第65話
レオハルトとルルの子供が生まれた。
男の子だった。
元ピーツ領の人たちは王子の誕生を本当に喜んだ。
城にはお祝いの品がたくさん届いた。
高価なものはない。家で採れた野菜や新鮮な牛乳など様々だった。
ハンナはおかしなものがないかチェックに忙しかった。
どさくさに紛れて暗殺してくる人もいるかもしれない。
レティシアも強固な結界を張ったつもりだった。
レティシアにとっては甥に当たる。大事な家族だった。
王子はレティシアとツキの名前を1文字ずつもらい、キティライズと名付けられた。
みんながキティと呼ぶのでレティシアは前世の世界にいた猫のキャラクターを思い出してしまった。
カイもケリーも城に入り浸り、その愛くるしい姿にメロメロだった。
ツキも城から離れようとしなかった。「悪いやつが来たらやっつける」と鼻息を荒くしていた。
それはレティシアも同じ気持ちだった。
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キティが生まれて3日後にビルトが騎士団数名を連れてやって来た。
サツロ国王からのお祝いの品を持ってきてくれていた。
それはとても美しい剣だった。
ハンナとレティシアはその剣に祈りを込めた。
《キティライズをお守りください》
レティシアはあれやこれやと祈り続けた。
「おい!あんまり欲張るな!剣だってそんなに頑張れないぞ!」
ケンにはバレていたようで怒られてしまった。
お祝いムードの中、ハンナは時々浮かない顔をした。
ユウリがまだ目を覚まさないのである。
ハンナはレティシアになんとかならないかと相談をした。
レティシアとツキはユウリの元へ行くことにした。
医務室からハンナの部屋へと移動していた。
ユウリは顔色が良くなり別人のようだった。
「いつ目を覚ますのかしら。」
ハンナは心配そうにユウリの手を握った。
レティシアも反対の手を握った。
《ハンナが待っているわ。目を覚まして。》
レティシアは無意識にユウリに魔力を注いでいた。
握った手が光っていたのである。
「レティ?何をしたの?」
ハンナは心配そうにレティシアに問いかけた。
「あ、ごめんなさい。早く目を覚ましてってお祈りしただけなんだけど。」
レティシアは握った手を離そうとした。すると逆にぎゅっと手を握られたのである。
レティシアは驚いて「ヒィッ」と声を上げてしまった。
ハンナはそれに気がつき、「ユウリ!!」と声をあげた。
ユウリはゆっくりとまばたきをした。
「ユウリ!お母さんよ!!わかる?!」
ハンナは必死に呼びかけた。
「おかあ…さん?」
ユウリはハンナをみつめてそう言った。
深いブルーの美しい瞳はハンナにそっくりだった。
ハンナはユウリを抱きしめて子供のようにわんわん泣いた。
ユウリは状況を理解していないように見えた。
「あの、自分が誰なのかわかる?」
レティシアは不安になってそう聞いた。
「わからない。」
ユウリは少し怯えたような声を出した。
レティシアとツキは目を合わせ二人とも困った顔になった。
ハンナは泣き止み、話をしだした。
「ユウリが生まれたのは雨が降る寒い日だったわ。当時働いていた城の部屋でね、予定の日より少し早く産まれてきたの。小さくてとてもかわいい子だったわ。」
ハンナは嬉しそうにユウリの誕生の話をした。
「私は宮廷魔法師として城に勤めていたんだけどね、妊娠してその任務を解かれたの。子供優先にしなさいって、王様の素敵な計らいでね。
しばらくは育児に専念したわ。お乳をたくさん飲んでくれるいい子だったのよ。」
ハンナは嬉しそうに話していた。
「でもね、あなたが3ヶ月位のときに何者かに誘拐されてしまったの。ちょっと目を離したすきにね…。私のせいなの…。私がしっかりしてなかったから…。」
ハンナは悲痛そうな表情になった。
「たくさん探したわ。城の中も外も。でもみつからなかったの。私は絶望してね、死ぬことも考えたわ。
でもそんな時にレティシア様が誕生されたの。そして…王妃様が亡くなって…。
国王様は悲しむ私の前に来て懇願したの。レティシアを助けてやってくれと。
最初は断ろうとしたわ。私はユウリを諦めていなかったし。でもね、レティシア様にひと目会ったら衝撃が走ってね。この子を助けなきゃってそう思ったの。ユウリの分も大事に育てなきゃって。
誘拐された先で元気に過ごしてるって、そう思うようにしたの。
ひどい母親よね。」
ハンナはまた泣きだしてしまった。
「私は…。私の名前はユウリ。お母さんはハンナ。」
