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79.新しい家族

 ――鳥のさえずりで目を覚ました。


 外は明るい。もうすっかり日は昇っているようだ。

 今朝は珍しく少し寝坊をしてしまった。


「……」


 隣にいたはずのクレスの温もりがなくなっていて、彼よりあとに起きてしまったことを知る。

 こんなことは初めてだ。


「……ん」


 身体を起こし、クレスの姿を目線だけで探してみる。

 だけど広い部屋に彼の気配はない。

 代わりに私の鼻をついたのは、コーヒーのいい香り。

 クレスが淹れてくれたのかしら。


「ルビナ! 子犬だ! 子犬を拾った!」

「――え?」


 ベッドから立ち上がろうと思ったとき、部屋の扉が開いてクレスの焦ったような声が聞こえてきた。

 そちらを見れば、クレスの腕の中には布に包まれた白くて小さな子犬が抱かれていた。


「犬……? どうしたの、この子……」


 そのままベッドの方へ歩み寄ってくるクレスは、やはり少し焦ったような様子だ。


「ああ、早く目が覚めたから少し外を散歩していたら、倒れているこいつを見つけて……。どうやら怪我をして親ともはぐれてしまったらしい。かなり衰弱していて、このままだと死んでしまうかもしれない。だが君の力でなんとかならないかと思って……!」


 そう言って布ごとそっと子犬をベッドに置くクレス。

 確かに右の前足を怪我しているようで、血が滲んでいる。

 いつからこの状態だったのだろうか。これではろくに歩けなかっただろうし、クレスの言うように酷く弱っている。

 このままじゃ危ない。


「薬なしでどこまでやれるかわからないけど……」


 せめて何か薬草でもあれば。何もないところから、こんなに弱っている相手への治療はしたことがないけれど、それでもやってみるしかない。こんなに小さな命を見捨てることなんてできない。

 だからとにかく魔力を集中させようとすると、クレスが手に握りしめていたものを私に差し出した。


「ああ、これを!」


 これは、回復ポーションだ。


「この宿の者にもらってきた。すぐ飲ませようかとも思ったが、この程度ではもう……」

「そうね」


 この回復ポーションは効果の弱いものだ。応急処置のために備えてあったのだろうけど、この子にはもう意味がない。

 だけど、私にとっては何もないより良い。このポーションに魔力を混ぜて、強いものにすれば良いのだ。さすが、クレス。気が利くわ。


「……」


 クレスが見守る中、私は回復ポーションを握りしめてそれに魔力を注ぎ込んだ。

 大丈夫。作る過程で魔力を織り交ぜるのも、要領は一緒なのだから。きっとうまくいくわ。


「お願い、飲んで……」


 十分に魔力を注いだら、あとはこの子がこれを飲んでくれればいい。

 だけど、もうその力も残っていないかもしれない。


「お願いよ、飲んでちょうだい……」


 自分の手のひらで器をつくり、そこにポーションを流して子犬の口元に運ぶ。

 口は開いている。あとは頑張って、舌を出して少しでも舐めてくれれば……。


「……舐めた!」


 とても力なくだけど、確かに、そっと小さな舌を出してぺろりとポーションを舐めてくれた。

 ひと舐めすれば、あとは大丈夫。少しずつ傷が癒え始め、やがて自らで顔を起こして手の中のポーションをすべて舐めてくれた。


「良かった……」


 そしてポーションがすべてなくなったころには、子犬はすっかり癒えた足で立ち上がり、しっぽを振って何もなくなった私の手を更にぺろぺろと舐め続けたのだ。

 元気になったようだ。


「ああ……、本当に良かった。すまない、勝手なことをして……無理をさせてしまったな。ルビナ、身体は大丈夫だろうか?」

「ええ、私はこのとおり、平気よ」

「良かった」


 ほっと胸を撫で下ろすクレスに微笑みながら、子犬を抱き上げる。

 白い毛並みにはところどころ銀色が混じっていて、キラキラとした青い瞳。

 ぺろぺろと私の頬を舐めてちぎれそうなほどしっぽを振っている様子は、なんだかクレスに似ている。


 か、可愛い……!!


