88.末っ子王子のご要望
確かに、私のように片親だけが魔力持ちでも子に受け継がれることはあるのに、王族に引き継がれることはないというのはとても不思議な話である。
本当に呪いがかけられているのだろうか。
元々魔力持ちの女性は少ないから、安易に試してみようというわけにもいかないはずだ。
さすがに二人の子を産めとは王族でも強制できない。
そんな横暴が知れ渡れば、魔力持ちの女性がその力を持っていても隠し、登城しなくなってしまう可能性があるのだ。
「わかってください」
懇願するようなクレスの言葉に、フランツ様は尚も不満げに眉を寄せて何かを思案する表情を見せ、ぱっと閃いたように私を見つめた。
「じゃあ、ルビナが僕の護衛をしてよ」
「え?」
「そしたら僕は勝手にルビナの前からいなくなったりしないから!」
名案だと言うように表情を輝かせ、フランツ様は私の手を握った。
「殿下、そのようなことは――」
「ダメですよ!! ルビナは魔導師団の者なんですから!!」
しかし、私の言葉を飲み込むようにコンラート様が大きな声を出してフランツ様から奪うように私の手を取った。
この人は、どさくさに紛れて……。
「僕は王子だぞ!」
負けじとコンラート様から私の右腕を取り返すフランツ様。
「王子であろうとそのような権限はございません、手をお離しください。ルビナは貴方のものではありませんよ?」
口調は冷静だけど、掴んでいる私の左腕に力が込められていくコンラート様。
「お前こそ離せ! お前のものでもないだろう! 父上に言うぞ!」
「どうぞご勝手に。ルビナは私が指揮する魔導師団員ですから、もう私のものと言ってもいいくらいです」
「いた……っ」
勝手なことを言いながら二人に左右から引っ張られ、私の腕には痛みが走った。
「っ、すまないルビナ、大丈夫か――」
私の小さな悲痛を聞いてパッと手を離したのは、フランツ様だった。
「フッ……、ようやくわかったようですね、ルビナが誰のものか――」
そして勝ち誇ったように私の腕を掴んだままそう言ったコンラート様だけど、そんな彼の肩にポンッとクレスの手が乗った。
「手をお離しください、コンラート様」
「…………はい」
引き攣った笑みをなんとか浮かべているけど、コンラート様の肩がクレスの手によって形を変えつつある。その手が怒りで小さく震えていて、さすがのコンラート様も大人しく私から手を離してくれた。
「おほん。フランツ様、ルビナは魔導師です。騎士ではありません。ですから貴方の護衛はできません」
咳払いをして気を取り直すと、クレスは近衛騎士団副団長の顔をフランツ様に向けた。
「別に身を挺して戦えとは言わない。だけどルビナは魔力が強いから、頼りになる! もしまた毒にやられてもすぐ解毒してもらえるしな!」
「ですが、護衛など……彼女はそのような訓練は受けておりませんので」
「もちろん他に護衛の騎士を付けてくれて構わない。ルビナはただ僕と一緒にいてくれたらいいんだ」
そうだろう。それが目的だろう。そのために名目はなんだって良いのだろう。
おそらく同じことを思っているクレスと視線を合わせ、この末っ子王子様の要望をどう却下しようか頭を悩ませている副団長の姿に、堪らず私が口を開いた。
「あの、殿下……」
「フランツだよ、ルビナ。たまたま先に出会ったのがクレスだったというだけだ。君には僕のことをもっと知ってほしいんだ」
「……」
けれど、フランツ様は表情を引き締めて強めの口調でそう言った。
ううん……。困ったわね。
「私には魔導師の仕事がございます。私はこの力をこの国のために役立てたいのです」
どうかわかってほしい。
そう願って再び頭を下げれば、頭上からフランツ様の低い声が降ってきた。
「……僕のようなちっぽけな王子のためには、君の力は使えないということか?」
「そうではございません、ただ――!」
少し怒気を含んで聞こえたその言葉に慌てて彼の瞳を見つめる。けれど――
「じゃあ、ずっとじゃなくてもいいから、仕事の合間に来てよ。仕事が終わったあととか」
「……なっ」
「殿下、それではルビナの身体が持ちませんよ」
すぐに笑顔に戻ったフランツ様に、先程からこのやり取りを大人しく見ていたローデ師団長が言った。
「……それじゃあやっぱり僕がこうして会いに来るよ。普段はうるさい夫もいないだろうし」
じっとクレスを睨んだあと、フランツ様は私に向かってにっこりとプリンススマイルを振りまいた。
魔導師団に見学に来てはいけないというルールはないし、これ以上お断りする理由も浮かばない。まして相手が王子なら、尚更無下にはできない。
「それよりクレス。エーリッヒ兄さんの護衛はいいのか? 僕の護衛のことなんかより、お前は第一王子の身の安全を第一に考えろよ」
「……承知しております」
「またね、ルビナ」と言いながら手を振って帰って行くフランツ様を見送って、クレスは物憂げにため息を吐いた。
*
「しかしフランツ様には困ったな」
就寝前――クレスの私室でいつものようにブランと少し遊んでから彼を寝かせ、一息ついた頃。
思い出したように呟いてクレスがため息を吐いた。
「……そうね」
「まさか自分より十近くも年下の男にルビナを取られそうになって悩むなど、思いもしなかった」
はぁ~~、と深く息を吐き、紅茶に少し混ぜるために持ってきていたブランデーを空のカップに注ぎ、ぐっと煽るクレス。
「でも、フランツ様が本気で言っているとは思えないのだけど……」
「なぜだ?」
そんなクレスの隣で、私はぽつりと呟いた。
「だって、いくら彼を助けたからと言っても、私がフランツ様にちゃんとご挨拶したのは初めてだったし、そんなことで本気で結婚したいとまで思うかしら?」
もしかしたら、王子の退屈しのぎに付き合わされているのではと思ったりもした。
もしくは、恋なんてしたことのないフランツ様が、感謝の気持ちを恋だと思い込んでいるだけかもしれない。
「……ルビナ」
「なに?」
「君はいかに自分が魅力的な女性であるのか、もう少し知った方がいい」
「……え?」
私の方を向いて力強く言いながら、クレスは手をぎゅっと握ってきた。
「助けられたくらいで惚れることもある。優しくされただけでも、言葉を交わすだけでも……一目見ただけでも好きになってしまうのはよくあることだぞ」
「……」
まぁ、確かにそうかもしれないけど。
私が言いたいのは、その相手が既婚者であっても奪ってまで一緒になりたいほど……兄や父の意向に反発してまで貫きたいほど本気になるものだろうかということだ。
「こうなったら、早く子供を作って諦めさせるしかないな」
「え?」
「さすがのフランツ様も、子ができれば簡単に別れろとは言わないだろう!! ……ついでにあの筆頭魔導師も」
「……そうね」
握った手を胸の前まで運び、興奮気味に熱くなって身を寄せてくるクレスに、ちらりとブランへ視線を向けた。
「……大丈夫。ブランもこっちで大人しく眠るようになってきたから、静かに移動しよう」
「ええ……」
私の視線に気づいて声を抑えたクレスに促され、ゆっくりと立ち上がる。
ブランは自分のベッドで気持ち良さそうに眠っている。
寝室の扉は開けたまま、私たちはブランをそちらの部屋に残してベッドに潜り込んだ。
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