89.末っ子王子の思惑
あれから、フランツ様は頻繁に魔導師団の棟へ顔を出すようになった。
最近ようやくコンラート様が邪魔しに来ることが少なくなってきていたのに、これでは仕事が進まない。
魔導師団の事情がわかるコンラート様に比べると、王子であるフランツ様はより厄介だ。
「ルビナ」
「……なっ」
そしてその日の休憩中、お手洗いから出たところをフランツ様に呼び止められて、私の身体はびくりと揺れた。
「こんなところで待っていたのですか!?」
「ごめんごめん、ルビナに見せたいものがあって」
いつの間に来たのだろうか。また護衛を撒いたのね……。
半ば呆れつつも、悪びれた様子なく軽く話すフランツ様に、警戒しつつお聞きする。
「……なんでしょうか」
「口では説明できないから、一緒に来てくれる?」
「私はまだ仕事がありますので」
「じゃあ、仕事が終わってからでもいいよ」
「仕事が終われば主人が迎えに来てくれます。ですので、主人と一緒に参りますね」
「……クレスは連れて来ないでほしいんだけど」
笑顔のフランツ様に、笑顔でお返しした。けれど〝主人〟の単語に、ふて腐れるような顔をされた。
「ねぇ、お願い。少しで良いから、二人きりでゆっくり話そうよ。まだ少し時間があるだろう?」
「そんなに時間はありません。仕事が終わったら参りますので、それでよろしいでしょうか」
「……クレスと一緒にだろ?」
その質問に「はい」と答えると、フランツ様はあからさまに顔を顰めた。
「そんなにクレスはいいか? 確かに肩書きはあるが、僕の方が良い暮らしをさせてやれるぞ」
「前にもお伝えしましたが、結婚した理由はそれではありません」
「ではあの見た目か? 確かに女からモテそうな顔だが、僕だってそこそこ良いだろ? 僕はエーリッヒ兄さんに似ているから、すぐにあんなふうにハンサムになるぞ!」
確かに、フランツ様はエーリッヒ様似の美少年だ。
エーリッヒ様はとても見目麗しい王子様だから、フランツ様も近い将来ああいうふうになるのだろう。
だけどもちろん、そんなこと私には関係ない。
「確かにあの人はとても魅力的な外見をしていますが、顔だけが理由でもありません」
「では中身か。しかしあいつは結構抜けているところもあるだろう。クレスのどういうところに惹かれたんだ?」
「一言ではお答えできません」
「え?」
「理屈ではないのです。言動や反応……表情のひとつひとつさえ、今まで彼と接して見てきたものすべてがあの方であり、他人から見れば欠点になってしまうようなところもすべて、私は愛おしいのです」
惚気だと思われても構わない。フランツ様が理解してくれるのならばと、包み隠さず真っ直ぐに、はっきりとクレスへの気持ちをお伝えした。
「ですから、肩書きですとか、見た目ですとか……そういうことはもう関係ないのです。私はたとえ彼が爵位を引き継がなくても、顔に治らないような傷跡ができたとしても――変わらず愛し続けます」
フランツ様は私が何を言っているのか理解できないかもしれない。
だって彼はおそらく本当の恋や愛を知らない。正直私のことだって、やっぱりこんな短期間で本気で好きになったとは思えないのだ。
「では、もしクレスが君を裏切るようなことがあったらどうする?」
「彼は私を裏切ったりしません」
「そんなのわからないだろう! クレスはモテるからな。今後君以外の女性にも興味を持つ可能性は十分ある」
「……」
言われて、その姿を一瞬想像してしまった。
想像するだけでとても胸が苦しくなる。そんなところ絶対見たくない。だけど――
「先のことはわかりません。ですが、私は主人のことを信じております。愛する人を疑ってしまうくらいなら、信じて裏切られた方がマシです」
心からそう思った。フランツ様を納得させるためではなく、私は本当にそう思っているのだと実感して、自然と笑みが溢れた。
「……っ」
「あ、殿下の護衛の方がいらっしゃいましたよ」
きっとあちこち探していたのだろう。
近衛騎士の方がこちらに向かって走ってくるのが見えたので、私は丁寧にお辞儀をして仕事に戻ることにした。
*
それからしばらくは、フランツ様が訪ねてくることがなくなった。
ようやくわかってくれたのだと安堵したけれど、同時に少し言いすぎてしまったかもしれないと不安が過ぎったりもした。
フランツ様は基本的にはいつも笑っているけれど、なんとなくその笑顔の裏に、彼の苦悩のようなものを感じるのだ。
エーリッヒ様とのやりとりを聞いたときも、何か引っかかるものを感じた。
彼にも第三王子なりの苦悩がきっとあるのだろう。
フランツ様はまだ十四歳なのだ。もっと言い方があったかもしれない。
もっとしっかり話を聞いてあげても良かったかもしれない。
傷つけてしまっただろうか……。
「――ルビナ!」
その日の仕事を終え、ぼんやりとそんなことを考えながらお手洗いを出たところで名前を呼ばれ、また私の身体はびくりと揺れた。
「殿下……」
「ルビナ!! 大変なんだ、すぐに来て欲しい!」
「え? どうされたのですか?」
「説明はあとだ!! とにかく早く来てくれ!!」
久しぶりにお会いしたフランツ様は思ったより元気そうだった。
だけど、それよりもただ事ではなさそうなその慌てように、ドキリと鼓動が脈打つ。
何があったのだろうか……。
誰かが怪我をしたの?
いや、それなら回復薬を使うはずだから、まさか毒を浴びたのかもしれない――。
ともかく、そんなに慌てて私を呼ぶのだから、余程の負傷者がいるのかもしれない。
強く腕を引かれるまま、私よりまだ少し短い脚の長さの彼に、小走りでついて行った。
「怪我人は――?」
連れて行かれたのは王宮内の西側にある離れの棟の一室。
普段私は行くことがない場所だけど、ここで何かがあったのか。
王子の慌てように疑うことなくついてきたけれど、その部屋には誰かがいる気配がない。
バタンと扉の閉まる重たい音を真後ろで聞いてフランツ様を振り返ると、彼は呟くように一言だけ、言葉を溢した。
「ルビナ、ごめん」
「え――?」
その直後、霧吹きのようなもので液体を顔の前で吹きかけられ、驚きに思わず目を閉じる。
「でん……か……」
「……」
けれどそれを吸い込んだ途端、突然頭が重たく感じて力が抜けていき、膝を突いたのと同時に私は意識を手放した。
今回は気になる感じで終わってしまいましたが……ここでお知らせです!
犬系騎士様連載の息抜きで、新連載始めました。
『無口だった婚約者は美声(イケボ)騎士でした〜この恋は耳から始まった〜』
https://ncode.syosetu.com/n7006hi/
無口系イケボ騎士と声フェチ(?)ヒロインのほのぼの恋愛ものです。
お時間がある時に覗いてくれると嬉しいです!
ブックマークや評価で応援してもらえたら本当にありがたいです!
犬騎士もエタらず更新しますのでご安心くださいませm(*_ _)m
よろしくお願いします(^^)




