34.通じ合う想い
何時間泣いただろうか。
気づけば外は暗くなり始めていた。
いつまでもめそめそと泣いていてはダメね。
しっかりしなくちゃ。
でも久しぶりに思いっきり泣いて、すっきりした。
大丈夫。クレスにきちんとお礼を言わないと。
それに、ニコラスさんにも。
そう思って立ち上がり、鏡の前に立つ。
「……酷い顔」
化粧は落ち、目は真っ赤に腫れて、鼻まで赤い。
自分でも笑ってしまうくらい醜い姿に、こんな顔では彼らのところへ行けないと思い直して化粧で隠そうと思ったら、扉をノックする音が聞こえた。
「――ルビナ、いいか?」
……クレス。
「ええ、大丈夫……」
咄嗟に返事をして、まだお化粧を直していなかったんだとハッとするけど、既に遅い。
キィっと小さな音を立てて扉が開くと、眉を下げて心配そうな顔をしたクレスが目に映った。
「ルビナ……」
不安そうにこちらを見つめるクレスは、やっぱり大きな犬みたいで可愛い。
こんな時でもそう思ってしまうのだから、私は重症かもしれない。
「……泣いていたのか?」
「……」
すぐに私の前まで歩いてくると、そっと指の甲で目の下に触れるクレス。
まつ毛がまだ濡れていたようで、クレスの指先が湿り気を帯びる。
「……この家に置いておきながら、怖い思いをさせて本当にすまなかった」
クレスはとても悔しそうに呟いた。
でも、それは違う。クレスのせいではない。
「私の方こそ……。クレスの留守中に勝手にごめんなさい。すぐに帰ってもらえば良かったわ」
「いや、俺が…………ふっ、これでは切りがないか」
やっと、クレスは小さく笑ってくれた。
その笑顔にやっぱり胸が締め付けられる。
「ありがとう……」
「……ん」
私も謝罪ではなくその言葉を選んで口にすると、まだ少し心配そうにしながらも、クレスは安堵の色を顔に浮かべて私の頭に手を置いた。
「……――」
優しく、撫でるように頭の上で彼の大きな手が動く。
そのぬくもりがとても愛おしい。
ああ、ダメ。ダメよ、クレス……。
「……触ら、ないで」
「あ、すまん! つい……」
「……」
呟くような私の言葉に、クレスはパッと手を離して申し訳なさそうにその手で自分の頭をかいた。
私の表情に、クレスは悲しげに眉を下げる。
違う。違うのよ、クレス。
嫌だったわけじゃない。貴方に触れられると、この気持ちを抑えられなくなってしまうから――。
私はもう、自分の気持ちを我慢することはやめたから。だから思わず言ってしまいそうになるのよ、貴方のことが好きだって。
でも、さすがにこれは言えない。言ってはいけないのはわかってる。
「俺も男だ、君を怖がらせてしまうな……」
苦しそうな顔で笑ってそう言うと、クレスは「あとでメリに食事を運ばせるから、今日はゆっくり休んでくれ」と言って部屋を出ていこうとした。
「待って!」
けれど、その切なげな顔に胸の奥がぎゅっと締め付けられ、私の体は意思とは反して彼の背中に抱きつくように身を寄せ、顔を埋めてしまった。
「……! ルビナ?」
「好き」
「え…………?」
「ごめんなさい」
「え、え? 何?」
混乱しているクレスは、私の顔を見ようと体を捻ってなんとか向き合おうとしてくる。
本当に、可愛いすぎるのよ、もうっ。
「ルビナ、今なんて?」
彼の背中に顔を寄せていたのに、少し強引に離されて、肩に手を置かれると顔を覗き込むように聞いてきた。
「……ごめんなさい」
「その前!」
しっかりと聞かれてしまっていたらしい言葉を、もう「なんでもない」の一言で片付けることはできない。
「…………好きって言った」
「何を、?」
「貴方をよ、クレス」
「……嘘だろ」
だから私は覚悟を決めて、クレスの目を真っ直ぐ見つめてもう一度その言葉を口にした。
クレスは驚愕して口元を手で押えた。
困らせているわよね。ごめんね。だからすぐ謝ったのよ。でももう我慢できなかった。私、我慢するのはやめたのよ。
「正気か……? 俺は、無意識に魅了魔法を使ってしまったのか!?」
「……そんなものにはかかってないわ」
「だが……じゃあ、」
「私はずっと貴方のことが好きだったのよ、クレス」
混乱してわけのわからないことを口走っているクレスがおかしくて、私の胸はきゅんと疼く。
ああ、やっぱりどうしようもないくらい貴方のことが好き。
「もうクビにしてくれても構わないわ」
「……っ、そんなことするか!!」
「……でも私は貴方のことが好きなのよ。人としてとかじゃないわ。男として好き。貴方と一緒にいたら胸がとても熱くなる。貴方に触れたいし、他の人と結婚するところも見たくないの」
「……ルビナ」
とてもわがままなことを言った。正直に、自分の気持ちを言ってしまった。
でも、もう最後にするから、許して。
使用人なんて、私より優秀な人がたくさんいる。
怪我を手当てしたお礼なら十分もらった。
だからもう、私はここにいる理由はないのよ。
――そう思っていたら、ふいに肩をぐっと引き寄せられ、その厚い胸の中に強く抱き締められた。
「……クレス? もしかして、流されちゃう感じ?」
やっぱりクレスも男の人なのね。私にも少しは魅力があったってことかしら?
このまま彼を押し倒して、既成事実のひとつでも作ってやろうかしら。なんて――。
「違う! 俺も好きなんだ!! ずっと、たぶん君より先に、俺の方が惚れていた!!」
「え……うそ」
だけど、クレスからは予想外の言葉が返ってきて、私は思わず彼の顔を見上げてしまった。
「本当だ!! ずっと我慢していた」
「……ほんとに?」
「本当に。君を離したくなかった。だから傍に置いた。俺だけのものにしたかった。だが、そうするにはまだ色々とクリアしなければならないことが――、」
ごちゃごちゃと、何か言っているクレスを黙らせるように、私は背伸びをして彼の唇に自分のを押し当てた。
嬉しい。夢みたい。嘘みたい。
「……ルビナ」
「好きよ、クレス」
「……っ」
クレスは驚いて目を見開いていたけど、どうやらそれだけで黙ってくれるには十分だったみたい。
彼の方から啄むように何度も角度を変えて唇を合わせてきて、私たちは互いの気持ちを確認するように熱を交わしあった。
次回、クレス視点で第一章ラストです。




