57.新しい友人
「嬉しいです。私も一目見た時からリリアン様――リリアンのことを大好きになったわ。だから喜んでお友達になる」
「ルビナ……」
思い切って、敬語をやめてみた。
敬称も省いた。きっと、二人きりの時は彼女はそれを望むだろうと感じたからだ。
もし間違いだったら、死刑とクレスとの婚約解消以外ならどんな罰でも受ける覚悟で。
だけどやっぱり、リリアンはとても嬉しそうに笑ってくれた。
ああ――本当に、クレスったら罪深い人。
こんなに素敵な人を無自覚で振っちゃうんだから。
「ありがとう、ルビナ。本当に嬉しいわ。貴女を傷つけてしまったかもしれないけど、本音を語って良かった」
「ちょっとドキッとしたけど、平気よ」
「嫌われてしまうかもしれないと、私もドキドキしていたのよ?」
リリアンはとても嬉しそうだけど、考えてみれば私もろくに友人がいなかったことに気がついた。
メリとは友人になれたと思っているけど、それまではそんなことは気にならないくらい大変な日々だったから。
お友達が増えるって、嬉しいなぁ。
「本当に、クレスの婚約者がルビナで良かったわ。マルギットじゃなくてね」
リリアンはいたずらっ子のような顔でふふっと笑って人差し指を唇に当てた。
「……マルギット様って、そんなに良くない方なの?」
クレスも嫌そうにしていた。確かメリも。
「うん……そうねぇ。彼女はクレスの婚約者候補だったじゃない? だからか、私がクレスと親しくしているのが面白くなかったみたいで嫌がらせを受けたことがあったわ」
「え!?」
確か彼女は伯爵令嬢……対するリリアンは公爵令嬢だというのに……。
この間ちらっとお会いした時は、育ちの良さそうなご令嬢に見えたけど……まぁ、確かに気が強そうではあったかな。
「ルビナも気をつけた方がいいわ。クレスが自分以外の女性と婚約しただなんて、彼女が黙っているとは思えないもの」
「……うーん。面倒そうね」
確かに。第一王子の婚約者である公爵令嬢に嫌がらせをするような女は、きっと相当ヤバい。
しかもそこそこに魔力が強い魔導師らしいし。
私も王宮に通うようになったから、気をつけないと。
リリアンの話を聞いて、私は心の片隅にマルギット嬢のことを留め置くことにした。
それにしても、私はリリアンのことでもう一つ気になることがある。
エーリッヒ様のことだ。
クレスはまったくリリアンの気持ちに気がついていないようだったけど、エーリッヒ様はきっと気づいている。
そしてエーリッヒ様はたぶん、ちゃんとリリアンのことを愛しているのだと思う。
それはこの庭に咲いた薄いブルーの薔薇と薄紅色の薔薇を見ればわかる。
だけどリリアンの気持ちに気づいている彼は、いまいち彼女に踏み込めていないのではないかと思う。
エーリッヒ様も、お優しい方なのだ。
うーん……。
リリアンはクレスのことは本当に諦めているようだけど、エーリッヒ様にきちんと向き合っていないのではないだろうか。
王族との結婚は義務だと割り切っている気がする。
こういう場合、友達としてなんて言ってあげるのが正解だろうか。
こういうことは、他人にとやかく言われて変わるものではないのかもしれない。
人の気持ちというのは、時に単純で、時に複雑だ。
「あの……少し私の話をしてもいい?」
「もちろん」
おそるおそる、私は口を開いてみた。
「私の家、凄く貧乏な男爵家なんだけど」
「うん?」
そんなことは承知のようで、リリアンはそれが何か? とでも言いたげに頷いた。
「幼い頃に母が亡くなって、使用人の給金を節約するために父と一緒に畑仕事を手伝うようになったんだけど」
「そうなの……」
「最初は凄く嫌だったの。汚れるし、虫もいるし」
「そうね」
当時のことを思い出しながら、私は一つ一つ言葉を紡いでいく。
「でも、長女だし、貧乏だから仕方ないと思って父について行って……。手伝っているうちに思ってたよりも嫌じゃなくなって」
「……」
「それにね、食わず嫌いだった野菜も食べてみたらとても美味しかったの! 気がついたら好きになってた。虫だって怖いものだと思い込んでいたけど、全然そんなことなくて。こういうものだって思い込んでいただけで、見方を変えてみたら案外いいものになっていったの」
「うん……」
何が言いたいのか、薄々感じ取ったらしいリリアンは、少し困ったように頷いた。
「もちろん大変なこともたくさんあったけど、その分得るものも大きかったし、何よりその環境から抜け出せないなら楽しまなきゃって、考え方を変えただけで世界が変わって見えたわ」
「……」
「嫌々やるのと、自分のためにって思いながらやるのも、全然違うの。実る野菜も年々美味しくなっていったのよ。そして、今の私があるの」
「それは……凄いわね。貴女は偉いわ」
私が言っていることを、理解できないわけではないらしいリリアンは、それでもどこか他人事のように呟いた。
「……こんな話をされても困るわよね、ごめんなさい」
リリアンの感情と、私の畑仕事を一緒にしようとしたなんて、やっぱり私は失礼だったかもしれない。
「ううん。ありがとう」
それでも、リリアンは物思い気に笑みを浮かべた。
ほんの少しでも何かが動いてくれればいい。
心の中でそう願って、私たちはその日のお茶会を締めくくった。




