36.婚約に向けて
「ところで、アイマーン男爵は魔力持ちではなかったと認識しているのだが……君の母上が魔法を使えたのか?」
クレスと思いが通じ合えた嬉しさのあまり、私は跪いていた彼に思い切り抱きついてしまった。
そのまま床におしりを突いて私を抱きとめてくれていたクレスに促され、二人でソファーへと移動する。
「覚えてないけど……この力のことに気がついたのは母だけだったわ」
「そうか。君のペンダントは母上が君に託したものだと言っていたな。もう一度よく見せてもらってもいいか?」
「ええ」
言われて、ペンダントを首から外してクレスに手渡した。彼はそれを手のひらに乗せてじっと見つめると、少し驚いたような表情を浮かべた。
「ふむ……なぜ気づかなかったんだ、俺としたことが……」
「なに?」
「一見しただけではわからないが、このペンダントには魔力が宿っている」
「そうなの?」
「ああ、普段は君の魔力を抑える働きがされているようだが……危険な目に遭うとその力が強力に発揮されるようにできている。それを行った人……君の母上はとても強い魔力を持っていたのだろう」
「そうなんだ……」
危険な目か……。今までそんな目に遭ったことはなかったけど。
さっきワルターのことを弾き飛ばしたのは確かに魔法だった。怒りで我も忘れてって感じだったけど、あれはこのペンダントの力だったのかも。
「母上は君が魔法を使えることも黙っていろと言ったのか?」
「ええ、特別なものだからあまり人には言っちゃいけないって」
「……なぜだろう。確かに魔力持ちの女性は貴重だから危険が伴わないこともないが……王宮に来ればその身は安全だと思うのだがな」
クレスはそう言って唸っていたけれど、残念ながら母が亡くなってしまっている今、その真相を確かめることはできない。
お母様は魔力があるせいで何か嫌な目に遭ったのだろうか。
「ともかく、今この傷を一瞬で治したのだから、君に魔力があることは間違いないな」
「うん」
「すぐに俺の父と母に知らせる。君との婚約話を進めるが、いいか?」
「ええ。とても楽しみだわ」
にこりと微笑むと、クレスは私の額に優しく口づけてくれた。
嬉しい。本当にクレスと結婚できるのね。
夢みたいだわ。
*
クレスはご両親へ手紙を送った。
魔力持ちの私と結婚したいという旨をしたためた手紙には、すぐに返事が来た。
〝是非会いたい〟
という言葉と共に好感触の内容だった返事に、クレスはとても嬉しそうに「一緒にエンダース領へ行ってくれるかい?」と聞いてきた。
私の答えはもちろんイエス。
そして、次の休みにはクレスは連休をいただいて、本邸にいるご両親に会いに、二人でエンダース領へと向かった。
馬車でのんびりと、クレスと過ごすプチ旅行はとても楽しい時間だった。
もちろんご両親に会うのは緊張するけど、手紙の内容を見せてもらった感じだと、とてもいい人たちそう。
クレスを育てた人だもの……きっと素敵な方たちよね。
そんなことを考えながら、緊張よりも楽しみな気持ちの方が勝る私は、馬車の中で両親との思い出を話してくれる将来の旦那様の、ころころと変わる表情を見つめながらうっとりとこの幸福な時間を噛み締めた。
日が落ちてきた頃、途中の町で一泊するため宿を取り、彼と二人きりの夜に胸を高鳴らせた。
前にアイマーン領から王都へ向かった時も同じ部屋に泊まったけど、あの時とは状況が違う。
私たちは婚約するのだ。好き同士なのだ。
何かあってもおかしくはない。
だけど――。
「――え!? 部屋を二つ取ったの?」
「ああ……?」
当然のように二部屋とって、私を彼とは違う部屋に寝かせようとしたクレスに、思わず声を上げてしまった。
「今回はちゃんと二部屋空いていたからな。安心して眠るといい」
「……」
どうしてよ、もう。バカね。
せっかく私とイチャイチャするチャンスだったのに、クレスったらヘタレなんだから。
一人で勝手に緊張していたから、なんだか拍子抜けする思いだけど……でもきっと結婚するまでは手を出さないつもりでいるんだろうなと思うと、彼らしくてちょっと笑える。
本当に真面目ね。クレスらしいわ。
「同じ部屋でも良かったのに」
「いや、しかし……!」
だから私の胸の内を話してあげたら、クレスはぱっと両手を胸の前に上げて頬を赤らめた。
「前も同じ部屋に泊まったじゃない」
「あの時とは状況が違うだろ? その……、今君と同じ部屋で寝て、何もしないでいられるか……」
気まずそうに視線を外してそう呟くクレスはやっぱり可愛い。
たくましい筋肉をつけて、見惚れてしまうような格好良い顔をして、女なんて平気で食べてしまいそうな鋭い瞳を持っているくせに、そうやって照れている姿はまるで大型犬。
「わかってて言ってるのよ」
「……!」
だからもう少しからかいたくなってしまって、挑発的に言いながら彼の赤くなった頬を撫でたら、そこは益々赤くなっていった。
少し虐めすぎたかしら?
でも、本当に可愛いんだから。
これ以上私の心をくすぐらないでちょうだい。
「また今度に取っておくわね?」
「……さっきのは、どういう意味だ?」
「さぁ? おやすみなさい」
「ルビナ……!」
淑女らしく見えるよう膝を折って挨拶をして、少し名残惜しげに私を見つめているクレスを置いて、私は先に部屋の扉を閉めた。
二章も頑張れ!!と思っていただけましたらブックマーク、★★★★★よろしくお願いします!!




