
だが、彼はそれ以上口を開こうとはしなかった。
「……つまり、まだあるんですね」
「……」
「であれば、私は諦めません! 最後まで……!」
「月芽ちゃん……」
「頑固ね~……。ま、いいわ。こっちは頃合いを見て主魂のことを聞いてみる。もう隠してられないし、主魂が安全な異形なら、話はできるはずよ」
「お願いします。月芽ちゃん」
「はい」
継ぎ接ぎを伸ばし、帰路を確保する。
ワタマリを一匹かかえると継ぎ接ぎが開いた。
「次に会えるときを楽しみにしています」
「必ず会いましょう!」
そう言い残して雪野は継ぎ接ぎ飛び込んだ。
その時、申し訳なさそうな表情を一瞬だけ晒したことに案山子夜だけが気付いた。
どういう意図を含んでいるか最初は分からなかったが、次第に鮮明となった。
(……そういうことか……)
継ぎ接ぎが閉じ、ワタマリだけが帰ってくる。
これを月芽がキャッチしたところで、案山子夜が口を開く。
「月芽、由海。黒霊城の防衛を固めますぞ」
「えっ……」
「案山子夜は雪野が教えてくれた事を利用するの?」
「向こうも何かしら策があるようですからな。これで、お互い様ですぞ」
「……つ、つまり……。雪野様も、この密会を利用しようとしているという事ですか?」
「然り」
頭の笠をつまみ、顔を隠しながらはっきりとそう答えた。
信じられないといった様子の月芽だったが、話を聞いて由海はなんとなく理解したようだ。
人間は、ここで勝たなければならない。
こちらも負ける気は毛頭ないのだが、彼らの中では一世一代の大勝負。
巫女も増え、力を増した彼らが次も負けることがあれば……間違いなく交渉の材料は消え失せる。
「どうやら、わてらは雪野殿を甘く見ておりましたな。未だ和平の道を紡ごうとしている……」
「え?」
「あの子も本気なのね。じゃあ、こっちも応えないと」
「そうですな。では戻りますぞ。芦山殿は如何しますかな?」
ずっと隣で話を聞いていた芦山は、案山子夜に声をかけられてようやく顔を上げた。
腕を組んで少し考えるように首を傾げ、小さく頷く。
「恩を返すまでは、味方しよう」
「それは心強いですな」
二人は少し打ち合わせをした後、森の中に消えてしまった。
取り残された二人は顔を見合わせる。
「帰りましょ」
「……戦うんですね……どうしても……」
「わざと負けるなんて絶対にしないわ。あとは妖が動かないことを祈るばかりね」
「私がなんとかします!」
「貴方が居ればどうにでもなるからね」
足元に継ぎ接ぎが伸びる。
二人がそこに飛び込めばすぐさま閉じ、何もなかったかのような静寂が訪れた。
もう時期、夏が来る。




