83.夫婦の時間
甘いちゃ注意
「しかし、まさかルビナがフランツ様に求婚されるとは……」
その日の夜――。
クレスの部屋でいつものように二人きりの時間を過ごしていると、ふと思い出したように彼はポツリとそんな言葉を呟いた。
今日は一杯だけブランデーを飲んでいたけど、そのせいで我慢していた思いが口から出てしまったのだろうか。
「そういえばフランツ様が言っていた呪いって、なんのこと?」
王族に魔力を持った者がいないのは、確かに不自然だ。
魔力持ちは貴族に多いのだから、たとえ片親だけでも王族と結婚し子を作れば、いつかは私のように魔力を引き継いだ者が生まれてきてもおかしくない。
それなのに王族に魔力持ちの者が生まれてこないのは、不思議だ。
「ああ……。俺も聞いた話なのだが、王家には魔力を持った者が生まれてこないよう、呪いがかけられているらしい。まぁ、昔は王族にも魔法が使える者がいたから、お伽噺のようにそう言われているだけなのだが」
「お伽噺……」
クレス自身も半信半疑なのか、少し笑いながら言った。
「その昔、王子に恋をした魔女が、王子と聖女が結ばれるのを嫉んで二人を呪い、聖女からは命を、王子からは魔力を奪ったという話だ」
「……聖女の命を……?」
「まぁ、でもただのお伽噺だ。すまない、怖い話をしてしまったな。だが聖女が本当に存在したのかはわからないし、俺も父上も――歴代の筆頭魔導師でもそのような呪いが本当にかけられているのかわからないんだ。もしそうならば、どんな魔導師にも及ばないほど強いか……特殊な呪いということになるのだが」
「……そっか、確かにそんなに強い魔法があるとも思えないわね」
「そうだろう?」
クレスは私を不安にさせないためにわざと笑ったように見えた。
だけど本当にクレスや他の魔導師たちが誰もわからないような呪いがかけられているのだとしたら、ちょっと怖い。
「それよりも、俺は今フランツ様のことの方が重要だ……。俺の奥さんは魅力的過ぎて困るよ……」
話を変えるようにはぁ、と大きく息を吐き、ソファーの上で隣に座っている私をじっと見つめてくるクレス。
ヤキモチかしら?
「フランツ様はまだ十四歳よ?」
「その年齢は一番多感な時期なんだ。特に君のような美しい女性を意識しやすい年頃でもある……。彼はもう立派に男のつもりなんだよ」
「……」
世のご令嬢たちのハートを一瞬で釘付けにしてしまうような男が、何を言っているんだと思う。
正直、私からすればあんな子供にヤキモチを焼くなんてと、少し可笑しく思ってしまうけど……クレスは本気でつまらなそうに唇をとがらせている。
本当に素直な人だ。見た目はこんなに完璧なのに、格好つけないところがまた良い。
「私にはクレスしか見えていないわよ。わかってるでしょう?」
「……わかっているが、しかし、やはり相手は王族だし、今はまだ子供に見えてもすぐに大きくなる。エーリッヒのようないい男に育つだろうし、将来性も――」
いじいじしながらそんなことを呟いているクレスは、鍛えられた大きな形をしているのに、やっぱり可愛い。
身体は鍛えられていても、心はまだまだということかしら? それとも、相手が私だから?
