46.妹の事情3
「どうして私がこんなことを……! お姉様ったら侯爵令息のクレス様と婚約したからって偉そうに! ずるいわ!」
お姉様がいるエンダース邸にやって来て、三日が経ちました。
お姉様がこんなに立派な屋敷に住んでいたなんて驚きです。心からずるいと思いました。
私は毎日毎日メイド長のメリさんに仕事を言いつけられています。
御手洗や浴室のお掃除に、広い廊下の床磨きなどです。
朝は早くに起こされるし、水は冷たいし、手は荒れるし、腰は痛いし、最悪です。どうして私がこんなことをしなければならないのですか!
休憩の時間に、とうとう私はその思いをメリさんに吐き出しました。
「……ルビナは今まで何年も一人でそれをこなしてきたんじゃないの? 貴女たちはルビナに面倒を見てもらっていたのでしょう?」
「えっ?」
ですが、メリさんは無表情でさらりと私にそんな言葉を返してきました。
この人はいつも無表情で、感情が読み取れません。お人形のようです。
「それに、ルビナは今でも積極的に仕事を手伝ってくれるわ。クレス様と婚約した後もね。ただクレス様に気に入られて甘やかされているわけじゃない。彼女は自分の居場所は自分で作っているのよ」
「……だって、私は何もしなくても……」
「可愛いから許されてきたの? だったらそうしてくれる方のところへ行けば? 宛があるのならだけど。まぁ、貴女見た目は可愛いから貰い手はあるかもね。妻を亡くした年の離れた肥えたおじ様とか、素敵な趣味をお持ちでなかなか妻をもらえない方とか。ここが嫌ならいつ出て行ってくれても構わないのよ。それも、貴女の意思で決めるのね」
メリさんは、無表情で淡々と恐ろしいことを言いました。
そんなの、絶対に嫌よ!!
オジサンの奥さんも、変態の奥さんも、そんなの死んだ方がマシだわ!
「……ううっ、酷いわ、怖い……。お姉様ぁ」
つい癖で、泣いてしまいそうになりました。今までは泣けばお父様やワルター様が優しく甘やかしてくれたからです。
「あなたたち、本当に似てない姉妹ね」
「……」
ですが、メリさんはとても冷たい瞳を私に向けるだけでした。涙も引っ込みます。
それにしても、私は姉に似ていないのでしょうか。
確かに見た目は私の方が可愛いですし、私はお母様と同じ髪と瞳の色をしています。
お姉様は髪も瞳もお母様とは違います!
……そういえばお姉様は誰似でしょう?
お父様には似ていませんでしたね。父は優しい人でしたが、ハンサムではありませんでした。
私の方が可愛いですが、姉もまぁまぁ美人です。私の方が可愛いですが。
ともかく、ここには私を甘やかしてくれる優しい人はいないのかもしれません。
お姉様はとても厳しかったですし、ワルター様ももういません。
……あのニコラスって執事はちょっとかっこよかったですけど……やっぱりメリさんみたいに無表情で怖かったです。
やはりここには私の味方は一人もいないのでしょうか?
「そんなに掃除が嫌なら、馬の世話をしてみる?」
「馬のお世話……?」
「ええ。今はルッツという青年が厩舎を管理してくれているけど、手伝ってあげて」
お馬さんのお世話なら、楽しいかもしれないですね。少なくとも御手洗のお掃除よりはマシなはずです。それに、男の方がいるのなら優しくしてもらえるに決まっています!
「わかりました! では私はそちらのお手伝いをさせていただきます!」
「そう。じゃあ早速午後からは厩舎に行って。ルッツには話しておくから」
「はい!」
きっと少しはマシになるでしょう。
私は久しぶりに少しだけ晴れやかな気持ちで厩舎に向かいました。
そこには深緑色の髪の男の子がいました。彼がメリさんの言っていたルッツという方だと思います。
顔はまぁ、悪くはないですが、服は汚れていて、髪も洗いっぱなしという感じです。年齢は私と同じくらいでしょうか。
でも明らかに平民です。私のような可愛い貴族令嬢と馬の世話ができるようになることを、きっととても楽しみにしていたことでしょう。
「イナ・アイマーンです。よろしくお願いしますね」
ここは、手っ取り早く彼を味方に付けることにします。だからにこりと笑顔で挨拶をしました。サービスですよ。さぁ、喜んでください!
「ああ、お前が。俺はルッツ。よろしくな」
「……」
ですが、彼の反応は私が思っていたものとは違いました。
にこりともせず、一瞬私に目を向けて大きな黒馬のブラッシングを続けています。
こんなに可愛い私より、馬の方が良いというの……?
また変わった人がいました。このお屋敷には変人が多いようです。それに、愛想の悪い使用人も。
「そんなところにいないでこっちに来いよ」
「はい……」
言われて、私は一歩ずつ近付きます。
私よりもとっても大きな馬を目の当たりにすると少し怖いですが、毛艶が良くたてがみも綺麗に整えられている黒馬は少しかっこいいです。黒真珠のような瞳に魅入ってしまいそうになります。
「私も中に入っていいですか?」
「ああ」
少しわくわくしてきたので、私も厩舎の中に入れてもらいました。
慣れない匂いが鼻を突きます。
「あ、そこ。まだ掃除してないから気をつけろ」
「え――?」
黒馬に近付こうと歩み寄ると、むにゅりという変な感覚を靴の裏に感じました。何か柔らかいものを踏んでしまったようです。
何かしら……?
と、足下を見て、私は絶句します。
「あーあ。遅かったか。まぁいいや。ついでだから早速掃除を頼む。靴はそこにある長靴に履き替えた方がいいぞ」
「…………」
彼は淡々と言いました。
最悪です。
嗅いだことのない、野性的な刺激臭が私の鼻を突き、何を踏んでしまったのか理解して血の気が引いていきました。
「あっ! おい!?」
こんなこと、ありえないです……。
吐き気がします。もう嫌です……。
どうして私がこんな目に遭わなければならないのでしょうか……。
目眩がして、目の前が真っ白になりました。
ルッツの声を最後に聞いて、あまりのショックに私はそのまま気を失ってしまいました。
本日一気に妹回更新します。
ちょっとイライラするかもしれませんが、お付き合いいただけると嬉しいです。




