15.14.消えた理由
「異形が消えた理由は、異形人にある。先程の主魂の話と合致しますね」
主魂の力を得た異形人が、大きな戦を吹っ掛けた。
四代にも渡って続いた長く苦しい戦を、夢芽は記憶している。
とはいえ彼女の力、絶守は自分を守ることに長けた力なので前線に出ることはなかったらしい。
文でのやり取りで、前線の様子を知り得ていたようだ。
その文には異術が付与されており、読みきると燃えてなくなってしまうものだった。
なので残されてはいない。
夢芽の絶守を持ってしても、崩壊を阻止できなかったのだとか。
「ことの発端は……やはり主魂だったようです」
『違うよー』
「ああ、いやそういうことじゃなくて……話最後まで聞いて? ……こほん。主魂の力はやはり強力で、多くの人間が狙っていたようなのです」
「その力は」
「時喰らい。生命の時を加速させる、異術です」
これに夢芽はコクンと頷いた。
その他にも何かしら力を持っていたようだが、主魂の最たる力はこの時喰らいだそうだ。
夢芽が覚えているのは、主魂が領主たちから何かを言われているところ。
そのあと、必ず首を横に振って断っていた姿だった。
恐らく力を欲する人間が何かしら交渉をしていたのだろうが、自分の力の恐ろしさをよく知っている主魂はそのすべてをはね除けていたようだ。
人のために力を振るう異形ではない。
と、いうより個の利益のために力は貸さない異形だ。
会話したこともあるし、遊んでもらったこともある夢芽はそれをよく知っている。
「……そんな折、急に主魂の力を得た異形人が出現した」
「主魂が人間に屈したということか?」
『違う! しない! そんなこと!』
「夢芽ちゃん、落ち着いて……」
『ううー……』
「……すまぬ」
鍔雉の言葉に夢芽が吠える。
事実の確認のための発言だったが、主魂をよく知る彼女からすれば侮辱に当たったらしい。
小さく謝罪した鍔雉は目を伏せた。
「……まぁ、鍔雉さんの言うことも分かります。が、頑として力を貸そうとしなかった主魂です。人間に騙され、利用されたという線が濃厚かと」
「それが本当だとすれば、主魂は悪い異形ではないってことになるな」
「これが、異形が消える切っ掛けとなったか」
経緯はどうあれ、主魂が利用されて異形人が力を振るい、多くの者たちが死んだのは間違いない。
その力は全種族が力を合わせなければ敵わなかったほど。
異形人が忌み嫌われるように仕向け、その再来を防ぐ必要は確かにあったのかもしれない。
これは夢芽が担当したことであり、彼女が一番よく知っていた。
継矢家初代当主が残した書状を読んでから、彼女は奔走する。
全ての異形たちにこれを伝え、異形人にも伝え、これからのことを話し合った。
戦いの中で異形人は大勢が死に、数える程度しかいなかったし、残った異形も姿を隠すことに決めた。
そして人間には、魂蟲を喰らうことを禁忌とし、妖怪たちにはその監視を任せたのだ。
新しく生まれた異形たちも、妖怪が監視と管理を行った。
人の寿命は短い。
いつしか過去を知る者は居なくなり、口伝も書物も残らず、ただ魂蟲を喰らうことが禁忌であるとだけ残された。
常に側にいて自分達を脅かす妖怪に刃を向け始めたとき、夢芽と妖怪は安堵したのだ。
『私たちの仕事は終わったって』
「……だが、異形が再び現れた」
『考えてなかった。渡り者の影響は』
流石に渡り者がここまでの戦力を整えるとは考えなかったらしい。
これは夢芽が一番驚いている。
異形人が力を持つことに不満はないが、その力が再び人間に向けられていることは問題であるとのこと。
『止めないといけない』
これには全員が同意する。
そんな中、雪野は一人で思案していた。
主魂は、悪い存在ではない。
芦山は大罪人だと言っていたが、おそらく間違って伝えられたものだ。
いや、もしかしたらわざとそう伝えられたのかもしれないが……悪い存在ではないとなれば、話が変わってくる。
主魂はなんのために旅籠に憑いているのか。
