85.クレスの事情18
新婚旅行から帰って一週間ほど経ったその日、俺とルビナは仕事が休みだったため、ブランを連れて花が綺麗だと評判の丘に出掛けることにしていた。
二人きりのデートだが、ブランも一緒に連れてきた。
ブランとは日頃仕事であまり遊んでやれないから、一緒に連れて行っていいかとルビナに聞かれて、俺は「もちろんいいぞ」と頷いた。
ブランは俺が拾ったのだし、俺もブランは可愛い。
だから当然良いに決まっている。
……ほんの少しだけ、ルビナと二人きりがいいと思った気持ちも否定はしないが。
ブランはルビナにとても懐いている。
自分を助けてくれたとわかっているらしい。
俺にも懐いてくれるが、ブランはルビナの方が好きだと思う。
昼間は一緒にいられない分、夜になるとルビナにべったりなのだ。
ブランの寝床はブランのために犬用のベッドを用意し、そこで眠らせている。
だが、俺の寝室に置いているせいか、俺とルビナの大切な時間になると、ブランは何かを察して起きてくるのだ。
野生の本能なのか……まだ寝ないなら遊んでくれということなのか……。
純粋な瞳で俺たちを見つめ、とても可愛く、構ってほしそうにしっぽを振られると、無下にはできない。
それで結局俺たちは何もできずに大人しく眠ることになるのだ。
「――どうしたの? クレス」
「あ、いや。なんでもないよ」
美しく咲き誇る色とりどりの花がよく見渡せる場所を見つけ、大きな木の下にシートを敷いて腰を下ろし少し休憩していると、ルビナが心配そうに顔を覗き込んできた。
いかんいかん。せっかくルビナといるのに、余計なことを考えてはもったいない。
今日はブランをたっぷり遊ばせて疲れさせ、ぐっすり眠ってもらう予定なのだ。
ブランは先程から楽しそうに駆け回っている。
今は蝶を追いかけているようだ。……平和だな。
「そうだルビナ、これを君に」
「なぁに?」
「開けてごらん」
そんな穏やかな時間に幸せを感じつつ、俺は彼女に渡そうとポケットに忍ばせていたものを取り出した。
「これ……」
「気に入ってもらえるといいんだが」
箱を開けて、ルビナは大きな瞳を更に見開いた。
これは、アマローレの砂浜でルビナと拾ってきた貝殻に、自分で真珠や宝石をあしらって作った髪飾りだ。
あの時、土産もののアクセサリーを見ながらルビナも欲しそうにしていたのはさすがの俺も気がついた。
しかし、買ってやると言ったのに、彼女はいらないと答えた。
おそらく我慢したのだろう。未だに欲しいものを我慢してしまう癖が抜けないらしい。
こっそり買ってプレゼントしようかとも考えたのだが、どうせなら俺の手で作ってみようと思い、仕事の休憩時間にコツコツと作ったのだ。
やはり売り物には及ばないが、気持ちだけはこもっている。あと、簡単な魔力付与もしてある。
「とても綺麗……もしかしてこれ、クレスが?」
「ああ、恥ずかしながら……ルビナと拾ってきた貝殻で作ってみたんだ。売っていたものより不格好ですまない。やはり売っていたものを買った方が――」
良かっただろうか。そう言おうとしたところで、俺は言葉を詰まらせた。
ルビナが抱きついてきたからだ。
「ありがとうクレス。とても嬉しいわ! 今まで見てきたどんなアクセサリーより素晴らしい」
「……っ」
未だにルビナの方からスキンシップを取られると、ドキドキしてしまう。
それでも気持ちを引きしめてルビナの肩に手を置き、表情を窺おうと少し距離を作って覗き込むと、彼女は本当に嬉しそうに目の下を赤く染めて笑っていた。
「本当に、こんなもので良かっただろうか?」
「今まで貰ったどんな贈り物より一番嬉しいわ。大切にする」
「そうか……喜んでもらえて良かった」
本当に、良かった。
お世辞などではなく、本当に嬉しそうにしているルビナを見て、緊張の糸が解けたように安心する。
「ねぇクレス、つけてくれない?」
「ああ、いいぞ。貸してごらん」
ルビナの手から髪飾りを受け取り、彼女の美しい髪に触れてそれをつけてやる。
「どうかしら?」
「うん、とてもよく似合っている。海の女神のようだ」
「ふふ、ありがとう」
本気で言ったのだが、ルビナは冗談と受け取ったように笑った。
しかし、本当に嬉しそうに笑う彼女の顔があまりにも幸せそうで、美しくて……。
俺の鼓動はドクンと高く脈を刻んだ。
「ルビナ」
「ん……」
目の前にいる美しい妻の頬に手を伸ばし、髪をかいて指先で耳を撫で、顔を寄せる。
そのやわらかそうな唇に口づけようとまぶたを下ろしていくと、突然ずしりと膝の上に重みを感じ、それと同時にブランの「はっはっはっ」という息づかいが聞こえた。
「……ブラン」
「わんっ!」
目を開けて彼に視線を落とせば、ブランは楽しげにしっぽを振って俺たちの顔を舐めようと小さなからだを伸ばし、ぐいぐい迫ってきた。
「わかった、わかった! お前も混ざりたいんだな! わかったから!!」
さっきまでそっちで蝶を追いかけて遊んでいたというのに。なぜブランはこの空気を察するのだ。そして、なぜ混ざろうとしてくるのだ!?
「もう……ブランったら、本当にクレスそっくりね」
「なに!?」
くぅんくぅんと可愛く鳴いてぱたぱたとしっぽを振るブランに甘い顔を見せ、ルビナは彼を抱き上げた。
「ふふ、よしよし、いい子ね」
「……」
嬉しそうにルビナの頬や唇まで舐めているブランを、なんとも言えない気持ちで見つめる。
……それは今、俺がしようと思っていたことだというのに……!!
「お前とは十分遊んでやっただろう? たまには俺にルビナを貸してくれ!」
そう言ってみても、ブランは濁りのない純粋な瞳を向けてくるだけだ。
……くっ、穢れのない瞳が眩しい……。
「そろそろ戻りましょうか」
「……そうだな」
ルビナに抱かれながらも俺の方に顔を伸ばし、頬を舐めてくれるブランだが、俺が言いたかったのはそういうことではない。
はぁ……。
この調子では、ルビナといちゃつくことすらできないではないか。
ブランも可愛いが、俺はルビナとの時間が一番大切なんだ。
頼むから俺にもルビナとの時間をくれ……!!
ルビナの柔らかな腕の中に抱かれ、気持ち良さそうに目を細めているブランを羨ましく思いながら、屋敷へ戻るべく馬車に乗り込んだ。
クレス視点もう一話続きます!




