56.王子妃の願い
それから私は、クレスと一緒にお城へ勤めに出かけることになった。
相談役とは名ばかりの、お話し相手だ。
普段は一応他の侍女たちと一緒に身の回りのお世話もするけど、お茶の時間には同席するよう言われ、二人きりで同年代の女性らしい話に花を咲かせた。
始めは第一王子の妃相手だからと遠慮して話していたけど、リリアン様は二人きりの時は友人だと思ってほしいと望んでくれた。
どうやら私の性格はクレスから聞いているようだ。
最初は淑女らしい態度を心がけてみたけど、私がこの大役に選ばれた理由はそこにあるらしい。
もちろんリリアン様は完璧な教育を受けて育った本物のお嬢様だけど、時には肩の力を抜いて本音で友人と語りたいようだ。
しかし彼女にはそれほど気を許せる友人がいないようだった。八歳で第一王子との婚約が決まり、妃教育を受けるために滅多に遊びにはでかけられず、友人にも恵まれずに嫉みや僻みを受けていたこともあるらしい。
そんな中、変わらぬ態度で接してくれたのがクレスだったようだ。
残念ながら彼は男だけど、随分気持ち的に助けられたのだと、リリアン様は語っていた。
そして何日目かのお茶の時間の時、クレスのことを語るリリアン様の表情を見て、私は確信した。
やっぱりリリアン様はクレスのことが好きだったのだと――。
そのことに気がついた瞬間、胸の奥がつきんと軽い痛みを覚えた。
リリアン様は既にエーリッヒ様と結婚しているし、クレスと婚約した私にもとても優しくしてくれる。
私と友人のように語りたいと言ってくれているのもきっと本心だろうけど、エーリッヒ様とリリアン様の関係には壁を感じる。
不仲……とまではいかないのだろうけど、やはり二人には引っかかっているものがあるのだ。
「――クレスは優しい?」
「え、ええ……」
「そう」
思わず暗い表情を見せてしまった。
リリアン様は私にそんな言葉を問いかけて、ちょっと切なげに口元だけに笑みを浮かべた。
「申し訳ありません、私の態度で不愉快な思いを……!」
「ねぇ、ルビナ。お願いがあるのだけど」
「はい……!」
今日も、リリアン様と二人でお茶をしている。彼女のお気に入りのガーデンで。綺麗な薔薇の花を眺めながら。
王子妃殿下のお願いとは、なんだろうか。
私にできることならなんでも応えてあげたい。
まさか、クレスとの婚約を解消しろだなんて、言わないだろうし――。
「貴女は空気を読める女性だから、きっともう気づいていると思うけど……変に勘ぐられるのも嫌だからはっきり言うわね」
「はい……」
その前置きだけで、正直続く言葉が読めてしまう。
どんな顔をして受け止めようか考え、真剣に彼女に向き合った。
「クレスはね、私の初恋の人なの」
「……はい」
やっぱり。
予想通りの言葉なのに、実際にその美しい口元から告げられると、全身から血の気が引いていくのを感じた。
どうしよう……。やっぱりリリアン様は、本当は私とクレスが婚約したことを快く思っていないのかもしれない。
「でもね、私はすぐに殿下との婚約が決まったし、どっちみち私には魔力がなかったから、クレスと結ばれることはないってわかっていたのよ」
「……」
「それ以前に、クレスは私のことなんて何とも思ってなかったしね」
予想外にも、リリアン様は笑顔を作ってそんな言葉を続けた。
とても美しい笑顔なのに、なんだか切なく感じる。
「クレスって、少し天然でしょう? そこが良いのだけど、たぶん私の気持ちにも気づいていなかったわ」
「……そうかもしれないですね」
「本当に、嫌になっちゃう。私ね、自分には結構自信がある方なのよ? だから絶対にあり得ないとわかっていても、もしかしたらクレスが私を選んでくれないかしらって、夢見ていた時期もあるの」
「……」
婚約者である私にもこれだけはっきりと語られると、もう清々しく思えてきて、私は同調するようにちょっとだけ笑みを浮かべてしまった。
「だけどあのクレスが、私には絶対に見せてくれなかったような顔を貴女には見せていて、どれだけ貴女のことが大切なのかって、思い知ったわ」
「……」
「ちょっと妬けちゃった」
可愛くウインクして見せる様は、やっぱり女の私でもドキッとしてしまうほど美しい。
クレス、こんな美人が近くにいてよく落ちなかったな……と、彼の美的センスを若干疑う。
だけど私の胸が高鳴ったのはもちろんそれだけが理由じゃない。
「だから、クレスが惚れた人がどんな女性なのか、素直に興味があったの。貴女のことを語るクレスはとても幸せそうだったわ。そして、クレスから聞いたとおり、貴女はとても素敵な女性だった」
クレスが私のことをどんな風に彼女に語って聞かせたのだろう。気になるけど、さすがに詳しくは聞けない。
「だからね、私は貴女のことも本当に好きなの」
「……」
こんな美人に告白された経験なんてないから、なんて答えたら良いのかわからずに沈黙してしまう。
「だからお願い。私のお友達になってくれないかしら?」
リリアン様は、ご自分に自信があると言っていた。確かに結婚式の日も、いつでも、堂々とした美しさが彼女にはある。
だけどこんな田舎の貧乏貴族出身の私なんかに友達になってほしいと告げる今の彼女からは、とても緊張した様子が窺えた。
そんなの、答えは決まっているのに。
いつも誤字報告ありがとうございます!
思いのほか長くなってしまったので続きます……!