ユウリはまるで小さな子供のように話した。
「誰が誘拐したかわかる?誰に育てられたの?」
レティシアが聞くとユウリは首を傾げた。
「わからない。いろんな人がご飯を持ってきて、食べて。早く大きくなれって言われた。」
ユウリの話はとてもひどい話だった。レティシアは顔を背けたくなるのを我慢して聞いた。
「ごめんなさい。そんな…、ひどい…。」
ハンナは泣き崩れてしまった。
「ひどい?そうなの?わからない。別に何も感じない。」
ユウリは無表情でそう言った。
レティシアたちは何も言えなくなってしまい部屋から出てきた。
「生き残っていた魔族がユウリを育てたんだね。魔王を入れる器として…。」
「ひどいね。」
レティシアとツキはそれ以上言葉が出てこなかった。
ハンナに「また来るね」と言って城を出てきた。
カイたちにユウリの話をすると驚き、かわいそうだと言った。
「これから時間を取り戻せばいいわ。」
ケリーは涙を堪えてそう言った。
3人は「そうだね」と頷いた。
ハンナの辛さは想像を超えるものだった。
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レティシアとツキは暇さえあればユウリに会いに行った。
最初は無反応だったユウリも二人の名前も覚え、返事をしてくれるようになった。
ユウリはずっと魔族に育てられていて、あの山脈の辺りから出たことがないようだった。
魔族の生活はレティシアの思う逃亡者の生活のようだった。
自分の素性を知られてはいけない。
人間の前に出るには訓練のようなものがあるのだそうだ。
ユウリは当時、その魔族たちが何をしているのかわからなかったそうだが人間のことを学んでいたのだと、ここに来て気がついたようだった。
「ユウリ!遊ぼ!」
レティシアとツキがそうやって行くとハンナは必ず睨んでくる。
二人がろくなことを教えないからだった。
昨日はクッキーを作るといって城のキッチンを粉まみれにしてきた。
「ユウリは何がしたい?」
レティシアはいつもこの質問をする。
ユウリは今まで自分の意見など持たず、ただ時を過ごしてきた。
やりたいことなどわからないし、何をしていいのかもわからない。
ユウリはレティシアをチラッと見てからツキを見た。
二人はなぜ自分のところへやって来て自分に関わるのかユウリには理解できていなかった。
「釣りとかしたいけどなぁ。」
ツキはそう言ってハンナをチラッと見た。
ハンナは首を横に振っている。城の外はダメということだろう。
「庭に行って虫でも探そうか。」
レティシアはハンナを見た。ハンナは小さく頷いている。
レティシアはユウリの手を取った。
ユウリは無反応のままレティシアとツキに引っ張られて廊下に出た。
「嫌なときは嫌って言ってね。」
「はい。」
ユウリは機械的にそう返事をした。
「ユウリってなんかおもしろいね。」
ツキはそう言ってクスクス笑っていた。
「おもしろい?」
ユウリは言われたことのない言葉に驚いているようだった。
「うん、何がおもしろいかわかんないけど、なんかおもしろい!」
ツキがそう言うのでレティシアは「なにそれ!」と言った。そして二人でアハハと声を出して笑った。
ユウリは二人がなぜ笑っているのかわからなかった。
二人は不思議そうな顔で見ているユウリを見てまた笑った。
「ごめんごめん。楽しいって言う意味だからね!」
レティシアはそう言ってユウリを引っ張って走った。
ツキは二人を抜かして行った。
「ユウリ!負けないように走って!」
ユウリは「はい」と言って走った。
誰よりも速く走った。
「こら!廊下を走るんじゃない!!」
ちょうど城にいたカイにみつかった。
「逃げるよ!外までダッシュだ!」
庭につく頃には3人とも汗だくだった。
レティシアは自分が走るのは得意じゃないということを忘れていた。
「ユウリ走るの速いね!」
レティシアがそう言うとユウリは「そうかな」と言った。
レティシアとツキは目を合わせた。
「ユウリが笑ってる!!!」
汗だくになってハァハァと息をしてるユウリの顔が笑っていたのだった。
「笑ってる?」
ユウリはそう言ってさらに笑った。
「笑ってる!笑ってる!」
ユウリは嬉しそうに何度もそう言った。
それを見てレティシアとツキもおかしくなった。
3人は何が楽しいのかわからないけど大声を上げて笑った。
この日からユウリはどんどん人間らしく変わっていった。
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