47.妹の事情4
「……」
「やっと気がついたか」
目を覚ましたら、どこかの部屋の長椅子の上でした。
窓の外からは厩舎が見えます。ここはルッツが使っている小屋でしょうか。広くないですし、この椅子もとてもソファーと呼べるようなものではありません。
目を覚ました私を、ルッツが怪訝そうな顔で見下ろしています。
「……!」
慌てて体を起こしましたが、服はちゃんと着ているようでした。気を失っている間に変なことはされていないようです。
……ですが、なんだか少し匂います。
「お前、いきなり倒れるから驚いたぜ」
「……」
そうでした。私はお馬さんから排泄されたものを踏んで……
「うっ……」
思い出しただけでまた気分が悪くなります。
「あれくらいで倒れているようじゃ馬の世話は無理だぞ」
「ですが……! あんなところで働くなんて無理よ! とても臭いし汚いし……! 私がやるような仕事じゃないわ!!」
臭くて汚くて、絶対無理。だったら屋敷のお掃除の方がまだマシです!
「汚い? あいつらは俺が毎日ちゃんと世話をしてるから綺麗だ。まぁ、人間のように頻繁に湯浴みしてるわけじゃないけど、生き物なんだから当たり前だろ? お前だって何もしなけりゃ汚れていくし臭くなる」
「……!!」
女性に対して、この人はなんてことを言うのかしら……!
「私があんなに臭くなるわけないでしょう!」
「それはきちんとした家に住んで、毎日体を洗ってケアしているからだ。あいつらと一緒に厩舎で暮らしてみろよ。何日持つかな」
「……っ!」
酷い、酷いわ! 女性にそんなこと言うなんて……!
これだから平民の男は嫌なのよ!
「ああ、それとこの靴。自分で洗っとけよ」
「!!」
そう言って、ルッツはまだ茶色のものがついたままの私の靴を押し付けてきました。
「服も汚れたみたいだけど、メリさんに言って汚れてもいいやつ用意してもらえよ」
言われて、血の気が引きます。
もしかして、倒れた時に私の体にも……
「ううっ……、もう、嫌……っ」
この匂いは私の服から出ているようです。
……最悪です。
とても虚しくなり、ぽろぽろと涙が零れます。
誰か助けてください。
「嫌なら辞めていいぞ。でもお前、屋敷の掃除も嫌だって逃げてきたんだろ? じゃあ何ができるんだよ。お前、なんでここに来たわけ?」
「それは……っ」
酷いです。泣いているのに、ハンカチを差し出してくれるどころか、追い打ちをかけるようなこと言うなんて……!
何も答えずにぽろぽろと涙を零す私にため息を吐いて、「じゃあ俺は戻るから」と、ルッツはあまりにあっさり行ってしまいました。
本当に酷い男です。泣いている女性を置き去りにするなんて……。
だから平民の男は嫌なのです!!
……そういえば、ワルター様も最後は私が泣いても優しくしてくれませんでしたね……。
椅子の下を見ると、長靴が揃えて置いてありました。
あの男が私を抱えてここまで運んで、この長靴を持ってきてくれたのでしょうか。
私にこんなダサい長靴を履けと言うのですか!
「……」
〝お前、なんでここに来たわけ?〟
でも、ルッツの冷たい言葉がヤケに胸に残っています。
私は……お姉様に助けてもらうために来ました。
お姉様は、ただで助けてもらおうと思うなと言いました。
「……」
だって、私は妹だから。か弱くて年下の私は、年上のお姉様や男性に守ってもらえて当たり前だと思っていました。
……違うのでしょうか?
なんだかこのままではとても悔しいです。馬のお世話くらい、本気を出せば私にもできます。
そう言ってやろうと、私は長靴を履いてルッツの背中を追いかけることにしました。
――それからルッツに掃除の仕方を教えてもらいながら厩舎の掃除をし、馬に餌をやりました。
ほら、私だってやればできるのです!
なんだか少しだけ気分が良いです。こんな気持ちは初めてでした。
ですが今日はとても疲れました。腕も腰も脚も、あちこちが痛いです。筋肉痛というやつらしいです。
せっかく私は華奢で女性らしい体をしているのに、筋肉がついてムキムキになったらどうしましょう。
そんなことを考えながら湯浴みを済ませて、使用人が使っているお部屋に向かう途中に、とても綺麗な銀髪をした、背の高い男性を見かけました。
あの後ろ姿はクレス様だわ。
こうなったら、もう一度クレス様に……!
「……お義兄様」
「ああ、イナちゃん」
そう思って控えめに後ろから声をかけると、クレス様は立ち止まり振り返ってくれました。
クレス様はお姉様と婚約したのですが、やっぱりとてもかっこいい人です。
顔も整っていて、背も高くてがっしりしていて男らしいです。
こんなに素敵な人がどうしてあんな姉なんかと……と、疑問に思いますが、私の方が可愛いのでワルター様のように、上手に甘えれば私のことを好きになってくれるかもしれません。
「お義兄様、少しだけお時間をいただけませんか? 相談したいことがあって……」
「うん?」
だから上目遣いで見上げて言えば、クレス様は簡単に頷いてくれました。




