84.クレスの事情17
とても素晴らしい時間だった新婚旅行から帰ってきた俺たちだったが、フランツ様が自分の解毒を行った魔導師……つまりルビナと会いたがっていると聞いて、エーリッヒと共に彼に会いに行った。
しかしまさかフランツ様が突然ルビナに求婚するとは……さすがに予想していなかった。
青年と呼ぶにはまだ早いあの年頃の少年が、自分を助けてくれた美しい女性――ルビナを見ればときめいてしまうのは無理もない。
それはわかるが、ルビナは俺の奥さんだ。
俺は一応この国では力のある侯爵家の嫡男で、魔導騎士で、近衛騎士団の副団長だ。
肩書きに申し分はないと思っている。
それに彼の兄である第一王子の側近で、その友人でもある。
フランツ様が幼い頃にエーリッヒと共に遊んだこともあったし、兄弟のいない俺にとっては弟のように思ったこともあった。
フランツ様も俺に懐いてくれていた。
しかし――。
そんな俺の奥さんだと知りながら、フランツ様は俺の目の前でルビナの手を握り、求婚したのだ。
なんというお戯れを……。
そう思ったが、彼の口から続いた言葉に目眩がした。
王族に魔力持ちは生まれない。
それは王家の者や魔導師の間では周知の事実だ。
もちろん王族がその血筋に魔力持ちの者を誕生させたいと思うのは当然のことだ。フランツ様が言ったように歴代の王たちも当然それを望んでいる。
一説によるとその昔は王族にも魔力があったらしい。
しかし、ある時期から王族に魔力持ちが生まれてくることはなくなった。
呪いがかけられているせいだと、それはお伽噺のように語られている。
それが本当かどうか俺にはわからないが、魔力持ちの者と子を成しても王族に魔力を持った者が生まれないのは事実なのである。
だからエーリッヒが言ったように、魔力持ちの女性が王族に嫁ぐことはなくなった。
フランツ様はそれを承知で言っているようだった。
まさか、本気ではあるまい?
たとえ本気であろうと、相手が王子であろうと、俺はルビナを手放す気はない。
立場的なことを考えても大丈夫だとは思うが、一人の男としてまったく不安がないかと言えばそれは嘘だ。
ルビナの前では俺はただの男なのだ。
立場も地位もプライドも、何もなくなってしまう。
俺の大切なルビナの手に触れられただけで、正直妬けた。
ルビナのことになると、俺はとても器の小さな男になってしまうのだ。
*
――その日、フランツ様がルビナを呼んでいるという話を聞いた俺は、夫として彼女に同行すべく副団長室を飛び出した。
「なんだ、クレスも一緒か」
ルビナと共にフランツ様の部屋まで行くと、彼は俺を見てあからさまに顔を顰めた。
「ええ。フランツ様も年頃の男性ですから。二人きりはよくないかと」
「……僕の護衛はいるけどな」
「それで、ルビナにどんなご用が?」
フランツ様が何か言ったが、俺はその言葉を聞き流してさっさと用件を聞く。
俺も、当然ルビナも、暇ではないのだ。
「ああ。ルビナ、僕と一緒に庭を散歩しないか?」
「は? 散歩?」
「クレスには言ってない! 僕は外に出たいんだ。君と一緒なら遠くへ行ったりしないから。ね?」
「……」
ルビナの代わりに俺が声を上げれば、フランツ様は不満そうに俺を睨んだあと、ルビナに向けてにこりと可愛らしく微笑んだ。まだ幼さが残る子供のような表情だ。
しかし、わざわざ仕事中のルビナを呼び出して何事かと思えば、まさかの散歩。
ルビナはフランツ様付きの護衛でも従者でもお守り役でもないのだが。
「では、俺も同行しますよ」
「……クレス。束縛する男は嫌われるぞ?」
「しつこい男もモテませんよ、フランツ様」
「むっ」
十四歳の王子と本気で張り合う気はないが、俺たちの険悪な雰囲気を察したルビナに自制するようアイコンタクトを送られる。
うん……俺は大人だ。騎士だ。夫だ。
まぁここは、俺が大人の男の余裕というものを見せてやることにする。
フランツ様付きの従者の者も一緒に、俺たちは王宮の庭に出た。
ルビナを隣に歩かせて、フランツ様は満足そうだ。
心の広い俺は一歩後ろを歩いている。
「君に贈りたいものがあってね」
少し歩いてフランツ様の庭園まで行くと、やっと咲いたばかりというような小さな薔薇の前で立ち止まった。
薄青色の薔薇は、まるでフランツ様の瞳の色と同じだ。まさか……。
「これを君に」
従者がさっと鋏を渡すと、フランツ様はその薔薇を一輪切り取ってルビナの髪に挿した。
「美しい……やはり君にはこういう淡い色の方が似合うよ」
「……っ!!」
なんだと!?
一方的に彼女の髪に触れ、夫の前で許可もなく薔薇を髪に挿したフランツ様の言葉に、さすがの俺も黙っていられない気分になる。
ルビナの髪には俺の瞳の色のような少し濃いブルーが似合うのだ。
何もわかっていない子供が……!!
それより、薔薇をプレゼントするとは。
この王子はその意味をわかっているのだろうか。
この国では薔薇の花には特別な意味を持つ。
異性に薔薇を贈るのは、自分の純潔を捧ぐだとか、一生を共にするだとか、そういう意味があるのだ。
つまり、求婚する相手にだけ贈るものなのである。
王子がそれを知らないとも思えない。
まだ子供のくせに……いや、そうか。子供だから、その深い意味がわからないのだな!
不敬だと言われようが構わないと思い、ルビナの髪からその薔薇を抜き取ろうと歩み寄ると、俺が手を伸ばす前にルビナの澄んだ声が耳に届いた。
「殿下。お気持ちはとても嬉しいです。ですが、こちらは受け取れません」
落ち着きのある声でそう言うと、ルビナは自らで髪から薔薇を抜き、フランツ様にそっとお返しした。
「……なぜだ。花は嫌いか?」
「いいえ。好きです。こちらもとても綺麗です。ですが、私が薔薇の花を受け取る相手はこの世で一人だけです」
「……」
優しい声音なのに、とても真っ直ぐで堂々としたその言葉に、ドキリと鼓動が鳴る。
「……僕の方がエンダース家よりもっと贅沢な暮らしをさせてやれるぞ」
「贅沢は望みません。私は心からお慕いしている方と一緒になれてとても幸せなのです」
ルビナから紡がれたその言葉に、俺の胸はぎゅっと締めつけられた。
嬉しい。ああ……ルビナ。今すぐ抱きしめたい……!!
「……」
ドキドキと胸を高鳴らせルビナを見つめていると、フランツ様から悔しそうな鋭い視線を感じた。
そこで改めて気を取り直し、おほんと咳払いをして自分に渇を入れる。
「北の国の王女様も、とても可愛らしい方だと評判ですよ」
「……まだ十歳の子供だぞ」
「そうですね。四歳の差は大きいですね」
「……っ」
ルビナとフランツ様も四つ離れている。それに気づいて彼は何も言えずに唇を噛んだ。
ちなみに俺とルビナは五つ離れているが、大人になればこれくらいの年の差などまったく気にならないということは今更教えてやるつもりはない。
「そろそろ戻りましょうか。ルビナにも仕事がありますし、フランツ様もお勉強の時間でしょう?」
「……ふん!」
とても子供らしい態度を取って俺から顔を逸らし歩いて行くフランツ様にやれやれ、と内心でため息をついて、俺たちは城内へと戻った。
クレス視点少し続きます!




