87.魔導師団のお仕事
「凄いな、ルビナ……。もうこんなに作ったのか」
いつものように魔導師団の棟の一室で、私は回復薬の製造に励んでいた。
そんな私に声を掛けてきたのは同じ魔導師のトーマス・ベーメン。
彼は筆頭魔導師であるコンラート様の息子で、以前はクレスに憧れて魔導騎士を目指していた、私のひとつ年下の十七歳。
「ええ、この調子だと今日の分はもう終わりそうよ」
「そうだな。本当に君は凄いな。今日中に終わるかどうかもわからない量だったのに……」
トーマスとは歳が近いからか話しやすい。
彼の父親はちょっとアレだけど、今のところトーマスは常識人。
騎士団では過酷な訓練についていけなくて挫折してしまったようだけど、魔導師団では真面目に働いている。
クレスと結婚した私に、彼は「副団長は凄いよ。あの人は魔力も強いのに剣の腕も一流。僕も昔は憧れてたけど、正直レベルが違いすぎてついていけなかった」と、苦笑いを浮かべて話していた。
副団長とは、もちろんクレスのことである。
そんな話を聞いて、やっぱりクレスって凄いんだ……。と、たまに見る騎士モードの彼の顔を想像して胸を高鳴らせたのは内緒。
そんなトーマスも父親譲りの強い魔力を持っているようで、彼は私と同じ回復薬作りを担当しており、色々と教えてくれた。
最初はコンラート様が息子のトーマスに私の指導係を任命したのが始まりだったけど、若い女性が少ないこの魔導師団の中で気の合う仲間ができて良かったと思っている。
「ルビナは少し休んできていいよ」
「大丈夫よ。この調子で明日の納品分も作っちゃう?」
「はは、それもいいけど、あんまり張り切ると魔力を使いすぎてバテるぞ」
魔導師の仕事も色々と役割が分かれている。
日常の主な仕事は生活道具や武器、防具なんかに魔力付与することだ。
私やトーマスのいる回復薬の製造を行っている部屋では、薬師が煎じてくれた薬草に魔力を織り交ぜて回復薬や解毒薬などのポーションを完成させる仕事を担っている。
治癒魔法が使える者は少ないので、この仕事の負担は結構大きい。
だから薬師の協力は不可欠なのだけど、私は治癒魔法が得意だったから、皆さんの分も頑張ろうと少し張り切りすぎて、来てすぐの頃にバテてしまったことがある。
あの時はまだ自分の力がどの程度か把握していなかったせいもあるのだけど。
「そうね、気をつけるわ」
出来上がったポーションを一回分ごとに瓶詰めし、納品用の箱に入れる。
そんな作業をしていたら、陽気な男性の声が私を呼んだ。
「ルービナ!」
「はい……」
顔を上げてそちらを見れば、入口に筆頭魔導師のコンラート様と、魔導師団団長のエルヴィン・ローデ様が立っていた。
ローデ師団長はコンラート様とは正反対の物静かな方。
深い蒼色の髪はとても美しいけれど、何を考えているのかわからない不思議な雰囲気を持っている。
クレスより三つ上の二十六歳になるけど、未だに結婚もしていないし、婚約者もいないらしい。
女嫌いだとか、人嫌いだとか言われているようだ。
それでも師団長になった実力は本物で、次期筆頭魔導師はクレスかローデ様かと言われているのだとか。
ただ、二人ともその気があるのかは謎だ。
「お疲れ様。はかどっているようだね」
「はい……おかげさまで」
「そうか。では少し休憩しようか。私の部屋でお菓子を食べよう? 今日はチョコナッツパイがあるよ。甘くて美味しいよ!」
相変わらずの笑顔で私を見つめてうきうきと楽しそうにしているコンラート様だけど、その様子に息子は呆れた様子で苦笑いしている。ただ、コンラート様のこの感じにはもう皆慣れている。
「父上も懲りませんね」
「ん? なんだトーマス。お前も食べたいのか? 仕方ない。では三人で食べようか」
「僕は結構です」
「私も結構です」
「なっ……!?」
トーマスに続いてお断りすると、コンラート様は子供のように大袈裟に悲しげな表情を浮かべて何やら騒いでいたけれど、隣でローデ師団長がため息をつきながら口を開いた。
「コンラート様。目的が違います」
「ん? ああ、そうだったね。チョコナッツパイでも食べながらゆっくり話そうと思っていたのだけど……まぁいいか」
ローデ師団長に促され、仕方なくというふうにコンラート様は改まった様子で私に向き直った。