そう思えば胸がキュンと疼く。私はクレスのこういう顔に弱い。
「ねぇ、旦那様。いい加減黙って」
「ルビ――」
やっぱり甘やかしてしまう。
男のヤキモチはみっともないわよ? とか、男のくせにうじうじ言うのはやめて。と言ってしまいたいところだけど、彼に焼かれるヤキモチなら悪くない。
だから、私の気持ちが簡単に伝わるよう、彼の腕をくい、と引いて唇を重ねた。
それがすべてを物語ってくれるから、クレスは大人しく言葉を飲み込んで目を大きく見開き、私を見つめた。
「ルビナ……」
「私は貴方のことだけが好きなの」
その言葉一つで〝待て〟を終えた大型犬のように飛びついてくるクレスの愛を、全身で受け止める。
さっきまで拗ねていたのに、こんなことですぐ元気になってしまう大きな旦那様に、思わず笑みが溢れた。
「ルビナ、俺も愛してる」
抱きしめられながら頭上で囁かれたその甘い言葉に、一瞬にしてぞわりと全身が痺れる。クレスの声にはまるで魅了魔法でも乗っかっているのかと思ってしまう。
ううん。もしかしたらクレスは、誰かさんみたいに何かの呪いにかかっていて、常に女性を魅了しながら生きているのかも。
そうね。だから歩くだけで色気が溢れているのね。これはもう天然の魔法ね。
「俺のルビナ……誰にも渡さないからな」
言いながら、ちゅっと湿った音を立てて額や頬、耳に唇をすべらせていくクレス。
間近で見る彼の顔があまりにも格好良すぎて、私の心は溶けていく。
均整の取れた目鼻立ち、綺麗な肌、美しく深みのある青みがかった銀髪の前髪の間からは、濃い青色の瞳が真っ直ぐ私を見つめている。
そんなに真剣な顔でそんなことを言われてしまえば、女性なら誰でも一瞬で落ちてしまうと思う。
だけど私がこんなに彼が格好良く見えてしまうのは、見た目だけのせいじゃない。その中身も知っているから、余計ときめいてしまうのだ。
私のクレス……。そうよ、貴方を独占したいのは、私の方なのよ?
そんな思いを込めて彼の背中に腕を回せば、クレスは嬉しそうに微笑みを浮かべて私の髪を撫で、再び耳に唇を寄せる。
「ルビナ……ベッドへ行こうか」
クレスの暖かい息が耳をくすぐり、ぞくりと身が震えた。
わざとだろうか?
クレスも、ちゃんとこういうことができるというのはもう知っている。
「ええ……」
さっきまであんなに可愛かったのに、そこにいるのはもう男の顔をしたクレスだ。
本当にずるい人。私がそのギャップにどれだけ弱いかわかっているのかしら。
そう思いつつも、彼への愛情で胸がいっぱいになる。
優しく私を抱きかかえ、そっとベッドに寝かされる。
自分には体重なんてないのかもしれないと思わせてくれるほどたくましい腕の中で、期待と緊張でドキドキと鼓動が早まっていく。
「身体は平気か?」
「ええ、大丈夫よ……」
「ん……、良かった」
いつでも私を気遣ってくれる優しいクレスが大好き。
そんなに優しくされると、無理をしてでも応えてあげたくなってしまう。
本当に、私はどうしようもなく彼のことが好き――。
「ルビナ……」
「ん……」
とても甘い雰囲気に、もう身も心も蕩けてしまいそうだった。
だけど、私に覆い被さる彼を見つめていたその視界の端から、白いものがテテテ……、と走ってくるのが見えた。
「「……」」
「わんっ!」
その数秒後、ベッドの下でブランがわしっと立ち上がり、元気よく鳴いた。
「ブラン……っ」
「わんっわん!」
ベッドの上に乗りたいのか、二足立ちをしてへっへっへっ、と楽しそうにしっぽを振っている。
「……ブラン、邪魔するな……!」
はぁー、と深くため息をつきながらも、クレスは身体を起こしてブランを抱き上げた。
ブランは嬉しそうにクレスの頬を舐めている。
「こら、俺は怒っているんだぞ! こら、ははっ、やめろって!」
……やっぱりこの二人、似ているわ。
「ブランも一緒に遊びたいみたいね」
「さっきまで大人しく寝ていなかったか!?」
「うーん……野生の勘かしら?」
ブランはクレスの部屋に、この子専用のふわふわのベッドを用意して寝かせることにしている。
ブランも気に入ってくれたのか、さっきまでは大人しくその上でまるくなっていたのだ。
「そんな……、それじゃあこれからも……」
「とにかく今日はもうダメそうね。まだ慣れていないのよ」
「そんな……そんな……」
何かを呟いているクレスの腕の中にいるブランの頭をよしよしと撫でると、ブランは嬉しそうに私の方に身体を伸ばして頬を舐めてくれる。
対照的に、クレスはがっくりと項垂れた。
ブランに罪はないのである。
ごめんなさい。もうお約束です(笑)




