第75話
レティシアはツキを探して怪しい地下室への階段をみつけた。
レティシアはほのかに光る光の玉を出して辺りを照らした。
中には照明もなく、少し先も見ることができない。
地下室と言うよりは地下道のようでどこかに続いている感じがした。
耳を澄まし、目を凝らしたが先に何かあるようには見えなかった。
進んだ先には扉が一つだけあった。
レティシアは扉に耳をつけて向こう側の音を聞こうとした。
しかし何も聞こえなかった。
レティシアは静かにゆっくりと扉を開けた。
扉の向こうはとても明るいようで眩しくてレティシアは目を閉じてしまった。
足元がぐにゃりとねじれる感覚がした。
レティシアはこの感覚が何かを知っていた。転移するときの独特な感覚だった。
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レティシアが目を開けるとそこは真っ白で地面はふわふわしていて、まるで雲の上にでもいるような感覚がした。
「あら、何しに来たの?」
そこにはゴロゴロとベッドの上で転がるアルフォーレがいた。
「ここはどこ?」
レティシアはもしかしたら死んでしまって天国に来てしまったのではないかと思った。
「ここはどこでもないわ。名前もない。場所もない。私が休むための場所よ。」
アルフォーレはめんどくさそうに起き上がりベッドに腰掛けたままレティシアに答えた。
「あのね、ツキを探していたらここに来ちゃったの。ブローチの中にきちゃったってこと?」
レティシアは慌ててカバンの中のブローチを探した。
しかしどこにもなかった。
「これを探しているのかしら?」
アルフォーレは金色に輝く葉っぱのマークのついたブローチを手に持っていた。
「あれ?どこでなくしたんだろう。」
「そうね、あなたカバンの中に嫌なものを入れたでしょ。だからよ。」
レティシアは考えてそれがツキのペンダントだと思った。
「そんなに嫌だなんて知らなくて。ごめんなさい。」
レティシアはペコリと頭を下げた。
「いいのよ。すべては私が悪いんだもの。私がこの世界を作るのに失敗しちゃったから。」
アルフォーレはため息をついた。
「あの…。ツキがどこにいるか知りませんか?」
「あの子…。あの子は私が作ったどの人間とも違う。あぁ、人間じゃなかったわね。
魔族…、私の知ってる魔族じゃないわ。あなたも何かが違うわよね。いったいどこから来たっていうの?」
レティシアはそう言われてなんて答えていいのか悩んだ。
「えっと…。地球っていう星の、いや惑星っていうのかな。それの日本っていう国で。私は大学生で…ツキは野良猫でした。」
アルフォーレはいつの間にかレティシアの目の前まで来ていた。
「うんうん、それで?ダイガクセイとノラネコって何かしら?教えて教えて!」
アルフォーレは楽しそうに目を輝かせていた。
二人はいつの間にか椅子に座り、テーブルが現れ、お茶とお菓子が用意されていた。
「大学っていうのは学校で、その学校に通っている人が大学生で、野良猫は誰にも飼われていない猫のことです。日本ではペットとして室内で飼う方が多いから、野良猫は少ないっていうか…多分生きていくのが大変だったと思います。」
レティシアは野良猫の寿命が飼い猫より短いとどこかで聞いたのを思い出した。
「その学校には何になるために行くの?魔法使いとか剣士とか?」
「大学は…専門的な、より高度な授業を…」
レティシアはそこまで言ってなんのために大学に行ったのかわからなくなった。
特に何かになりたかったわけでも、勉強したかったわけでもない。
みんなが行くから、行かないと将来が不利になるから、そんな理由だった気がする。
3年以上通っていたのに、何を学んだのか言葉にすることができなかった。
生きる上で何のためになる勉強なのか説明ができなかったのである。
「レティシアは何になろうとしていたの?」
アルフォーレはクッキーをポリポリと食べながら興味津々な眼差しで聞いてきた。
「私は…とにかく就職しないとって、そればかりで…なのに失敗ばかりで誰にも必要とされていない感じがしてて。何かになろうとなんてしてなかった。みんなが就職を決めて、明るい未来の話をしていたから、私もそうしたかった。」
「みんなと同じになることが、あなたのなりたかったものなの?」
アルフォーレは首を傾げていた。
「私はポンコツで、何をやってもうまくいかなくて…。家族や友達がいなかったら何もできなかった。それなのに就職は一人でがんばらないといけなくて、一人じゃ何もできないのに…。辛かった。
死にたかった。」
レティシアはそう言ってハッとした。
死にたいだなんて思ったことなかった。
そのはずだった。
うまくいかないことばかりでも、そんなふうに考えたことなんてなかった。
本当にそうかな?