「実は昨日、鉱山で大きな事故があったんだ」
「鉱山で、事故……?」
「ああ、怪我人が多数出てね。重傷者もいて結構危なかったようなのだが、君が作ったポーションのおかげで死人は出なかった」
コンラート様の真剣な表情を見るのは珍しい。
もちろんこういう話をするときは彼だってふざけたりはしない。
「重傷者にも多大な効果があったそうだ。今までのポーションでは完全に回復するのは難しかったような怪我にも効いたのだ」
普段は口数の少ないローデ師団長もそう続けた。
「これは本当に凄いことだよ、ルビナ」
「……ありがとうございます」
魔導師のトップである二人からの称賛に、少し照れくさく思う反面、とても嬉しい気持ちになった。
私の力が誰かの役に立ったのだ。人の命を救うことができたのだ。
私が魔導師として認められた気がした。
「魔導師団の評価も上がるし、今回のことで君には特別報酬が出るよ。それに、私個人からも報酬を出そうと思って――」
「とにかく君は多くの人を救ったんだ。魔導師団としても感謝する」
「……はい。恐れ入ります」
コンラート様の言葉を途中で遮ったローデ師団長に、私は頭を下げた。
隣で不満げに頬を膨らませている筆頭魔導師の姿に、息子のトーマスはやれやれ……と頭を抱えていた。
*
「ルビナ!」
その日納品分の回復薬を届け終え、明日の分にも少し着手しようと思っていたら、またお客が来た。
「殿下……!」
魔導師団の一室に響く珍しいその声に、魔導師たちの手は止まる。
「ご機嫌麗しく……本日はどうされたのですか?」
座っていた者も立ち上がり、皆一斉に頭を下げた。
真っ直ぐに私の方へ歩いてきたフランツ様に膝を折って礼をして、突然の訪問の意図を尋ねる。
「皆、作業を続けてくれ。ルビナも顔を上げて。貴女に会いに来たんだよ、全然来てくれないから」
「殿下……」
にっこりと微笑むその顔はまだ幼さが残る可愛らしいものだった。
けれど兄譲りの美しい顔立ちは美少年という感じで、キラキラしている。
「フランツと呼んでほしいな。聞いたよ、鉱山事故の話。君が作ったポーションが役に立ったそうだね。魔導師団の活躍が評価されて僕も嬉しいよ!」
それを言うために殿下自らわざわざここまで来たのだろうか。
「ありがとうございます……」
「それで、ルビナ。僕のお嫁さんになる決心はついた?」
「はい?」
唐突すぎる……。
あまりの唐突な言葉に、思わず間の抜けた声を出してしまった。
近くで話が聞こえたらしいトーマスも、ぎょっとしてこちらを振り返っている。
彼はまだ幼い。子供に懐かれているようで可愛いと思ってしまうけど、相手は第三王子。
それに、彼自身はもう大人の男のつもりでいるのだろう。
ならば私も大人の女として対応しなければ。子供相手だと思ってあしらうのは、きっと却って失礼になる。
「申し訳ございません、殿下。私には生涯を誓った夫がいます。別れることはありません」
「フランツと呼べと言っているのに……」
頭を下げてそう告げた私に、フランツ様は不満げな声で「顔を上げて」と言って続けた。
「君と結婚すれば王族に魔力持ちが誕生する可能性があるんだ。もしそうなれば、とても名誉なことだよ。父上も兄上も諦めているようだけど、僕たちならできるかもしれない。君はとっても魔力が強いだろう?」
「ですが……」
諦める様子を見せないフランツ様にこれ以上私の口からなんと言えば良いのか困っていると、バタバタと慌ただしい音を立てながらクレスがやって来た。その後ろにはコンラート様とローデ師団長の姿もある。
「フランツ様!!」
「……クレスか」
走ってやって来たのだろうクレスの姿に、フランツ様はつまらなそうに小さく舌打ちした。
「師団長殿も思うだろう? 王族に魔力持ちの者が生まれればよいと」
「……ですが、それは難しいかと。フランツ殿下もご存知かと思いますが、王族に魔力を持った者は生まれません」
フランツ様に振られ、ローデ師団長はそう言葉を返した。
ここへ来て登場人物が増えて混乱を招かないか不安ですがクレスには頑張ってほしいと思ってます。
今回から毎日更新からペース落ちます。
エタるわけではございませんのでご安心を!!
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