82.末っ子王子のお戯れ
「決めた。僕は君と結婚する」
――え?
「おいフランツ、何を……」
「どうか僕と結婚してほしい!」
「……は――?」
フランツ様から出てきたあまりにも突拍子のない言葉に、私は王子相手だというのに間の抜けた声を出してしまった。
「な、何を言っているんですか! ルビナは俺の妻です!!」
「そうだぞフランツ、馬鹿を言うな! 彼女はクレスと結婚したばかりだ!」
そんな私の代わりに焦ったように声を出したのは、クレスとエーリッヒ様。
「離婚すればいいじゃないか」
「……なんだって?」
「僕は王子だ! クレスより僕と結婚した方が彼女も幸せになれる!」
「……」
エーリッヒ様とのやり取りを聞きながらも、未だ握られているフランツ様の手を離そうと試みるけれど簡単には離れない。
……無理やり振りほどくのは不敬だろうか。
「フランツ様、ルビナには魔力があります。男の魔力持ちならまだしも、女性の魔力持ちは貴重です。結婚相手は魔力持ちの男が相応しいかと思います。たとえ相手が王族であろうと――」
目の前でとんでもないことを言われて、さすがにクレスははっきりと否定的な言葉を告げた。
けれどフランツ様もすぐに言い返す。
「王族に魔力持ちが生まれればそれにこしたことはないだろう! ねぇ、エーリッヒ兄さん。王族に魔力持ちが生まれることは、この国にとっての願いでしょう?」
……何を言っているのだ、この王子は。
おそらく、この場にいる全員がそう思っただろう。
いくら王子といえども、そんな無茶な話が通るはずがない。
末っ子というのは、どうしてこうなのだろうかと、一瞬イナの顔が浮かんだ。
「しかし、王族には魔力持ちは生まれない。過去に何度か王族と魔力持ちの者を結婚させているが、王族には魔力を持った子が生まれないんだ。だから女性の魔力持ちを王族と結婚させるのをやめにしたのは、お前も知っているだろう? 魔導師が減ってしまうからな」
エーリッヒ様は半分呆れた様子で息を吐いて言った。
「でも昔は王族も魔法が使えたはずだ! お伽噺の呪いの話なんて信じられない! それに、そんな呪いは僕とルビナが断ち切ってやる! 命令だぞ、クレス! 王子である僕に逆らうのか?」
「そんな……」
しかし、怯まず更に言い返すフランツ様は片手を私から離して、クレスにビシリと指をさした。
それにしても、呪いとはまた穏やかではない話だ。
「フランツ、いい加減にしろ。クレスは俺の側近だ、勝手に命令するな。それにお前には北の隣国の姫君との縁談があるだろう」
弟の暴挙に、ついにエーリッヒ様は厳しい顔つきで口調を強めた。
フランツ様が一瞬怯んで私から手を離した隙に、クレスの後ろまで下がる。
「なんだよ……っ、なんで僕だけ……そうやって他国に追いやろうとするんだな。一番最後に生まれたからって、どうして会ったこともない敵国の姫なんかと……」
「もう敵国ではない。お前と姫君との婚姻が今後の両国との関係に欠かせない縁なんだ」
「人質だろ。僕は」
「そんなことはない」
「じゃあ兄さんが行けばいいだろ!!」
「……フランツ。我が儘を言うな」
「……っ」
今度は優しい口調で諭されて、さすがに自分が子供っぽい我が儘を言っていると思い知らされたのか、フランツ様は悔しそうに唇を噤んだ。
フランツ様には最近まで戦争をしていた、北にある隣国の王女との縁談話が上がっているのだ。
王女は確かまだ十歳だから、結婚は数年先になるだろうけど、それでも先に婚約だけは結ばれるかもしれない。
そうすることで友好国として関係を築いていけるのであれば、確かにフランツ様はとても重要な役割を担うことになる。
だけど、もちろんフランツ様の気持ちがわからなくもない。完全に政略結婚であり、彼が隣国の王女の元へ婿として行くのなら、人質だと感じてしまうのも理解はできる。
だから突然私と結婚するなんて言い出したのね……。さすがに無理があると思うけど。他に手頃な女性がいなかったのだろうか?
それに、王族に生まれてしまった以上、それは国のために仕方ないことでもあるのだ。
エーリッヒ様だって、国王だって、フランツ様を他国に追いやりたいわけではないに決まっている。
フランツ様が毒にやられた時、二人はとても心配されていたのだから。
私にはちゃんと末の弟を愛しているのだという気持ちが伝わった。
「……とにかく、お前は今日ルビナに礼が言いたかったのだろう? お前も男なら女性を困らせるようなことは言うな」
「……っ」
大人の男性である兄にそう言われ、成長途中のフランツ様は再び悔しそうに唇を噛んだあと、顔を上げて真っ直ぐ私を見つめた。
「ルビナ、また会いに来てくれる? じゃなければ、退屈すぎてまた森の奥へ行ってしまうかもしれない」
「……ええ、必ずまたご挨拶に参りますよ」
「本当か、約束だぞ!」
否定せずに頷けば、フランツ様はぱぁっと可愛らしい笑みを浮かべて見せた。
こうして見ると、まだあどけない十四歳の少年に見えるけど、おそらく彼はもう大人の男性のつもりなのだろう。
結婚の話が出て、動揺しているのかもしれない。ずっと身体が弱かったようだから、親しい友人もできず、寂しかったのかもしれない。
クレスと一緒に、また会いに来よう。
そう思いながら、大人と子供の中間の顔で笑うフランツ様に頭を下げ、私たちはその部屋をあとにした。