うまくいかないことばかりで、誰も助けてくれなくて、それなのに笑っていないといけない。
みんなが私は笑っていないとって言うから、元気なのが取り柄だって言うから。
心配させたくなくて、まわりから浮きたくなくて、そんな自分を作って、見せて、なんとかやり過ごしてきただけなんじゃないか。
何かになりたいだなんて考える余裕なんてなかった。
"普通"であり続けるために、必死でみんなと同じようになろうと努力していた。
そして自分はみんなより劣っていると気づく。
努力しても追いつけない。
それが私の"普通"になって、自分はポンコツだからと言い訳をして。
いつまでたっても追いつけない。
死にたい。
もう、追いかけるのは嫌だ。疲れた。
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レティシアは泣いていた。
声も出さずにただ涙が次から次へと流れた。
前世の自分がそんなに追い込まれていたなんて気がついていなかった。
それが普通で、何か変なことだなんて気がついていなかった。
私は人生を辞めたいと、そう思っていたのかもしれない。
だからあの時、猫を助けて死んでしまった時、悲しいとも悔しいとも思わなかった。
なりたい自分になったからだ。
あの場所から逃げたかったからだ。
レティシアは眠っていた感情が溢れてきて、それを受け止めきれずにいた。
アルフォーレは静かにただレティシアをみつめていた。
「ひどい世界から来たのね。私の作ったこの出来損ないの世界とどっちがマシかしらね。」
アルフォーレはため息をついて何もない白い空間に目をやった。
レティシアはひどい世界と言われて少し腹がたった。
「ひどい世界じゃないわ!確かにひどいことをしていた人もいたかもしれない。でもたくさんの考えがあって、たくさんの素敵なものがあって、無駄に思えるようなことにも一生懸命だったし、そういうのが心を豊かにしてくれるって言うか、一見不必要なものでもその人にとっては大事なものだったり、とにかく私がいた世界はキラキラしていたわ!」
レティシアは自分の言ってることが矛盾だらけだとわかっていた。
うまく説明できない自分にも腹がたった。
アルフォーレはレティシアがすごい剣幕でまくし立てるので少し驚いていた。
「それに、この世界だってひどくないわ。魔法って素敵だし。どんな世界でも戦争は避けられないのよ。私がいた世界でも平和が1番って言いながら殺し合いをしていたわ。
私は頭が良くなかったから、なぜ戦争をしているのかわからなかったけど、きっと生きるために必要だったんでしょ。
それ以外のために人が人を殺す意味がわからないもの…。」
レティシアは一気にまくし立て、静かになった。
「最初はね、楽園のような世界を作ったの。美しいものばかり並べてね。豊かで幸せな素敵な空間よ。
でも人間をそこに入れるとね、なぜか悪が生まれてしまうの。不思議よね。優劣なんて作った記憶ないのに、勝手に優劣を決めだしてね。強いものが弱いものを支配するって、弱いものは奪われてばかりよ。
そんなものが見たかったわけじゃないの。でも私には止めることができなくなってね。だから完全なる悪の存在をそこに入れたの。それが、魔族よ。
魔族は完全に人間より優れている存在よ。
そんな存在を入れることによってバランスが取れるんじゃないかって思ったの。
でも人間はそんな悪の存在をも取り込んだの。自分の優位性を勝ち取るためにね。
そして悪である存在を自分たちの中に取り込むことが正義だと言ったのよ。
もう、お手上げよ。
私の思い描く素敵な世界はいつまでたっても出来上がらないわけよ。」
アルフォーレは世界を作っている途中でやめちゃったという伝説がある。
アルフォーレなりに努力したのだろうがうまくいかなくなっちゃって、手がつけられなくなったというところだろうか。
「難しいわね。世界は一人が動かしているものじゃないものね。あなたがいた世界も同じね。」
レティシアは小さく頷いた。
「あら?なんの話だったかしら?」
アルフォーレは急に立ち上がった。
「あの、ツキを探していて。」
「そうだったわね。とりあえずカバンからあの嫌なものを出して。」
レティシアはカバンからツキのペンダントを取り出した。
石の部分は相変わらず黒い何かがうごめいていた。
「それは魔王でも何でもないわ。魔族でも人間でもない。負の感情が凝縮されて実体化してしまったものよ。」
「ツキにも倒し方がわからないって。」
「そりゃそうよね。だって思念だもの。存在していないのよ。」
「じゃあどうしたらいいですか?このまま閉じ込めておくしかないですか?」
「そうね…。でもそれは成長を止めないわ。どんどん膨れ上がっていつかはそこから出てきちゃうでしょうね。」
レティシアはまた誰かが取り憑かれることを想像してしまった。
それが自分の知っている人たちかもしれないと思うことは恐怖でしかなかった。
「ツキをみつけて、これを倒す方法を探したいです。」
「あら、あなたのなりたいものはそれかしら?」
レティシアは一瞬悩んだ。
それがなりたいものなのかはわからないが、やりたいことではあった。
「はい、私はこれを倒せる人になりたいです。」
レティシアがそう言うとまた足元がぐにゃりとする感覚になり、眩しいくらいの光がレティシアの前に広がった。
レティシアは耐えきれずに目を閉じた。
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