「……飼い主はいないのかしら」

「ああ、どうやらそのようだな。親ともはぐれて何日も独りだったのだろう……。なぁルビナ、こいつをうちへ連れて帰ってもいいだろうか?」

「……えっ」


 いいの?

 むしろその台詞は今私が言おうとしたのに。


「飼い主も家族もいないのなら、いいんじゃないかしら」

「本当か! 良かったな、ルビコ!」


 私の返事を聞いて、クレスは子犬に向かってそう言った。


「え……? なんて?」

「この子の名前に、どうかな? もちろん君から取ったんだ! 君の肌のように綺麗な白い毛並みをしているからな! それにとても愛らしいし!」

「……どうかしら」


 言いながら、クレスは私の隣に腰を下ろし、子犬を抱き上げた。


「……ああ、男の子か」


 けれど、両脇に手を入れて抱き上げた子犬のお腹の下を見て、少し残念そうにそう呟いた。

 というか、どちらかと言うと私よりクレスに似ているのだから、クレスから取った方がいいと思うけど。


「よしよし、いい子ね。……私たちと一緒に来る?」

「わんっ!」


 クレスの膝の上にいる子犬の頭を撫でれば、返事をするように元気に鳴いてくれた。


 ああ……っ、可愛い!!


「本当にありがとう、ルビナ。汚れてしまっているから風呂に入れてくる。……ルビナも行くか?」

「……そうね――」


 ちゅっと私の額に口づけるクレスに、一緒に……と言いそうになって、ハッとする。


「わ、私はあとでいいわ。先にこの子を洗ってあげて」

「なんだ。一緒に入ろうと思ったのに。もう照れなくてもいいんだぞ?」

「……っ」


 頬をうっすら赤らめながらも嬉しそうに笑っているクレスの顔に、昨夜のことを思い出して私の身体はカッと熱くなる。


「身体が辛いだろう? 今日は思い切り甘えてくれていいぞ」

「だ、大丈夫よ……。本当に、そんなに辛くないわ」

「そうか? だが、目覚めてすぐそばにいてやれなくてすまない」

「……」


 昨夜も十分甘やかされたのに。というか、クレスはいつも甘えさせてくれている。


 それなのに、一際甘い視線を向けて、その格好良い顔を緩めながら顔を寄せられて、私はもう限界。


「いいから、早く行って!」

「はは、わかったよ」


 おそらく真っ赤になってしまっている顔を俯けてそう言うと、クレスは楽しそうに笑いながら子犬を抱えて室内に備え付けられている浴室へと向かって行った。


 そのご機嫌な背中を見送って、ドキドキと高鳴る鼓動を抑えるように深く息を吐いた。




 それから部屋に朝食を運んでもらい、ブランにもミルクをあげて皆でお腹を満たしてから、私たちは王都へ帰るための支度を始めた。


 ちなみに、ブランとはこの子犬の名前である。

 クレスは変な名前を付けようとしていたけれど、メリとニコラスさんの意見も聞いて、結局これに決まった。


「では帰ろうか。忘れ物はないか?」

「大丈夫よ。メリも確認してくれたし」

「そうだな。では行こう。ゆっくりでいいぞ」

「ありがとう。でも大丈夫よ」


 いつものようにエスコートするために手を差し出してくれるクレスは、やたらと過保護に私の身体を労ってくれる。嬉しいけど、少しくすぐったい気持ちになる。


「……なるほど」

「帰りはゆっくり行きましょう。ルビナ様の身体に負担がかからないように」

「是非、そうしてくれ!!」

「大丈夫だったら……」


 何かを察して頷くニコラスさんとメリ。そしてメリの言葉に大きく頷くクレス。


 やめて、なんだか恥ずかしくなってくるから……。


 そんな気持ちを誤魔化すように、私はブランを抱き締めた。




クレス……おめでとう!!と思っていただけましたら☆☆☆☆☆にて評価やブックマークよろしくお願いします!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] クレスおめでとう!!ついに男になったか! 浮かれてる様子が目に浮かぶ(笑) [気になる点] メリとニコラスの関係性 [一言] 書籍化おめでとうございます! ワンコクレス楽しみにしてます!
[一言] クレス…おめでとう!(笑) てか、ルビコは流石にセンスが…(笑) 良かったね〜ブラン!
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