78.旅の思い出
それから馬車で街の方へ行き、市場を散策した。
「見て、クレス!」
ずらりと並ぶ出店の中に、先程浜辺で見つけたような貝殻や珊瑚で作られた、綺麗なアクセサリーを見つけて足を止める。
「可愛い……リリアンのお土産に買って行こうかしら」
「うん、きっと喜ぶよ」
美しく加工された髪飾りやイヤリングにネックレス。真珠があしらわれたものもある。それも、王都で買うより安いと思う。
せっかくだし、買って行こうかしら。
……そうだ。あの子にも。
アマローレへ行くのを少し羨ましそうに見ていた妹の顔を思い出し、あの子に似合いそうな貝殻のネックレスを選ぶ。小さな真珠が二つついている。可愛い。
イナも最近は真面目に厩舎の仕事をしてくれている。だからたまにはご褒美をあげないとね。
「ルビナはどれにするんだ? あ、これなんて良いんじゃないか? 君に似合いそうだ。いや、こっちの方がいいかな。うーん、やっぱりこっちか……いっそ、全部買ってしまおうか」
「私はいいのよ」
「え?」
お土産を選んでいる私にそう声をかけて楽しそうに選び始めたクレスだけど、私の言葉を聞いて手を止めた。
「どうして?」
「これはお土産だもの」
「だが……自分への土産はダメなのか? 君も気に入ったんだろう?」
「うん……でもいいの。私にはさっきクレスと拾った貝殻があるから」
「……そうか」
リリアンとイナへのお土産を選んで、代金を支払おうと店主に声を掛ける。
「俺が払うよ」
だけど、当然のようにクレスが一歩前に出て支払いをしようと財布を取り出した。
「ダメよ。これは私からのお土産なんだから」
「しかし、君は俺の奥さんだ」
「本当にいいの。あ、それじゃあ屋敷の皆にフルーツを買って行きましょう。それは貴方が出してくれる?」
「ああ、いいな。もちろんだ」
本当にいいのか? と、しつこく聞いてくるクレスに何度も「いいのよ」と返事をして支払いを済ませた。使用人としてエンダース家で働いていた私へのお給金は、正直多すぎると思うほど支払われていたのだ。それに、話には聞いていたけど魔導師としての報酬もかなり良かった。
彼と手を繋いでそのまま歩いていくと、色とりどりの果物が並んでいるお店を見つけた。
どうやら今朝採れたばかりの新鮮なものらしい。それに常温でも数日持つそうなので、安心して持って帰れそう。
王都では中々手に入らないような珍しいものを数種類買い、馬車に積み込んだ。
それから一旦宿へ戻り少し休んでから、今日は近くにある海の見えるレストランで夕食を摂ることになった。
せっかくなのだからと、今夜はニコラスさんとメリも一緒に。
今日は二人にも自由時間をあげていたけれど、どこかへ観光に行けたかしら。今度メリに詳しく話を聞いてみよう。
食前酒として出てきたのは特産品のレモンを使ったお酒。甘酸っぱくてとても美味しい。お酒は苦手らしいメリのためにそのレモンを使ったレモネードをもらったけど、それがとても美味しかったらしく、クレスもすっかり気に入ったようで、メリと同じノンアルコールのレモネードばかり飲んでいた。
まぁ、クレスもお酒に強いわけではないからいいかと、私はニコラスさんとワインのボトルを二本空けた。
私はそんなに飲まなかったけど、ニコラスさんはお酒がかなり強いらしい。
ほとんど彼が飲んでいたのに、まったくいつもと様子が変わらなかった。
……この人に弱点はあるのだろうか?
それから宿に戻り、湯浴みを済ませてから部屋でレモンと蜂蜜を入れた紅茶を飲みながら海を眺め、まったりと穏やかな時間をクレスと過ごした。
「静かだね」
「ええ、本当にいいところよね」
「ああ。だが明日にはもうこの地を離れてしまうんだな」
連休はもらったけど、移動に数日を要するため、アマローレに滞在できるのは今夜までだ。
それに、あんまりいつまでものんびりとしているわけにもいかない。
クレスも、内心ではエーリッヒ様や仕事を任せてきた騎士団長様のことが気になっているだろうし……。
「とても楽しかったわ」
「本当に。今度はエーリッヒやリリアンとも一緒に来たいな」
「そうね、是非」
ゆるりと身体をクレスに傾ければ、優しく肩を抱いてくれる。
彼のあたたかい体温が心地良い。
「俺は君と一緒にいられるのなら、どこにいても幸せだが……こんなふうにこれからもたくさんのものを二人で見たいな」
夜空に浮かぶ月が海に映し出されて揺らめいている。
今日は天気が良かったから星も綺麗に見えるし、王都の街とは違う美しさがある。
きっとまだまだ私の知らない世界がたくさんあるのだろう。
こんなふうに素敵な体験をこれからもクレスとできたらとても嬉しい。
「ええ……貴方と一緒ならきっと凄く楽しいわ」
にこりと微笑みを向ければ、クレスは嬉しそうに身体を抱きしめてくれる。
ドクドクと、必要以上に高い鼓動が薄い寝衣から伝わってきて、こっちまで緊張を覚えた。
クレスは今日、お酒はあまり口にしていなかったわよね?
それなのに、こんなに身体が熱い。
ううん、身体が熱いのは私の方かしら?
「ルビナ……これからも、ずっと俺の隣にいてくれるかい?」
「もちろんよ……何があっても貴方と一緒にいるわ」
まるでプロポーズの言葉のようにそんなことを確認するクレスに真摯に答えれば、彼は瞳を細めて微笑み、ほんのりと頬を染める。
大きくて男らしい手のひらが私の頭を撫で、長い指が髪を滑ってそのまま頬に添えられる。
腰に回されているもう片方の腕からは、クレスの熱が伝わってくる。
何か言いたげに至近距離で見つめてくる真っ直ぐな青い瞳が小さく揺れていて、クレスが何かに緊張しているのだと感じた瞬間、彼のことをとても愛おしく思った。
彼の手はこんなに大きくて、胸板もとてもたくましくて、その顔だって誰よりも凛々しく、美しく整っていて格好良いのに――。
私と同じように、彼も緊張しているのかと思うと、可愛くて、愛おしくて仕方ない。
「ルビナ――」
「クレス。私、とても幸せよ」
口づけすら躊躇っているようなクレスに微笑んで、頬に添えられている彼の手に自分のを重ねる。
そうすれば、それが合図になったように唇が重なり合った。
それからはもう、すべて彼に委ねた。
素直で可愛い、私の旦那様。
どんな果実よりも甘くて、刺激的で、飽きない。
大好きなひと――。
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