旅籠や異形を利用して何かを進めようとしているとは思えない。
だが、一度人間に裏切られているので……復讐……という線は拭いきれなかった。
(……話さないと、分からない……)
「だああああー肩がこる話だなあおい……」
「しゃんとしろ、捌菅」
「あ、そういやあ……。代果城の件はどうなった。秋の風忍び衆が一人向かったんだろ? 鍵城、なんか聞いてねえか?」
「お前に言われて答えるのは癪だが……」
「んだとぉ?」
「言伝ては貰ってる」
「誰から」
「代果城城主、葉桐成安様」
思わぬ名前を聞いて耳を疑った。
葉桐は保守的な性格で、こちらのことにはあまり関与してこない。
そんな彼が言伝てを寄越してくるなど、初めてのことだった。
「……その、言伝てはなんと?」
「まず、狐と一戦交えたそうです」
「「狐と!?」」
最強の妖術を扱うといわれる狐。
それと対峙して生き残っていることに驚いたと同時に、代果城に妖怪が侵入したという事実に危機感を覚えた。
雪野はこの話を真剣に聞いている。
未だ進展がなかった代果城の情報。
狐が何を目的としているのか、分かるかもしれないからだ。
「狐は葉桐様に提案を持ち掛けようとしたようですが、戦闘の末退いたと。ですが、家臣の誰かに何かを吹き込まれたそうです」
「裏切り者がいるということか」
「はい。それを見つけ出すよう、遊び感覚で一方的に言われたそうで。その家臣を見つけられれば、全てを話す、と」
「何が目的なのだ」
「それはさっぱり……」
鍵城は首を横に振る。
今はなにも進展がないらしく、これ以上の情報はない。
だが妖怪が裏工作を行っていることは確かであり、こうして言伝てを届けてくれたようだ。
その家臣は未だに尻尾を出しておらず、発見には至っていない。
その家臣がいつことを起こすかは不明であり、疑心暗鬼となっている者も少なくないという。
「不落城奪還後、代果城へ戻りましょう」
「それがいい。では、ちょうど集まったことだ。不落城を攻める手筈を確認しよう」
夢芽からは、またあとで話を聞けばいい。
今優先すべきは戦。
颪や鍵城、早瀬は早速そのなかに混じっていった。
残された雪野は夢芽を撫でながら思案する。
結局狐が何をしようとしているのかは分からなかったが、放置できる問題ではない。
だが城主が動いているので、まだなんとかなるだろう。
(……皆に報告しとかないと……)
「萩間よ」
山本が口を開く。
そこで思い出したのだが、そういえば自分と山本は単独行動の許可を取りに来たのだった。
「どうした」
「我と雪野は別で動く。その代わり、継ぎ接ぎの異術を止めよう」
「承知した」
「「ちょっと待てい!」」
待ったはかかるだろうと覚悟していたのだが、古緑からはあっさり許可が出て拍子抜けした。
だがその代わり早瀬と鍵城が待ったをかけた。
これが普通である。
「なに考えてるんですか萩間さん! 無謀でしょ!?」
「二人でどうこうなる異術じゃないでしょ!」
「う、うん……流石に私も反対かも……」
「いやそれが普通だぜ……?」
津辻原と捌菅もやはり頷く。
確かに継ぎ接ぎの異術を阻止できるのであれば魅力的だが、それが可能とは信じていない。
だが、古緑は一通り意見を聞いてから山本に向き直る。
「勝算は」
「九割五分」
「「たっか!」」
「山本殿がここまで言うのだ。打つ手だてがない今、任せても良かろう?」
「うっ……」
「そ、それは、そうだけど……」
「決まりだ」
もう有無を言わすつもりはない、というようにピシャリと締めくくった。
「礼を言う。萩間よ」
「山本殿が策なしに動くなど一度としてなかった。その勝算、期待してよいな?」
「無論」
「時は」
「不落城までは共に行く。戦支度の手前で離れるつもりだ」
「承知した」
「そちらは任せたぞ」
これに頷いた古緑は、視線を戻した。
今の二人の間に入れる余裕などは誰もなく、ただ決まったことを理解するだけだった。
戦は近い。
不落城での夏の陣が、始まろうとしていた。




