18.クレスの事情2
「立て! そんなことでは殿下に何かあった時、お守りすることはできないぞ!!」
騎士団訓練場にて――。
最近稽古をサボりがちで困っていると、他の者から報告を受けていた新米騎士のトーマスに、俺は直接稽古をつけていた。
「ちょっと待ってください、副団長相手に敵うはず……」
「お前は自分より強いと感じる相手を前にしたら諦めるのか。そんなことでよく近衛騎士団に入団できたものだ」
もちろん新人相手に本気で戦っているわけではない。だが、勝てないギリギリを狙って相手をする。そうすることで闘争心や技術力も鍛えられていくのだ。
凱旋の際にエーリッヒが襲われたということもあり、俺は部下たちの稽古にも積極的に付き合うようになっていた。
当然だ。俺たちの仕事は王や王子、そしてこの国を守ることであり、そのためにはこの命をもかける覚悟がなければならないのだ。
二度とあのようなことがあってはならない。
だから日頃の訓練から手を抜いてはいけないのだ。
「立て。これが実戦であればお前の命はもう無いぞ」
「……」
厳しい言葉をかけても、トーマスは地に膝を突いたまま、荒い息を整えているだけで立ち上がらない。
体力が無さすぎる。
日頃のトレーニングを怠っている証拠だ。
トーマスはまだ若く、父親が優秀な魔導師だった。
だから魔導師団に入団すると思われていたのだが、彼は俺のような魔導騎士を目指した。
騎士を目指すのなら、魔導師団以上の訓練が必要だ。
「やる気がないのならもういい。ここから出て行け。お前のような奴はどうせ死ぬだけだ」
「……っ副団長!」
俺も暇ではない。その気がない奴にいちいち構ってはいられない。
彼は優秀な父親の下、引き継いだ魔力の上にあぐらをかいて育ってきたようだ。
〝魔法が使える上に剣まで振れるのは格好良い〟
などという安易な考えで魔導騎士を志望したのだろうが、そんなに簡単なものではない。
ため息を吐いて踵を返せば、俺を慕ってトーマスのことを相談してきた部下が俺を呼び止めようとしたが、本人にやる気がないのなら無理強いしても意味が無いことはわかっている。
どうせ直に音を上げて騎士団は辞めていくだろう。
そういう貴族の次男、三男坊はたくさん見てきたし、彼の場合は大人しく魔導師団に入った方が身のためだと思った。
騎士団では、家督を継げない貴族の息子が仕方なく入り、実戦に出て仲間の死に直面したり、厳しい稽古についていけなかったりで辞めていく者が多い。半端な気持ちで務まるような職ではないのだ。
俺も最初は音を上げて辞めていく同僚たちを引き止めようとしたが、中途半端な覚悟で戦地に赴き、片脚を失った仲間に言われた。
『あの時お前が引き止めなければ』
俺が引き止めなければ、騎士は辞めていたと。
脚を失うことはなかったのだと。
俺のせいなのだと――。
だから、辞めたい奴を無理に引き止めることはやめたし、残るからには真剣に稽古に取り組んでほしかった。
執務室に戻りその日の仕事を片付けた俺は、日報を持って団長室へと向かった。
「――……」
「しかし、クレスは間違ったことは言ってないぞ?」
ノックをしようと手を上げた時、部屋の中から聞こえた団長の重い声と俺の名に、その手は扉を叩くことなくピタリと止まる。
「わかってますけど……でも副団長は剣も魔法も使いこなせるじゃないですか。だから僕たち新米の気持ちなんてわからないんですよ」
「うん……だが彼も、努力して今の実力を手に入れたんだぞ?」
「そうでしょうけど……」
トーマスだ。
団長が呼び出したのか、トーマス自ら相談に来たのかわからんが、今は取り込み中らしい。
その気持ちがわかるからこそ、日頃からしっかりと訓練してほしいというのが、なぜわからないのだ……!
「……っ」
少し時間を置いてから来よう。
そう思い直して、俺は何気なく訓練場へ足を向けた。
「クレス副団長!」
「まだやっていたのか」
「ええ、強くなりたいですから」
そこには数人の団員たちが残って自主的に稽古をつけていた。
「副団長、稽古つけてくださいよ」
「いいだろう。殺す気で来い」
「はい!」
近衛騎士団にも、きちんとやる気のある者はたくさんいる。
ほとんどの者は覚悟もやる気もあるのだ。
大丈夫だ、気にすることはない。
その後、しばらく団員たちの稽古に付き合い、再び団長室へ向かい日報を届けてから俺は帰宅した。
団長はトーマスのことは特に何も言ってこなかったから、俺もこちらからは聞かなかった。
気にするな。よくあることだ。
「――おかえりなさい、クレス」
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
稽古に付き合ったおかげで、今日は予定より帰りが遅くなってしまった。
ルビナとニコラスに出迎えられ、俺は彼女の笑顔にどこかほっとする。
「クレス様、お食事はどうなさいますか?」
「……いや、今日はいい」
「かしこまりました」
ニコラスはそれを確認すると調理場の方へ足を進めた。
俺は上着を脱いでルビナに渡すと、二階の自分の部屋へ足を進める。もちろんルビナもいつものように半歩後ろをついてきた。
「今日は遅かったわね」
「……すまない、イレギュラーなことが起きてな」
どかりとソファーに座って深く息を吐いた俺に、ルビナはクローゼットに上着を掛けてからそっと歩み寄ってきて控えめに声をかけてきた。
もしかして、飯を食わずに待っていたか?
俺は使用人とは別々に飯を食う。だから必然的にいつも一人で食事していたのだが、最近はルビナを同じテーブルに着かせ、共に食事を摂るようになっていた。
だとしたら悪いことをしたな……。
しかし俺だって毎日予定通りの時間に帰れるわけではない。
「俺が遅い日は無理に待ってなくてもいいからな」
「大変だったんでしょう? お疲れ様」
「……え?」
しかし、ルビナは俺の予想とは反し、まるで何があったのか知っているかのような優しい声で、労うように言った。
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